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第10回 「造反有理」を見守る余裕を
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1952年、兵庫県生まれ。慶應義塾大学哲学科卒業。(社)日本能率協会にて経営事業本部、情報開発本部などに所属し、部長職を務める。現在、本田コンサルタント事務所代表としてコンサルティング、教育、執筆活動に従事。著書に『上司につけるクスリ』(サンマーク出版)、『いつも結果が出せる人の仕事術』『若者が3 年で辞めない会社の法則』(PHP研究所)、『仕事に活かす論理思考』(ちくま新書)、『ヘタな人生論より葉隠』(河出書房新社)などがある。
※この記事は『月刊人事マネジメント』に掲載された内容を転載しています。
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管理職研修の場で人の心を大切にする「やわらかいマネジメント」の必要性を説くと、異論・反論を寄せられることがよくある。もっと厳しく接しなければ戦力として育てるのは難しい、いまどきの若者はすぐにつけ上がる、といった理由からだ。もっともな言い分ではあるが、この「厳しく接する」や「いまどきの若者」などの表現は、きちんとチェックを入れておく必要がある。口にする人によってイメージが異なる、かなり恣意的な言葉だからである。
「厳しく接する」とは、具体的にどうすることか。難しいことを命令口調でやらせる、笑顔を見せないなどの意味で理解されている向きがいまだに少なくない。しかし、軍隊のように「命令-服従」によって成り立つ、非常事態を想定した組織は別として、命令口調だの笑顔を見せないなどは、指導育成に必須の条件ではない。
困難な仕事に挑戦させるといった、行為や内容が肝心なのであって、命令口調よりは語り口調で、こわばった表情よりは笑顔で済むなら、それに越したことはない。そのほうが好ましいのである。
雰囲気としての厳しさを演出しようと考えたがる人は、そうしないと相手が動いてくれないと、自分の力量不足を自覚しているケースが少なくない。つまり、そもそもの人間関係の築き方に問題があるということだ。
続いて「いまどきの若者」について。この言葉は、紀元前ギリシャの昔から用いられてきた人類最古の愚痴のひとつ。日本でも、例えば武士たる者の美学を説いた山本常朝の『葉隠』には、いまどきの武士は心得が足りないといった嘆きが記されている。
考え方や立場の違いを体験の多寡によるものとし、若い世代の未熟を嘆くのはいつの時代でも年長者の常ではあるが、それを口癖とすることは、 3 つの意味において賢明とはいえない。
ソニーの創業者の井深大氏も盛田昭雄氏も、ともに「いまどきの若者」に言及するときは「われわれの世代より優れている」という文脈で語ることが多かった。劣っているところを指摘するのは簡単だが、そうしたからといって得るものは何もない。一般に、若い世代を否定的に論じる傾向のある人は、女性の能力について否定的に語りたがる男と同じで、自分自身の能力にやや問題のある人が少なくないように見受けられる。
一定の年齢になったなら―目安として「中年」と呼ばれる四十代に至ったら―むしろ新しい世代の意見に分があると考えたほうが、柔軟な思考ができるのではないか、と私は考えている。
世代間の差異に関する議論というものは、年代の高い人物が保守的な立場に回り、若いほうが革新的な立場に回ると相場は決まっている。年長者は自分が送ってきた人生体験を意義あるものと考え、獲得した有形無形の資産を維持しようと目論むのに対して、失うものを持たない若い世代は、古い価値観を打ち壊そうとさまざまな造反を試みる。年長者には乏しくなった自己革新のエネルギーを、若い世代はいくらでも発揮することができる。
生成発展、進化、変革などが、この世界と生命体のいわば摂理であるなら、そのエネルギーを多く持ち合わせている側にアドバンテージを認めるのは、賢明な判断といえるかもしれない。
「造反有理」とは、かつて毛沢東の夫人・江青を含む四人組が、国家転覆を謀った罪に問われたときに、法定で叫んだ有名な言葉である。造反する側に理があるのではないかと考えてみることは、造反される側にとって決して楽しいことではないが、それゆえに「わたくし」を離れた新しい発想を招く端緒ともなる。
方法論としては、逆に世代間の争いを奨励することによって、さらに大きな実りを得ようとするしたたかな立場もある。ものごとは正-反-合の三つのステップを踏んで進歩していくのだとする弁証法的認識論がそれだ。
いずれにしても、自分が保守派へと回る年代になったからといって、安易に変革の芽をつぶさない配慮が必要であることは確かだ。
造反というほど過激なことではないが、ミクシィ社長の笠原健治氏は、自分が進学する予定の公立中学校に水泳部がないと知って、便箋6枚にも及ぶ直訴状を書いた。それが受け入れられて水泳部ができたとき、自分から提案することの必要性を実感したという。
ソフトバンクの社長、孫正義氏は、学生時代に日本マクドナルドの創業者、藤田田氏の著書『ユダヤの商法』を読んで感動し、ぜひ本人から直接お話をうかがいたいと思った。どうしたか。久留米から毎日、藤田さんの秘書に電話をかけた。が、当然のことながら取り次いではもらえない。そこで飛行機で上京し会社に乗り込んだ。
「3分間だけ社長室に入れてください。私は黙って立っています。お邪魔はしません」。そう言って粘った。黙って立っていること自体が甚だお邪魔なのだが、先方は根負けして、この非常識な学生を社長室に招き入れたという。
また、ソニーの役員を経てアイワ、ベネッセの社長経験を持つ森本昌義氏は、大学生の頃ソニーがADR(米国預託証券)を発行したとの情報に接して驚き、当時のソニー社長、盛田昭夫氏にいきなり会いに行った。アポ無しのヘンな学生に押しかけられ、面談に応じた盛田氏もさすがだが、こうした血気盛んな若者はしばしば我の強いことを平気でやる。
立身出世した人ばかりを引き合いに出すのは我田引水といわれそうだが、ミニ笠原、ミニ孫、ミニ森本は、あなたの会社にもいるかもしれない。さらには、今あなたの職場に、あなたの部下として、いるかもしれないのである。
10人の非常識な、あるいはうるさい部下の中に、将来のエースが紛れている。まさに玉石混交の人材から間違いなく金の卵を見つけ出すためには、造反有理を前提として若者を見るまなざしが不可欠といっても過言ではないのである。
(2011.09.05掲載)