年々、人手不足と並行して若手社員の価値観が多様化し「人材の流動化」も進む中で、「若手社員の採用・定着」は多くの企業の共通の課題です。特に、採用人数が多い大企業においては、採用した人材のオンボーディングをどう成功させていくかは喫緊の課題です。
自身のやりたいことに積極的に向き合っている若者がいる反面、「どの会社が自分に合っているか、何を自分が本当にやりたいか」が明確になっていないという学生も多いのは今も昔も変わらないのではないでしょうか?
人事部門が注力すべき「非財務情報」項目~若手社員に向けた人材戦略のあり方

大企業における若手社員のジレンマ

就職活動を始める際には、「よくCMや広告で見かける企業」や「入社できたら親が喜び、安心する企業」を重視するという心理は、今も昔も変わらないと思います。売り手市場で学生に有利な傾向が続く中で、大企業を志望する傾向は高まっています。無事に入社が決まった時は周囲からも「すごいね、良かったね」と言われるでしょうし、本人も「大きな仕事をやってやるぞ」とやる気に満ち溢れていると思います。

しかし、入社から3ヶ月、半年、1年と過ぎていき慣れてきたころに、ふと「あれ、自分のイメージと違っていたかも」と思う人が出てきます。SNSで、ベンチャー企業や中小企業に就職した同級生たちが「入社半年でプロジェクトリーダーに抜擢されました!」と楽しそうに職場の様子をアップするのを見て、大企業に就職した人の中には「自分より先に行っている」と、焦りが出てくる人もいます。

華やかな大企業ほど数多くの人が「土台」となって黙々と支えているという現実に気付き始めた頃にそのような投稿を見てしまうと「自分がプロジェクトリーダーになるには、あと何年かかるのだろうか」と想像し、絶望的な気持ちになってしまうのです。

以前、20代の大企業の若手社員にインタビューをした際に、「上司や先輩に優秀な人達がいて、既にたくさん『ポスト待ち』で詰まっている。自分に重要な仕事やポストがまわってくるのは何年後かと考えるとモチベーションが上がらない」という声を多く聞きました。それを受けて、私は「早く活躍するために、社員数の少ない中小企業やベンチャー企業に行くという選択肢はなかったのですか?」と彼らに質問をしたこともあります。そうしたやりとりの中で、彼らの理想像がおぼろげにわかってきました。

つまり「誰もが知る有名な企業で、誰もが知る有名な案件のプロジェクトリーダーとなって、若いうちから責任ある立場で活躍する」という理想を抱いていたということです。文字にするとやや意識高い系に感じますが、実際にインタビューをさせていただいた彼らは、私から見ても、「こんな若手社員がいたら本当に頼りになるだろうな」という、経歴も人間的にも一目置けるような人達でした。だからこそ、彼らがそう思うのも自然だろうし、一方でその理由だけでせっかく入社した会社から転職してしまうのはもったいなく、会社にとっても人的損失だろうと感じます。

ただ現実問題になりますが、実際に入社1年目、2年目の社員にプロジェクトリーダーを任せたらどうなるでしょう。大きなプロジェクトでしたら時には数十人から数百人は関わるものもあります。プロジェクトをまとめるリーダーには、当然重圧もかかりますからマネジメントの経験値がないとすぐメンタルがやられてしまう可能性もあるでしょう。何より入社3年目、5年目、7年目の先輩社員がその状況を認められるかという問題もありますので、会社にとっても社員にとってもリスクが高くまだ早いとなるのが当たり前でしょう。

「一人プロジェクト起案制度」で若手社員のジレンマを解消する

若手のモチベーションを保ち、離職率を低下させる施策として「一人プロジェクト起案制度」を試してみるのはどうでしょうか?「誰もが知る有名な企業で、プロジェクトリーダーとなり責任ある立場で活躍する」というのは「一度は経験してみたい」ことであって、おそらく毎晩、夜もうなされるほどのプレッシャーを感じながら働きたいわけではないでしょう。

「自分の潜在能力だったらもっといろいろできるかもしれないのに」という溜まった気持ちを発散できる機会を会社が提供するという観点で挑戦を応援する仕組みを作るのは一つの解決策になると考えます。

「一人プロジェクト」は、将来売上につながる可能性のある新規事業でもSDGsなど社会貢献に関する内容を“手挙げ式”で起案することから始まります。検討してもらえる機会を持つということが若手社員のモチベーション維持・向上の足がかりになることは間違いないでしょう。

そして、社内で承認されたら、全社的にも新規プロジェクト(案)として公開します。そこで賛同する社内のメンバーを集めてもいいですし、一人で活動をしてもいいと思います。その時点で誰もが「大企業のプロジェクトリーダー」になることは達成されます。

実際に、売上や利益になるビジネス関係のプロジェクトであれば、自ら経理や経営企画部など数字に長けた人材に支援をお願いをしてプロジェクトに参加してもらい、一緒に事業計画書を作ってもいいでしょうし、既に社内に「社内ベンチャー制度」があれば、その制度と連動させてもいいと思います。また、社会貢献的な活動であれば、その活動報告を社内に公開するにしたがって、賛同するメンバーが増え、実際に会社の非財務情報にも掲載できるような価値のある活動に育つことでしょう。

既存の事業の売上利益や企業価値の向上に直結はまだしないけれど、将来的にはそれにつながるような“卵や種のようなプロジェクト”を自主的にやりたい人が手を挙げてやれる場を提供するだけでも、若手社員の定着率や社員満足度、モチベーション向上に寄与すると考えます。

ただし、会社の場を提供するわけですから何をやってもいいわけではなく、プロジェクト内容には条件設定が必要です。
1.公序良俗に反しない、風紀を乱さない内容
2.最初は必ず一人でプロジェクトを立ち上げること
3.プロジェクトが会社の売上利益や株価へ好影響を及ぼすなど、企業価値向上に貢献できる理由を説明できること


1.は言うまでもないことですが、2.はベンチャー企業においても友達同士や同僚同士など複数の人数で起業すると、何か問題が起きた時に、自分でなく一緒に立ち上げた人間のせいにしがちです。そのため、起案申請する時は必ずプロジェクトリーダーとしての責任をもってもらうために連名ではなく、一人の名前で申請してもらうようにします。

また、3.に関しては、これこそが「経営戦略に連動した人材戦略」のコツですが、社員自身が満足して「楽しかったです」だけで終わらせるのではなく、売上利益や株価などに良い影響をもたらすためにこの条件を設定すると良いです。実際に非財務情報に開示できるプロジェクトもたくさん生まれると思いますし、その開示内容によっては株価が実際に上がることもあるでしょう。

総務人事部門は、若手社員を活用した「経営戦略に連動した人材戦略」の企画立案を

若手社員の有り余るパワーを消化不良にさせずに社内で出しきってもらい、実際にそれが売上や利益、株価に良い影響をもたらし若手社員自身も職場環境に満足する。そのような理想郷を実現するための施策を企画立案するのが人的資本経営下での総務人事部門の役割の一つであると思います。
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