本連載では前回より、アジア各国で活躍する人材ビジネス企業の方々に、その国で成功する秘訣をお聞きしている。第2弾となる今回は、マレーシア。現地で1994年からの長い歴史をもつJACマレーシアの大西Managing Directorを訪ねた。海外経験が豊富な大西さんに、マレーシアにおける成功の秘訣とともに、日本企業がグローバル化するための重要なポイントをお聞きした。
第37話:マレーシアから学ぶグローバル人事戦略――ローカルのトップを育て、日本人をナンバー2として送り出すことによる効果とは

異文化を理解するうえで見逃せない赴任地のコミュニケーションスタイル

稲垣:大西さんは現在(2022年3月の取材時)、人材ビジネスを展開するJAC Recruitment MalaysiaのManaging Director(最高責任者)ですが、キャリアのスタートは銀行だったとお聞きしています。銀行員としては、海外への赴任が長かったのでしょうか?

大西:はい。1982年に富士銀行(現・みずほ銀行)に入行し、8年目にニューヨークでの米州審査部立ち上げで海外に行きました。それ以来、同ニューヨーク支店、トロント、バンコクと渡って、20年間銀行に勤めました。

稲垣:そのあとにJACに入社されたのですか?

大西:銀行の後にもう1社、米系のファイナンス会社をはさんで、その後にJACマレーシアのMD(Managing Director)にスカウトされました。それが2014年のことです。

稲垣:海外ビジネスはすでにご経験豊富でしたが、海外の人事業務はそこからのスタートなのですね。

大西:はい。ただ、銀行にいた時も、3銀行のPMI(Post Merger Integration)として人事関連の統合プロジェクト(@バンコク)に携わっていたので、“人”に関することに少し経験はあったんです。そのため、人材紹介もそれほど難しい話ではないだろうと思っていたのですが、甘かったですね。そんなに簡単ではなかったです。まずは私自身が人材紹介の仕事におけるお客様とのコミュニケーションの取り方や、良質キャンディデートのピックアップなどを体感して学び、それを現場に落とし込むことにかなり苦労をしました。

稲垣:例えばマレーシアではどんな部分に苦労されましたか?

大西:北米での経験が長かったので、どうしてもその文化との比較になりますが、特にアメリカではトップが意見したことに対しても、部下は自分の意見を伝えます。一方、タイやマレーシアでは私が強いメッセージを発したときに、「いや大西さん、それはちょっと違う」とはなかなか返ってきません。そのため、気をつけなければいけないのは、トップの意見を部下はもちろん真剣に聞きますが、「本当に腹に落ちているのかどうか」は分からないということです。

アメリカではトップが曖昧なことを言うと、「あなたが言ってることは分からない」と返ってくる。意見が上司と部下で違うことは全く構わないんです。ただ、「意見が違う」、「私の意見はこうです」ということをちゃんと上司に示しておかなければ、あとで「君は何も言わなかったよね。それは君がAgreeしたっていうことでしょ?」と言われてしまう文化がある。

しかし、マレーシアで「どう、分かった?」と聞くと、一応みんな「Yes」と返事をするんです。ところが、あとで聞いてみると、「いや、実は十分納得したわけではないんです」となる。この点が難しいですよね。「部下がどこまでトップが言ったことを理解して、賛同しているか」というのは軽々しく判断できない。これは、マレーシアで気をつけなければいけないポイントですね。
Yes or No
稲垣:「コミュニケーションスタイル」は海外の国々で差がありますが、アメリカでは典型的な「ローコンテクスト」のコミュニケーションスタイルで、物事をはっきりと伝える。マレーシアでは、日本をはじめアジアに多い「ハイコンテクスト」のコミュニケーションスタイルで、物事をはっきりと伝えない。日本人でありながら、ビジネススタイルがアメリカナイズされた大西さんは、苦労されたことでしょう。お客様とのコミュニケーションでも、苦労したことはありましたか?

大西:私の仕事のひとつは「トラブルシューティング」なのですが、お互いにはっきりと物事を伝えないことが原因で、マレーシア人同士で弊社の従業員とお客様との間で、理解が全然うまくいっていないことがありました。マレーシア人は最初から正面切った喧嘩はしないため、丁寧なコミュニケーションから始まるのですが、一旦こじれると面倒な事態になってしまう。そのため、トラブルになりかけると私が出て行って、とにかくひたすら話を聞くんです。静かに相手の言いたいことを聞く、聞く、聞く。どんなに理不尽なことを言われても、こっちは熱くならず、クールに聞くことが必要です。しかし、コンテクストの程度の違いはあれど、こういったことは民族関係なく同じかもしれません。

民族に関係なく“腹を割って話すこと”で信頼関係が築ける

稲垣:大西さんは日本よりも海外で働いたご経験のほうが長いと思いますが、それゆえ文化の違いの捉え方がフラットな気がします。

大西:そうですね。もともとの性格からしても、「新しいところに入っていくことへの抵抗感がない」というのはあると思います。とはいえ、先ほどの「アメリカとマレーシアのコミュニケーションスタイルの違い」の話のように、民族がもつ“常識”や“バリュー”の違い、または宗教観のバリュー、これだけはちゃんと理解した上でリスペクトしなくてはなりません。一方で、そういったいわゆる「アイデンティティ」に関わることでなければ、同じ“人”として見ることが大事だと思うのです。「マレーシア人」とひとくくりにいっても、マレー系もいれば中華系、インド系、その他の民族の人もいる。新しくマレーシアに赴任される方は、民族としてどういう人達がいるのか、それぞれの宗教観などをある程度学習なさった方がいいと思います。
マレーシア寺院
稲垣:裏を返せば、そこを押さえてしまえばあとは民族の違いに関係なく、みんな一緒だということですね。

