ライフネット生命保険はユニークな企業だ。生保業界は免許が必要であり、新規参入が難しい業種だ。しかしライフネット生命は免許を取得し、2008年5月18日に独立系生命保険会社として開業した。それから4年経たない12年3月15日に東証マザーズへの上場を果たし、「開業後5年以内に、保有契約件数15万件以上」という目標も半年前倒しで達成した。
第35回 ライフネット生命保険の仰天の「新人」活用法
「保険料を半額にして、安心して赤ちゃんを産み育てることができる社会を作りたい」という起業の理念が若い世代の支持を得たのだ。

 ライフネット生命は新卒採用もユニークだ。採用ホームページには「社会はこんなに変わっているのに、新卒採用は変わらなくていいの?」という採用宣言が掲示されている。

 学卒者の一括大量採用については、「戦前に生まれた、世界でも珍しいこの採用慣習は、なんと100年以上もの間、基本的なあり方を変えていません」

 「経済のグローバル化が加速し、人材の育成が求められる中で、学問を犠牲にして『シューカツ』に励まざるをえない学生たち。多くの企業が横並びの選考フローを展開し、同じような質問と回答があちらこちらで繰り返される現状」と、就職活動に対し批判的な言辞が並ぶ。

 挑発的だと思う。ならば、挑発するライフネット生命はどのような新卒採用をしているのか?日本生命を経てライフネット生命を起業した代表取締役社長の出口治明氏に、新卒採用について聞いてみた。

30歳未満は、「新卒」です

――まずライフネット生命についてお聞きします。ライフネット生命は、「保険料を半額にする」とうたっています。安さの理由について教えてください。

 缶ビールを買って家で飲めば200円そこそこなのに、居酒屋で飲むと500円になる。2倍以上の価格になるのは、ビールの価格以外に人件費、光熱費、地代などの諸経費がかかるからだ。

 生保の料金も同じ。大手生保会社は全国の一等地に支店を持ち、人件費も莫大だ。しかしライフネット生命は支社を持たず、インターネットで生命保険を販売する企業だ。社員数も現在90名ほどと少数で運営している。だから半額にできる。

 保険の種類も絞っている。「かぞくへの保険」「じぶんへの保険」「じぶんへの保険プラス」「働く人への保険」とシンプルであり、複雑な特約もつけない。こうして本当に必要な生命保険を大手生保の約半額で提供している。
―― 一般にベンチャー企業の創業初期は、中途採用で人材ニーズを満たすケースがほとんどです。しかし、ライフネット生命は設立後の早い時期から新卒採用をしています。新卒採用の目的、およびどのような取り組みをしているのか教えてください。

 ライフネット生命でも採用のメインは、新卒採用ではなく中途採用だ。開業時の社員数は50人弱だったが、現在は90人。そのほとんどが中途採用だ。業務に必要なスペックを持っている人を採用してきた。今年に入ってからも17人を中途採用し、このうち60歳以上の人は2人もいる。スペックだけで、年齢を問わないからだ。

 中途採用がメインだが、新卒採用も重視している。新卒の採用活動を本格的に開始したのは10年からだ。この採用活動によって11年に入社した2人が1期生になる。12年入社の2人が2期生、13年入社が3期生で、現在1人が内定している。

 新卒採用の目的だが、ライフネットは100年後に世界一の生命保険会社になることを目標としており、そのDNAを引き継ぐ人材を獲得する手段として新卒採用を位置づけている。

 新卒採用の数が少ない理由は厳選採用だからだが、社員数90人という規模から考えて妥当だろう。DNAを引き継いでもらうために赤ん坊から育てる新卒人材は、これからも毎年数名で十分だと考えている。
――世間の新卒採用の対象者は、来春卒業予定の学部生と院生です。ライフネット生命ではいかがですか?

