人事担当の皆さんは、社員の60歳以降の雇用条件を決めるに当たり、「働いても年金はカットされたくないのですが」という希望を受けたことがないだろうか。
現在、公的年金が縮小傾向にある点を踏まえ、60歳を過ぎても働く方が増えた。しかし、60歳以降の社員は、雇用条件により年金で大きなトラブルに陥ることがあるので要注意である。給料額によっては、年金が減額されてしまうからである。
60歳以降働いて年金をカットされない方法

給料等と年金額の兼ね合いで年金がカットされる「在職老齢年金」

老齢厚生年金の権利を持つ方が厚生年金に加入しながら勤務をすると、会社からもらう給料等と年金額の兼ね合いで、年金がカットされてしまう仕組みがある。このような仕組みを「在職老齢年金」という。

具体的には、「年金の1ヵ月分」「給料の1ヵ月分」「過去1年間にもらったボーナスの月割額」の3つの金額を足し、基準額を超えると年金のカットが始まる。65歳未満の場合には28万円、65歳以上の場合には46万円が基準額とされ、この額を大きく超えるほど年金のカット額も増える。給料が高額な場合などでは、年金がまったく支払われないケースも発生し、カットされた年金が後日、支払われることもない。その結果、「収入を増やしたくて働いたのにもかかわらず年金が減らされ、思っていたほど増収にならない」という事態が起こってしまう。

年金の仕組みを勉強している社員の中には、「年金をカットされることだけは、どうしても許せない」という方がいる。このような社員のニーズに対応するひとつの方法として、「働いても厚生年金に加入しないで済むように、雇用条件を設定する」というやり方がある。在職老齢年金の制度は、「厚生年金に加入して働いている場合」のみが対象になるからである。

厚生年金は「1日または1週間の働く時間数」と「1ヵ月の働く日数」の両方が一般従業員のおおむね4分の3以上の場合に加入義務が生じる。裏を返せば、「働く時間数」と「働く日数」のどちらかが一般従業員の4分の3未満ならば、原則として厚生年金への加入義務はないことになる。

従って、厚生年金への加入義務が発生しないような「働く時間数」「働く日数」で60歳以降の雇用条件を決めれば、「年金のカットだけは避けたい」という社員のニーズを満たすことが可能になる。厚生年金に入っていないのだから、給料から厚生年金の保険料が差し引かれてしまい、手取り額が減る心配もせずに済む。

厚生年金に加入しなければ退職後の年金は増えない

ただし、この方法にはひとつ注意点がある。年金の受給開始年齢以降、厚生年金に“加入せずに”働いた場合には、その勤務実績はその後の年金額には一切、反映しないという点である。

年金の受給開始年齢以降、厚生年金に“加入して”働いた場合には、働いている間は給料から保険料が差し引かれ、その分、給料の手取り額が減少する。しかし、その保険料の支払い実績は、退職後の年金額に反映をする。つまり、勤めを辞めると、受給開始年齢以降の保険料の支払実績を加味して年金額が再計算され、それまでよりも増額された年金を生涯、受け取り続けることが可能になる。

しかし、年金の受給開始年齢以降、厚生年金に“加入せずに”働いた場合には、保険料負担を回避できる代わりに、退職後に年金が増額されるというメリットも享受できない。保険料を払わないで働くのだから、その勤務実績が年金額に反映されないのは当たり前なのだが、「働けば当然、年金は増えるもの」などと考えている場合には、取り返しのつかない失敗をしてしまうことになる。

60歳以降も継続して働く場合には、在職老齢年金の年金カットや保険料負担には目をつぶり、「年金額を増やすために、あえて厚生年金に加入して働く」という選択肢もある。いずれを選択するかは、本人の考え方次第である。
平成28年10月からは、厚生年金への加入ルールが変更になり、加入対象が拡大される。高齢社員の有効活用のための雇用戦略は、今後、一層の注意が必要といえる。

コンサルティングハウス プライオ
代表 大須賀信敬
(中小企業診断士・特定社会保険労務士)

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