前回の記事(※)では、人的資本の開示に伴う有価証券報告書への記載について、2023年1月31日の金融庁発表「『企業内容等の開示に関する内閣府令』等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について」の内容を示しながら、具体的に解説しました。今回は、より具体的な記載方法についてお届けします。

金融庁から示された「人的資本開示」の具体的な方法を、4つのポイントから解説
【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第3回)】 「人的資本開示」に向けて実践すべき4つの問いかけとは何か
では、下図の2つ目の赤丸部分で言及している「ストーリー」について、経営戦略とリンクした形で記載するためにはどうすれば良いのでしょうか?
【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第3回)】 「人的資本開示」に向けて実践すべき4つの問いかけとは何か

参考:金融庁『記述情報の開示の好事例集2022』

今回は、「最低限」といったレベルでの開示を意識しています。筆者としては、これまで政府が公表してきた様々な資料のメソッドを使うのではなく、以下のような「問い」から始めることをHR担当者にお薦めしたいと思います。

まず以下の問いかけに沿って、回答を作成してみてください。

A:従業員の多様性(ダイバーシティ)確保のために現在会社としてやっていることは何ですか?
B:従業員のウェルビーイングのために、現在会社でやっていることは何ですか?
C:経営戦略のすべての項目それぞれに対応して、人財面で行っている具体的な手立ては何ですか?


作成にあたっては、「投資家」や「アナリスト」など、それなりにシビアな相手を想定し、納得させられる内容、記述なのかということをしっかり意識しながら記載してみてください。もちろん、納得させるうえでの「指標」など数値的なエビデンスがあった方が良いでしょう。

開示の初年度である今年度は、まだ数値的な根拠が不明確であったり、経営戦略の項目全部に説得力のあるHR対応が出来ていなかったりするかもしれません。それで全く構いません。

まずは、出来ていること、そうでないことも含め、現状をきちっと把握することが重要です。今年度から始まる開示義務は1回限りのことではなく、継続的な改善のスタートラインという位置づけ。そのため、「課題」を発見し、社内で共有化することの方が大事です。一番ダメなのは、中途半端に作成し、内容を誇張してあたかも施策が出来ているかのように言い繕ったり、美辞麗句を並べて煙に巻いたりといったこと。最初はごまかせても、社外の投資家やアナリストに対して毎年数値を見せながら記述していく中で、必ずボロが出てきますし、結果的に不信感にも繋がります。

人的資本の開示によって、経営戦略の実行をよりスピーディに確実に行うこと。それこそが開示の本質的な目的の一つなので、毎年実績を記載していく過程で改善していくほうが投資家も納得するでしょう。

どのように有価証券報告書で「人的資本開示」のストーリーを作り出していけばよいのか

A~Cの問いかけが終われば、最後に下記の点も考慮する必要があります。

D:従業員の多様性やウェルビーイングに関する冒頭で示した図の1つ目の赤丸部分について、直観的に分かりやすく従業員への福利厚生的な意味合いと同時に、(そうしたことを通して)経営戦略や経営改革に資するロジックになっているか、またそういうことを意識的に行っているのか? 最終的に投資家を納得させることが出来ているのか?

Dは、単なる従業員への福利厚生としてということだけでなく、経営にも資する、つまり企業の成長にも繋がっているという点が入っている方が、投資家目線ではマッチベターということになります。

ここで強調したいのは、従業員を大事にし、従業員の成長を促すことによって、成果が挙がり、会社も成長するという循環が「HR3.0」の新時代には必要なのだ、ということです。

それでは、A~Dの回答が整ったら、それをどうやって「ストーリー」にしていくのでしょうか?それは、シンプルに下記の流れで有価証券報告書の「サステナビリティ」の箇所に記載すれば良いのです。

・「経営戦略」をまず主語に据え、一つ一つの経営戦略、方針に対し、それを達成するためにやっている「人的資本上の施策」(上記の表では、「人材育成方針」)を対応させて記載する
・エビデンスとなる「指標」(目標、実績)を、上記記載内容の補足として掲載する



経営と人財育成の関連づけを、メソッドを使って一層明確にしたいと考えるなら、上記のような簡便な方法だけではなく、例えば、2022年8月に内閣官房公表の「人的資本可視化指針」のP6にある下表を使ってみるのも良いでしょう。
【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第3回)】 「人的資本開示」に向けて実践すべき4つの問いかけとは何か

参考:内閣官房「人的資本可視化指針」

もちろん、今年が開示初年度であり、きちんと網羅的に検討したいということであれば、上記の図以外でも、政府から示されている「価値協創ガイドライン」「IIRCフレームワーク」、上記の図のもとになっている「ROE逆ツリー」を活用することも出来ます。

ただ、筆者としては、繰り返しになりますが、ストーリーを作成する過程において、HR担当、企画担当、IR担当がディスカッションすれば、上記の表を考慮せずとも、比較的簡単にストーリーを作成できるのではないかと考えています。本当に重要なことは、開示の内容がリッチであることよりも、実態として、ウェルビーイングや経営戦略と連動した人材戦略が企業として出来ていることであり、そのことにHR部門が本気で取り組んでいることではないかと筆者は考えています。

次回は、金融庁が2023年1月に示した「記述情報の開示の好事例集2022」などをもとに、もう少し踏み込んだ具体的記載内容のほか、「ポスト人的資本開示」、すなわち1回目の開示以降のことについても詳しく記したいと思います。
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