「人的資本経営」を実現するには、「経営陣と人事がいかに連携していけるか」がカギになります。そのためも、両者が“組織の課題”をあらゆる観点から把握し、共通認識を持ちながら解決に向けて取り組めている状態にあることが望ましい関係性です。本シリーズの第2回では、多くの企業で見られる5つの課題について、人事部門の視点から切り取ります。経営陣と認識を合わせて、より良い組織・より良い経営を実現するために、これらの課題解決のヒントを考えます。

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「人的資本経営」の推進に向け、人事と経営陣が協力して解決すべき“5つの課題”

人的資本経営実現に向けての人事視点から見た“5つの課題”

課題1:社内の情報が「事前共有」されない問題
課題2:会社の現状に見合う「人事制度」や「ツール」の導入にならない理由
課題3:「人的資本経営」を推進する人事部門への投資の考え方
課題4:求職者から見た「客観的な企業評価」を正しく認識できているか
課題5:法律やモラルに準拠した「コンプライアンス意識」の欠如


今回、私自身が人事部門の責任者や現場の方から相談を受ける内容をもとに「人事部門から見える社内の課題」を5つ挙げました。例を交えながら、一つずつ紹介していきます。

課題1:社内の情報が「事前共有」されない問題


事業方針などの重要事項が、人事部門や管理系の部門には「事後報告される」という課題はよくあります。たとえば、新規事業の立案が、経営陣と現場責任者のみを中心として進んで、そのまま経営会議で決まってしまうというようなことです。

人事部には、既に決定した事項として伝えられ、「新規事業では、これだけの人員が必要になるからよろしく」と依頼のみが来るというのはよく聞く話です。その段階で、人事部門ができることは「決定事項に従い、粛々と人材を集める段取りをする」ということだけです。

これでは「人的資本経営」で重視されている「人材戦略」が実行されているとは言えません。「人材戦略」を「経営戦略」と連動させるためには、事業計画の段階から、人事部も積極的に関与することが重要です。

課題2:会社の現状に見合う「人事制度」や「ツール」の導入にならない理由


「先日読んだ本に良いことが書いてあったから、今すぐ評価制度に加えたい」や「展示会で体験した最新のコミュニケーションツールをうちの社内でも試してみたい」など……。このような声が経営陣から出てくるケースは良くあるのではないでしょうか?

目的を定め、新しいことを導入するのは基本的には良いことです。しかし、導入の仕方を間違うと、会社としての計画性や脈略がなくなり、社員の混乱を招きます。そうならないためにも、新制度やツールを導入する際は、組織的に検討することが重要です。
一例として『人事部門』+有志の他部門の社員数名といった小人数のグループをつくり、そこで新しいやり方をトライアルしながら検討してみるのもいいと思います。忌憚のない意見を交わし合って、導入の是非を検討することは欠かせません。

経営陣の中には、最新の制度やツールを導入すれば、会社は変わると思われている方もいるかもしれません。しかし、あくまで「制度は制度、ツールはツール」でしかありません。自社に見合っているかの事前検証は必ず行うべきです。また、導入後も人事部門は、経営層と情報を共有しながら運用チェックとメンテナンスを行うことが肝要になります。

課題3:「人的資本経営」を推進する人事部門への投資の考え方


人事が、人材戦略の立案や実行といった中長期的施策に取り組むためには、煩雑な日次業務をできるだけ簡素化する改善が必要になります。人員の補強やクラウドツールの活用で、アナログな業務を軽減させることで“時間的・精神的余裕”が生まれます。すると、その時間を「中長期的視点で戦略的に考える時間」に充てることができるようになります。業務効率化をせずに、従来通りにアナログな作業環境下でそれらを行うのは無理な話です。たいていの人は、手元に細かい作業があると、どうしてもそちらに気が取られてしまいます。人事部門の視座を「今日」から「中長期目線」に変えるためには、人事部門への投資は欠かせないでしょう。

課題4:求職者から見た「客観的な企業評価」を正しく認識できているか


「経営戦略」を実行する前提条件として、「自社が求めるスキルレベルを備えて、カルチャーフィットする人材が確保できるか」という問題があります。つまり、自社の採用力の“客観的な評価”について、人事と経営陣は共通認識を持っておく必要があるということです。

たとえば、「今年新卒採用の応募が1,000人来たから、中途採用でも集まるだろう」と経営陣が主観的に判断し、即戦力人材の確保を前提に事業計画を立てたが、人材確保に苦労してしまうというのはよく聞く話です。社会人経験を経たキャリア人材は、企業イメージだけではなくよりシビアな目線で年俸条件などを参考にしながら応募先を選んでいます。自社が求めるスキルレベルの人材に適切な年俸を提示できるような「経営戦略と人材戦略」になっているかは、社内で認識を合わせておきたいポイントです。人材が採用できてこそ、経営戦略を実践に移していけるのです。

課題5:法律やモラルに準拠した「コンプライアンス意識」の欠如


私自身も含めてですが、誰しも「過去の自分の経験」を基準に、無意識かつ反射的な評価をしてしまうことがあります。例えば、社内で起きている事態について「自分達もそれくらいのことは我慢してきた」や「気合や根性があればなんとかなる」、「ただのわがまま、ぜいたくだ」、「どこの会社もそんな法律は守ってないだろう」などと言う理由で、現状の課題が軽視されてしまうことがあります。

こういった感覚を変えてもらうことほど、むずかしいことはありません。しかし、無意識なものを“意識化”してもらうことはできます。「過去は過去のやり方があって今がある」という事実と同じように「今は今のやり方をしないと未来はない」と言う事実を理解してもらう必要があります。企業の社会的責任を果たす上でも、コンプライアンスに準拠し、企業経営が成り立っていくような「経営戦略」と「人材戦略」が必要とされています。
今回挙げたこれらの5つの項目は数ある課題の一端に過ぎません。逆説的に考えれば、社内での課題を多く見つけられる企業ほど、成長性の面で飛躍の可能性があるとも言えます。課題を「会社の成長や飛躍」のきっかけとなる“金の卵”と捉え、経営陣と人事で社内のあらゆる課題を発掘し、一つずつ認識を合わせて解決することこそが「人的資本経営」を実現するための早道と言えそうです。

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