「人事が持つべき経営視点」というテーマも今回が最終回となりました。最終回だからこそ基本に立ち返りたいと思うのですが、人事が学ぶべき経営視点というのは、具体的に「誰の」経営視点でしょうか。もちろん、皆さんが働かれている会社の社長の経営視点です。社長個人の経営視点を共有してもらい、学びながら実践するとは何から始めれば良いのでしょうか?

【人事が持つべき経営視点】第1回から読む▶なぜ今、人事が「経営視点」を持たなければならないのか
「学びと理論」を活かして人的資本経営を実践に移す。その舵取り役が“人事の仕事”

自社の社長の経営観を理解する方法

例えば、他社の有名企業の社長インタビューをネット記事で見て、その「経営視点」を学んだつもりでも、自社の社長が抱く経営に関する“考え方”や“視点”と完全一致することはありません。なぜなら、100社あれば100人の社長それぞれの経営観があるからです。だからこそ、まずは「自社の社長の経営視点」を理解しなければいけません。

そのための簡単な方法の一つは、社長の愛読書や最近読んだ書籍で経営に参考になったものを伺うことです。それはビジネス書かもしれませんし、それ以外の書物かもしれません。そしてそれを読み、社長が“どの点に特に感銘を受けたのか”を理解することですが、その価値観を100%受け入れなければいけないというわけはありません。「理解をすること」と「受け入れること」は違います。社長の経営観に寸分違わず共感できる場合はあるかもしれませんが、人はそれぞれ価値観が異なります。多くの場合は、9割は共感するけれど、ここの部分だけは自分的には腹落ちしないということは当然あると思います。

社長の「今・現時点」の経営観を理解することが大切です。どのようなコミュニケーションも、相手のことを知らないよりは知っていたほうがより円滑になります。これは、社長とのコミュニケーションにおいても同様です。社長自身の考え方も日々変化・進化をしていきますので、年に一度、半年に一度など定期的に聞いてみると良いでしょう。変化や進化を感じ取るためにも、お互いに負担にならない頻度で行ってみることをおすすめします

社長の経営観や人事についての考え方に“取り入れてもらいたい本”を紹介して価値観の共有を

そして逆に、人事部門で「これは社長にも共有してもらいたい価値観が書かれている」という本があれば、その本を社長に「お時間のある時に読んでみてください」と紹介してもいいと思います。私自身も本を書く立場として、この令和のネット時代に本というツールはどのようなシチュエーションで役立つのかをよく考えます。主に2つの利点があると思っています。

1.ほとんどの経営者は、かなり読書をしている


多くの経営者は、経営者としての悩み事を部下に相談することをしません。相談するとしたら同業の経営者に相談するくらいです。そのため、本からヒントや気付きを得ようとされる方が非常に多いです。一般会社員の方々は日次業務で忙しいのでなかなか本を自発的に読む機会は少ないと思いますが、経営者にとって本はかなり身近な存在です。そのため、社長とは本を介在したコミュニケーションは有用ですし、どの部分が良かった、あるいはまだ自分にはピンとこなかった、というような読書会のようなやりとりをするだけでも、普段は主従関係で思い切ったことをなかなか言えない関係でも、経営観、人事観、仕事観について意見交換できやすい環境を生み出せるのが、本の特徴であると思います。

2.直接言われると感情的になるような内容も、本なら客観的、冷静に読める


たとえば昔ながらのカリスマ的な威厳を持った社長の場合、今の時代の働き方、仕事観に対して根強い拒否感があったり、それらを軽視した行動や発言をして、人事部門がフォローをしたりしている場合もあると思います。
そのような時に、人事部門から社長に「もう時代が違いますから」と、直接的な言葉で進言されると、「面子を潰された」と感じたり、反射的に「お前たちは経営のことを全然わかっていない!」と憤怒したりといったことが起こる可能性もあります。揉めて良いことはお互いに一つもありませんので、伝えにくいことを伝えるために「本」というツールは有用です。

「SDGs」や「女性活躍推進」などの取り組みは、“能動的に行う”のと“仕方なく行う”のでは実際の成果にも影響を及ぼします。たとえば、人的資本のサステナビリティ情報のSDGsや女性活躍に関する人事情報の開示は、人事部門が中心となってその実務を行っていることでしょう。

この場合は、ここでは具体的な実務本ではなく「なぜ差別のない会社がまわりまわってその会社の価値を向上させるのか」という“概念”や“本質”を解説している本を経営者に紹介してもいいと思います。わかりやすく記載してある部分を「人事の立場として参考になったと感じた箇所」として、付箋やマーカーなどでつけて経営者にお渡しすれば、それを無視する経営者は少ないと思います。本は、会社員の方達に渡すと読んでもらいにくいツールですが、経営者の方達に渡すと読んでもらいやすいツールなのです。その特性を活かしていただけると良いと思います。

人的資本経営は実践して初めて意味がある

また、今回のシリーズでは人的資本経営を推進するために「なぜ今、人事が経営視点を持たなければならないのか」について、全12回に分けてお話してきました。


◆人材(ヒト)を資本として捉えるとはどういうことなのか
◆「経営戦略」について今一度正しく理解するためのポイント
◆人的資本の情報開示によって、社内外のステークホルダーには何が伝わるのか……など



しかしながら、そうした考え方を理解したり、本を読んだりしただけでは、「ただ勉強になった」と個人が得をしただけで、会社には何の変化ももたらしません。それでは、人事部門の社員の仕事としては道半ばです。得た知識をもとに実際に「実践」して、会社を今日よりも明日が少しでも良い職場環境になるように行動しましょう。

人事と経営陣が協力することで開ける未来を自社の場合に置き換えて見据えながら、経営を支える人事として、身に付けた経営視点を活かすべく歩を進めていただければと思います。
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