 いえ、ライフネット生命は学生、既卒者、留学生を問わず、入社年の4月時点で30歳未満の人であれば、就業経験があっても「新卒」と定義している。大卒と限定していないので高卒でもいい。年齢、性別、国籍、専攻、出身大学、留年年数などによる選考への影響は一切ない。

 もちろん、いったん就業し、そこで培った専門性を生かしたい人は中途採用へ応募することができる。

 30歳未満を「新卒」としたのには理由がある。NPOで働いたり、世界を放浪して回り道をたどりながら人生について考え、自分なりの決断をしてきた人たちの、その人らしい、個性的な経験や思考に期待しているので、30歳未満を「新卒」と定義している。

倍率は、8271倍!

――選考はどのような方法で行っていますか?

 ライフネット生命の採用ホームページと就職情報サイトで広報を行っている。採用にかかわるあらゆる情報は採用ホームページで開示している。

 13年卒採用では、11年12月1日から翌12年5月31日までエントリーを受け付け、8271人の応募があった。そして本エントリーでは、考えるプロセスそのものを問う「重い課題」を提出してもらった。応募受付期間は約1カ月で、この課題を提出したのは111人だった。

 次は審査。111通の課題のすべてに目を通し、数字・ファクト・ロジックなどのアタマを使う力を審査した。この審査に合格したのは26人。

 次のステップはグループディスカッション。6月の週末を利用し、2回に分けて行った。4~5人グループごとに担当社員が2人つき、思考力や自発性、チーム内でのコミュニケーション力などを総合的に見た。時間も丸一日かける。

 このグループディスカッションを通過したのは5人だった。そして7月に部長・役員面接を行い、8月1日に1人の内定を出した。

 「重い課題」について説明しよう。これはエントリーシートではなく論文だ。13年卒採用では2つの課題を出した。その1つを紹介しよう。
第35回 ライフネット生命保険の仰天の「新人」活用法
というもの。決して書きやすい課題ではない。枚数に制限を設けず、思う存分に調べ、数字、データに基づき自分なりのロジックを立てて考えてもらうためにあえて「重い課題」にしている。

 選考フローでお気づきだろうが、ライフネット生命では会社説明会は開かない。その代わりに採用ホームページに豊富な情報を開示している。

株主総会の責任者は、新卒社員

第35回 ライフネット生命保険の仰天の「新人」活用法
――厳選採用した新入社員とはどんな人ですか? 活躍していますか?

 今年6月24日(日)にマザーズ上場後,初めての株主総会を開いたが、運営の責任者は新卒1期生の女性だ。総会の開催日を株主が来やすい日曜日に決めたのも彼女の発案。総会は成功裏に終了した。

 彼女はもともと理学部でめだかの研究をしていたが、顕微鏡を毎日のぞいていて将来、暮らしていけるのかと不安になり、大学院は情報系を選び、ライフネット生命に入社した。

 もう一人の1期生は大学院で化学を専攻したが、修士修了に5年もかかった。なぜそんなにかかったのかというと、院進学後に無性に留学したくなったからだ。そしてさまざまな奨学金制度を調べ、ルノーの奨学金が最も倍率が低いことを発見し、フランス語を勉強してパリのソルボンヌ大学に留学した。インターンに行ったフランスの政府系化学メーカーからも誘われたが、ライフネット生命に決めてくれた。

 2期生も男女1人ずつ。2人とも文系で学部卒。女性は中国人だ。3期生も個性的な男性で、ボクシングで国体2位になったそうだ。すでに大学の単位は取得済みであり、現在はほかのベンチャー企業でインターンとして社会人経験を積んでいる。
――採用ホームページに掲示されている採用宣言は「社会はこんなに変わっているのに、新卒採用は変わらなくていいの?」と現在の新卒採用に批判的です。

 学生がこれほど大学で勉強しない国は日本だけだ。読書量も日本の学生は年間100冊だが、アメリカの学生は400冊読むと言われている。

 なぜこんなに勉強しないのか? その理由の1つが青田買いだと考えている。在学中の学生に就職活動を強い、勉強の時間を奪っている。大学の先生が「学生をゼミに返してください」と投稿したツイッターを見たことがあるが、先生がこんな悲鳴を上げる国は日本以外にない。現在の新卒採用の仕組みを当たり前だと考えている企業もおかしい。

 早く秋入学などの改革が行われ、卒業してから成績証明書を持って就職活動するようになってほしい。それがグローバルでは当たり前の就職スタイルだ。
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