最近、企業の障がい者雇用が「SDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)」や「サステナビリティ(持続可能性)」の視点から捉えられることが増えてきています。障がい者雇用は、人材活用の面から、ダイバーシティ(多様性)に対する取り組みの一環として語られることが多くなっていますが、「SDGs」に含まれる他の要素とも関連性があります。障がい者雇用がなかなか進まないと感じるのであれば、障がい者雇用を異なるコンテクストから捉え直すことによって、それらの持つ意味を広げることもできます。では、どのような視点で見直してみるとよいか考えていきます。
障がい者雇用とSDGsのつながりとは? 持続的な企業価値向上のために

障がい者雇用を事業貢献につなげるために

現在、多くの企業で障がい者雇用が進められています。その理由としてあげられるのは、「法律によって障がい者雇用が定められているから」です。毎年、厚生労働省から公表される「障害者雇用状況」によれば、障がい者の雇用人数も雇用率も、年々上昇しています。一方で、障がい者と一緒に働くことに対しては消極的、否定的な意見を見聞きすることも少なくありません。

確かに、障がい者雇用を進める上では、それまで別の社員が行っていた業務をそのまま障がい者に引き継ぐことが難しい場合がほとんどで、業務フローの見直しやプロセスの変更、マニュアルの作成などが必要であり、業務のフォローも含め社員の負担が増えることがあります。しかし、異なる視点から見ると、障がい者雇用が組織にもたらすメリットにも気づくことができます。

特に最近は、企業経営の中に「SDGs」を取り入れていくことが求められています。「SDGs」は、社会や環境の課題解決に向けた「持続可能な開発目標」です。国際社会共通の目標として、「誰一人取り残さない」という原則のもと、多様性と包摂性のある持続可能な社会の実現を目指すものであり、17の目標と169のターゲットで構成されています。

これまでは、障がい者雇用は「CSR(Corporate Social Responsibility)」、つまり「企業の社会的責任」と捉えられ、社会貢献の意味合いが強調されていました。しかし、障がい者雇用を「CSR」ではなく「SDGs」の観点から考えていくと、また新たな活躍の場を創出できるかもしれません。障がい者雇用率を達成するために障がい者雇用を行うのではなく、各企業の事業に持続的に貢献できる業務や仕事として、障がい者雇用の役割を考えていくのです。

例えば、障がい者雇用を進めたことで、「全体の業務フローを見直した結果、仕事の効率化につながった」、「外注していた業務を内製化することができ、コストを削減できた」などの成果を生み出している企業もあります。また、「働き方」や「働く環境」の整備が重視される中で、障がい者雇用に向けて創出した職種が、健康上の問題を抱える既存社員の方の活躍の場につながったという事例もあります。働く環境の整備をした結果、全社員にとって働きやすく安全な職場になったという声も聞かれました。このように障がい者雇用は、視点を変えると、前向きに取り組むことで組織改善につなげられる要素がたくさん含まれています。

さらに、障がい者雇用の推進に伴い、組織の中でのそれぞれの役割や業務内容を見直すことで、今までになかったコミュニケーションが生まれます。その結果、組織の活性化につながったり、各自の視野が広がり多様性への理解が深まるなど、良い影響を感じている企業も少なくありません。このような捉え方により、障がい者雇用に新たな価値を生み出すこともできるのです。

働く環境の整備が、障がい者の活躍の場をつくる

ある地域の中小企業で、障がい者雇用率5%以上を達成している会社があります。印刷やWEBに関する事業を行っており、もともとは印刷業をメインにしていました。しかし、求人への応募が少なく、人材確保に関して厳しい状況だったため、働きやすい職場づくりを意識した取り組みをしてきたようです。

社員の働きやすさを意識し、仕事の見える化、作業を習得しやすいように動画で学べる仕組みづくり、スモールステップの目標設定などが実施されてきました。これらは、障がい者雇用のためというよりも、どのような社員にとっても仕事がしやすいように進められてきたことですが、結果的に、これらの全社共通の取り組みは、障がい者社員の働きやすさにもつながっているそうです。また、このような取り組みを普段から行っているため、特に障がい者雇用を進めるために意識していることはあまりないそうです。

コロナの前からこのような取り組みができていたので、テレワークへの移行も問題なくでき、仕事への影響はほとんどなかったといいます。もともと、結婚や出産、子育てなどで仕事を辞める人が多いことへの対応としてテレワークの導入を始めたそうです。せっかく専門知識やスキルがあるのに、「子どもが小さく、時間の制約がある」という理由で活かせないのはもったいないということで、育児休暇の制度と、テレワークの制度をつくったのです。

コロナ以前は、テレワーク制度は育児・介護が必要な社員のための限定的なものでしたが、コロナ以降、全社員に活用しやすいように制度が改善されています。そのため、仕事に支障がない限り、場所を限定しない働き方ができるようになりました。一部の工場で機械を動かす仕事はできないものの、それ以外の業務については、ほぼテレワークで対応ができると感じているそうです。

ちなみに、障がい者雇用の取り組みは、特定の部署で行われるのではなく、社内にあるさまざまな業務に合わせて必要に応じた部門で行われ、障がい者社員は適材適所の部署で仕事をしています。職種は、WEBのシステムエンジニアや、データ管理や加工、デザイナー職、印刷工場の製造最終工程の仕上げなど、多種多様です。

この企業では、「誰もが働きやすい働き方や環境」を追求した結果、障がいの有無に関係なく、全社員が働きやすい職場をつくることができました。このような取り組みができている企業では、優秀な人材を確保し、定着させることができ、それにより組織のパフォーマンスを向上させたり、企業価値を上げたりすることができています。

企業では、時代に合った変化やイノベーションのために、パラダイムシフトのきっかけとなるような新しい取り組みや視点を大事にしています。「SDGs」などの取り組みを進める企業では、社会課題を知るためのきっかけとして社員がボランティアやプロボノなどに参加することがあります。それは、会社の中では気づかない、接することの少なかった社会課題を発見し、自社のビジネスの新たなヒントにつなげようとしているからです。さらに、「SDGs」の実現に向けた取り組みを、会社と社員、両者の方向性を一致させることにつなげるケースも見られています。

このような「SDGs」への取り組みを、一時的なプロジェクトやイベントとしてではなく、持続的に行うことは、障がい者雇用を発展させることにもつながります。障がい者雇用のみに焦点を合わせてしまうと、「障がい者にできる仕事は何か」という答えを探すことに集中し、これまでの経験から想像する障がい者像から限定的な業務を考えてしまいがちです。しかし、「多様な人材が活躍できる職場作り」や、「イノベーションや新たな価値観の創出」と捉え直すことで、違った視点から障がい者の活躍の場を生み出したり、組織に新しい考え方を吹き込んだりすることもできるのです。

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