VUCAの時代に企業価値を持続的に向上させていくには、伝統的な企業経営の価値観からの転換が必要です。“非財務情報の重要性”が世界的に高まる中で、上場企業を中心に「人的資本経営」に本腰を入れて取り組もうとする企業が増えています。経営戦略と連動する「人材戦略・人事施策」を立案するためには、「経営視点を持つ」ことが欠かせない要素です。新連載『人事が持つべき経営視点』では、人事が経営参謀としていかに重要な役割を担っているのかを再確認し、「管理思考」から踏み出して“人事のあるべき姿”を体現する上でポイントとなる視点や考え方をお伝えしたいと思います。
人事が持つべき経営視点(1)なぜ今、人事が経営視点を持たなければならないのか

管理部門だからこそ見えている「組織力強化」のポイント

先般の2022年5月、経済産業省より「人材版伊藤レポート2.0」が公表されました。一橋大学の伊藤邦雄先生を座長に、有識者の方々が、人的資本経営(人材を「資本」と捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方)の実現に向けて検討してきた内容をまとめた報告書です。中では、「経営戦略と人材戦略を連動させるための取組」の重要性について繰り返し言及されています。

私自身も、その点は非常に痛感しています。
たとえば、経理・財務の計数的な観点から「組織の人材配置をこのように変えたほうが、もっと効率化できて会社の数字も改善されるはず……」というポイントがわかることがあります。しかし経理部門から、そのようなことを提案しても、「何で経理が組織のことに口出しをするのか。組織は人事だろう」と感じる人も実際にいるわけです。

結果的に、経理部門が「口出し」できるのは、計数的な分析報告レベルに終始し、伝えられた側も「参考資料程度」に聞き流す形で終わり、結局数字も組織も何も変わらないという場面をよく見てきました。

組織を繋ぐ人事部門こそ、経営層に働きかけられる存在

これがもし人事部門と連携できていれば、社員一人ひとりの働き方や組織について考えたり、見直したり、時には管理部門から経営者に提案することも実現します。

組織と人の問題は「人事部門の業務範囲内」ですので、社内で議題に挙げやすく、言われた側も特に疑問や抵抗感を持つことはありません。むしろ、よりよい職場環境につながる施策がスムーズに実行されるでしょう。このように、人事部門は、会社全体の組織改善や人材活用において「要」の役割を担っています。

ただし、人事部門がその役割を担い、実行する際に1点気をつけなければいけないことがあります。それは「経営視点」が入っているか、ということです。「経営視点」のポイントの一つは「数字」です。わかりやすくいうと、今の時代は「社員ファースト」、「社内ファースト」の施策も多くありますが、社員だけが気持ちのいい施策やお金ばかりかかる施策を行って、“満足度が向上したので良かった”で終わることありません。

それでは、経営視点を持たない人事施策なのです。経営視点のある人事施策にはその先があります。「社員に気持ちのいい施策を行って、結果的に業績が本当に良くなったのか」、「お金のかかかる人事施策を行った結果、業績もお金をかけた以上に上がっているのか」など、その先の数字を追うところまでが重要です。成果を分析して周囲に共有し、また次回の人事施策に活かす、それが経営視点のある人事施策です。

それを証拠に、多くの経営者は、「数字の結果が出ている企業の人事施策事例」を参考にして、取り入れようと考えています。経営者は、いくら斬新な人事施策があっても、数字の結果が出ていない施策は取り入れません。なぜなら「会社は数字(お金)が生命線であり、会社を潰してはならない」からです。

社員の満足度を高められたとしても、資金繰りが行き詰り会社を潰してしまったら本末転倒です。社員の満足度と同時に組織の生産性を向上させ、業績に影響がある「人事戦略」が求められます。これからの時代は「数字にも明るい人事部門」が求められていくことと思います。

経営視点を備えた「人事エキスパートとしての意見」が求められている

もう一つのポイントは「経営者の置かれている立場に一旦立った上での人事としての意見」です。会社で見受けられる「リスクのある経営戦略」には二種類あります。「無謀な資金計画をもとにした経営戦略」と「無謀な人材計画をもとにした経営戦略」です。

「無謀な資金計画」については、社内外に数字に知見のある人から歯止めがかけられることが多いのですが、後者の場合は、「人事は社内ごと」ととらえる人も多く社外の人間が口出ししづらいのが現実です。無謀な人材計画に歯止めをかけられるのは、社内の人事部門しかいないと私は考えています。

その際に、経営者は、「経営視点のある意見」でなければ耳を傾けてくれないでしょう。一言で言えば「経営戦略を理解した上でそれでも進言すべき時は、人事エキスパートとして意見する」ということです。

誰でも「自分の立場に立ってくれた上での、その人の専門的な知見を有した意見」は、嬉しく、参考にもなります。悪意と思って受け取る人はいないのではないでしょうか。「人材戦略実行の要」として、人事部門と経営層が円滑な関係を常に築けているかというのは、会社経営にとって非常に重要です。

特に今は、「募集をかけたら求めている人材はすぐに集まる」時代ではありません。「常に人材不足」という条件の中で、“経営戦略に紐づく人材戦略を構築・実行”できているかが、実際の業績にも大きく影響してくるのです。

次回は「経営層と人事が協力していく上での課題」を整理し考えてみたいと思います。

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