ウェルビーイング(Well-being)が注目される中で、現場の担当者の「健康経営とはどう違うの?」という声を耳にすることがあります。たしかに、概念としてはどちらも近いような気がしなくもないけれど……。そんな風に感じている方も多いのではないでしょうか。こうしたトレンドや横文字の定義を曖昧にしてしまうのが私たちの悪い癖だったりします。それぞれの概念をきちんと理解すれば、違いが見えてくるはずです。そこで、今回は「健康経営」と「ウェルビーイング経営」の違いを考えていきます。
職場のウェルビーイング(2)「ウェルビーイング経営」は「健康経営」と何がどう違う?【73】

2010年代に「健康経営」が注目を浴びるようになった背景とは?

ウェルビーイング経営が注目されるようになり、健康経営に取り組んでいる企業の担当者からは戸惑いの声が聞こえます。「健康経営にずっと取り組んできたけど、いまさら何をやればいいのか?」という声です。前回解説したように、Well-beingは心理学的な定義があるのですが、なぜ健康経営と混同されてしまうのでしょうか。



それは、“Well-being”という言葉が健康を意味する言葉でもあるからです。現在、ウェルビーイングブームが起きる前に、1949年に世界保健機関(WHO)が、WHO憲章の中で「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と定めました。英語の原文ではこの「すべてが満たされた状態」にWell-beingという単語が使われたことにより、「身体だけではなく、精神面・社会面も含めた新たな"健康"」がWell-beingであるという認識が広がったのです。

たしかに、ウェルビーイング経営が健康経営と混同されてもおかしくありません。しかし、そもそも健康経営とはどのようなものなのでしょうか。少しおさらいしてみましょう。

健康経営は、2010年代にブームが起こりました。健康経営が日本で注目された背景には、それまでの日本の労働史があります。日本では90年代から過労死や過労自殺が問題視され、2000年代後半には「ブラック企業」、「ホワイト企業」という言葉が流行しました。また2015年の大手広告代理店での過労自殺事件は社会問題にもなりました。その後、ストレスチェックの義務化や長時間残業の取り締まり強化が広く進んだことで、「健康で人間らしく働ける」職場が日本でも当たり前になってきました。

一方、別の観点では「健康保険組合の赤字財政」が背景にあげられます。労働人口の減少により保険料収入が減少する一方で、高齢化などにより保険組合が負担する医療費は上昇を続けています。このままでは健康保険組合の多くが破綻してしまう可能性が指摘されているのです。そこで、少しでも多くの人が健康を維持して病院にいかなくても済むように、健康保険組合を中心に企業での健康促進が行われました。

こうした背景をもとに広まったのが「健康経営」です。

「ウェルビーイング経営」は健康経営の延長線上にあるのか?

このように、健康経営はもともと「働き方改革」と「健康保険組合の負担を減らす」ために広まったものでした。最近では大学でも研究成果がまとめられ、健康と企業業績への影響にはある程度の相関関係があることがあることもわかってきました。従業員が健康であることは、企業の生産性を上げるためにも重要な取り組みなのです。

一方で、「ウェルビーイング経営」と「健康経営」はどう違うのでしょうか。結局のところ、ウェルビーイング経営は健康経営ということで良いのでしょうか?

前回解説したように、近年のウェルビーイングブームは、より精神的、心理学的な視点から注目を集めています。“Well-being”は単なる「健康」という言葉から、「持続的な幸福」や「一人ひとりにとって善い状態」と定義されるようになりました。マインドフルネスが近年ブームになったように、人々の意識が変わり、物質的豊かさよりも、精神的な豊かさへと価値観がシフトしてきているのです。もちろん、精神的な豊かさや誰もが「自分らしくいられること」の中には、健康であることも含まれます。つまり、ウェルビーイング経営は健康も含め、従業員ひとりひとりが「持続的に幸福であること」を実現することで企業の持続的な成長を実現する取り組みなのです。

ウェルビーイング経営は健康経営の延長線上として捉えられることもありますが、私はウェルビーイング経営と健康経営は全く性質が違うものだと考えています。健康経営は日本の労働環境の変化や、医療費の上昇など社会的な課題に対応する施策として生まれました。それに対し、ウェルビーイング経営は世界的な人々の価値観の変化に対応するものであり、規模感や背景が異なるのです。

「自分らしく幸せありたい」というニーズは、ミレニアル世代以降の世代にとってはは当たり前の価値観であり、こうした多様な価値観が新しい商品やサービスの誕生へとつながっています。つまりウェルビーイング経営は、単に従業員の生産性を上げるための取り組みなのではなく、対外的にも、これからの世代へアプローチしていく重要な経営戦略の一つであると言えるのです。

ウェルビーイング経営を健康経営と同じように捉えていては、その本質を理解できないだけでなく、時代の変化についていけなくなるかもしれません。

「ウェルビーイング」を浸透させる目的こそが鍵

つい私たちは流行っているものがあると、何となく知ったつもりになってしまうものです。企業の経営者や人事担当者も流行っているテーマに対して「うちもやらなくていいのだろうか」という気持ちが湧き上がってきます。
流行りにのることも重要ですが、何よりも、流行っている概念や取り組みが「なぜ流行っているのか」を考え、自社で取り組むかどうか、目的を考えるべきです。目的という観点から考えてみると、健康経営は日本の社会的要請への対応、従業員の生産性向上の取り組みであると理解できます。ウェルビーイング経営は、世界的な価値観の変化に企業として対応するとともに、従業員のエンゲージメントを高め、時代の価値観に合わせた新たな商品やサービスづくりなど事業戦略へとつなげていく取り組みだとわかります。

健康経営では、社内でヨガをやることや、スマートウォッチを配って従業員の健康管理を行う取り組みが流行りました。ウェルビーイング経営では、こうした取り組みだけでは不十分であることがお分かりになるでしょう。
従業員だけでなく、この時代を生きる人々のそれぞれの「持続的な幸福」のために、企業の組織能力や資源をつかって何をするべきか?こうしたことを考えていくことがウェルビーイング経営の取り組みなのではないでしょうか。

※ 健康経営®は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

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