大西:そうですね。しっかりこちらが腹を割って、「僕は今あなたと話しています」、「あなたに僕の言いたいことを理解してもらいたくて話しているんです」、「あなたのことをもっと理解したいんです」、「だからこうやって話していますよ」といった姿勢がちゃんとベースにあればよいと思います。言葉遣いなどももちろんあると思いますが、そういった姿勢によって築くことができるのが「信頼関係」ですよね。「この人だったらちゃんと話してもいいよね」、「この人は別に私を評価しようと思って話しているわけではないよね」といったことを分かってもらわなければ、信頼関係を築くことはできないと思います。

稲垣:本当にそれがシンプルな本質だと思います。一人の人間として、民族や国境、年齢、ジェンダーなど関係なく、「腹を割って話せるかどうか」ということですよね。

大西:そうですね。ですから、例えば弊社で従業員が辞めた際の退職インタビューの時に気をつけていることは、「上から目線にならないこと」、「正直に言うこと」です。例えば「JACの今のカルチャーの中で、MDとして直してほしいところはありますか?」とか。「格好つけないで真面目に話してくれているな」と分かってもらえると、相手も本音で話しやすいですよね。

ローカルのトップを育て上げ、若い日本人を“ナンバー2”として送り出せ

稲垣:昔、大西さんとお話ししたときに、「海外に出てきたトップが覚悟を持ってやることが大事だ」とおっしゃっていました。ここはその通りで、私も今まで見てきた“海外拠点を成功させている日本人経営者”には覚悟のようなものを感じます。一方で、「3年から5年で駐在期間が終わってしまう」というのが日本の一般的な人事異動の慣習ですので、「その少ない年月でどうやって覚悟を持てばいいのか」と悩んでいる方も多いのではないかと思います。そのあたりはいかがでしょうか。

大西:その前の段階から申し上げたいのですが、まず駐在期間が短かすぎます。現地の従業員からすると、「また新しい社長が来た」、「どうせ3年でいなくなる」となる。社長A、次の社長B、社長Cと次々に代わっていく中で、この3人が全員同じ方針、やり方、バリューで会社を運営するかというと、日本の会社の場合は違いますよね。

そうすると、現地の従業員はみんな混乱するわけですよ。社長が変わる度にやり方が全く変わってしまい、「今までここにバリューを置いていたのに、今度はこうなっちゃいました」ということが起きてしまう。私の考える解決策は、日本人駐在員がトップとして来た場合に、その人はなんとしても、その国にいるナショナルスタッフの中から自分の後任を見つけるということです。見つけて、育ててほしい。

もちろん、その場合は経験の浅い人ではなく、ディレクターやジェネラルマネージャーなど、それなりの役職の人を引っ張り上げるでしょうから、その人たちを3〜4年ほどでしっかり育て上げ、トップに据えていく。それが駐在員の仕事ではないかと思います。そして、ほかの日本人駐在員はナンバー2、いわゆる参謀であればいいじゃないでしょうか。

稲垣:強く同意です。そこで課題になってくるのは「日本の本社の考え方」です。従来の慣習である、「日本から経営のトップを現地に送り込み、本社との日本流のコミュニケーションスタイルをとり続けたい」という会社が多いと思います。

大西:まさにそこが変革のポイントです。海外現地に来ている日本人は、本社の人間とはいえ、数的にはマイナーな民族の立場となり、その場に適応していく努力をしています。その上で、これからは本社から来た日本人が、「日本のやり方に合わせる」という考え方から脱していかなければいけない。それは、「もっと現地に裁量権を与える」ということだと思います。裁量権がなければ、いつまでたっても「自分の戦略、感覚、リーダーシップでこの会社をもっと強くしていこう」というマインドにならない。だから人が育たないんです。

稲垣:日本の本社のグローバル人事戦略はどうすればよいでしょうか?

大西:先ほどお話ししたように、まずはローカルからトップを出す。そして、日本人は30代になったら海外の現場に行って、そのローカルトップの下のナンバー2として、裁量権をもって自分の責任でローカルトップとともに意思決定をさせる。そういった環境で若い人を鍛えていくことが重要だと思っています。
握手

対談を終えて

私と大西さんのお付き合いは、6年前の2016年にさかのぼる。マレーシアに行ってJACマレーシアを訪ねた際、非常に丁寧にマレーシアの人材事情などを教えていただいた。その時から「非常にフラットな方だな、日本人離れしているな」と感じていたが、ビジネス経験のベースを聞いて納得した。対談の終盤では、日系企業のグローバル人事戦略に関して、「トップはローカルが務めるべきだ」とおっしゃっていた。実はこの対談には後日談があり、コラムがオープンとなるころには大西さんはJACマレーシアのMDを自ら退かれ、第二(第三?)の人生を送られる。すでに公表されているが、JACマレーシアの新人事が発表された。

大西さんの後任はSingaporeのMD(シンガポール人)が兼任されるが、実態的にはマレーシア人のLim Sze PingさんがDirectorとして組織を引っ張るとのことだ。有言実行。素晴らしい幕の引き方である。
2人の写真
取材協力:大西信彰氏
山口県萩市出身。東京都内の大学を卒業後、1982年に富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入行。アメリカやカナダでの勤務を経て、2000年にタイ・バンコク勤務となり、東南アジアへ。14年よりJACリクルートメント・マレーシア社長、2022年春退任。
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