ウェルビーイング(Well-being)は、測定可能な「PERMA」という5つの要素を含んでいることを説明しました。その中で、今回はP:ポジティブ感情を掘り下げていきます。そもそも、ポジティブであるとはどういうことでしょうか。ポジティブ感情を高めることがウェルビーイングにとって重要な要素の一つだとすれば、実際のウェルビーイング経営や人事の実務の現場ではどのように取り組めばよいのでしょうか。
職場のウェルビーイング(3)ポジティブ感情とWell-being【74】

ポジティブとは何か?

ウェルビーイングでは、PERMAと呼ばれる5つの測定可能な要素を高めることで、個々人の持続的な幸福を実現することが目的です。その5つの要素の中でも最初に出てくるのが「ポジティブ感情」です。PERMAの定義以前に、ポジティブ心理学の権威であるマーティン・セリグマン教授は、幸福理論の中で、幸せは「ポジティブ感情」、「エンゲージメント」、「意味・意義」の3つの要素からなると定義しています。つまりポジティブ感情は、幸福やウェルビーイングにとって重要な要素であることが伺い知れるのです。



ポジティブ感情は、まず自分自身で「感じるもの」で、例えば楽しみ、喚起、恍惚感、心地よさなどです。この要素を中心に一生を順調に過ごせる人生を「快の人生」とセリグマン教授は呼んでいます。

本シリーズの初回に解説したように、近年のウェルビーイングは、ポジティブ心理学によって定義されました。ポジティブ心理学が生まれた背景には、これまでの心理学の歴史があります。

ポジティブ心理学は、1998年にセリグマン教授がアメリカ心理学会会長に選ばれた際に初めて創設された、心理学でも新しい研究分野です。それまでの心理学は、どちらかと言うと「マイナスをプラスにする」「あるいはマイナスをゼロにする」研究が中心でした。例えば、「燃え尽き症候群(バーンアウト)」の研究や、「抑うつ状態への対処方法」などの分野が盛んに研究されてきました。

90年代以降の現代社会ではより人々の価値観の多様化が進み、こうした心理的なマイナス面の研究よりも「どうすれば人はもっと幸せでいられるのか」という研究が心理学での関心分野になりました。その結果、現在では例えばバーンアウトの裏返しとして、ワーク・エンゲージメント研究が生まれ、幸福感やポジティブ感情に関する研究が多く誕生したのです。

どうすればポジティブ感情は高められるのか?

ポジティブであることは幸福感において重要な要素であることは間違いありません。しかし厄介なのが、ポジティブ感情は「主観的なもの」であることです。ある人にとってポジティブな感情が、必ずしもほかの人にとってそうではない可能性がありえます。ポジティブ感情の中には幸福感や人生の満足度が含まれます。しかし、例えば達成感が幸せだと感じる人もいれば、達成するまでの道のりや達成への貢献に人生の満足感を感じる人もいます。そのため、ポジティブ感情は「自分はどれくらい幸せか」という主観的な自己判断でしか測定ができません。

このポジティブ感情を高める方法の一つに「感謝」があります。セリグマン教授もポジティブ心理学の授業で「感謝のエクササイズ」の解説をしています。感謝のエクササイズには、日々感謝することを3つ以上メモに書く「感謝メモ」の実践や、周囲の人に改めて感謝の気持ちを伝える「感謝の訪問」があります。

私自身もこの感謝のエクササイズを応用して、どのような良い影響があるのかを、ビジネスパーソン向けにトレーニングを実施しています。一般的に、感謝などによりポジティブ感情が喚起することで、抑うつ状態が軽減すると言われています。それを確かめるために、抑うつ状態の向上度合を測る指標として自己効力感テストを活用して実験を行いました。自己効力感は「できる」という感覚です。自己効力感テストでは、仕事で能力が発揮できるといった「自分はできる」という感覚を測ることができます。「できる」感覚の度合が16点満点のスコアとして測定でき、スコア0点に近いほど抑うつ状態の可能性があることがわかっています。

私が実施した実験では、対象者にまず実験前後に自己効力感テストを受けてもらい、次に2週間、毎日感謝することを紙に5つ以上書くことをやっていただきました。これまでビジネスパーソン20名以上の方に参加いただき、全体傾向として感謝のトレーニングが自己効力感を高める可能性があることを実験結果として得られました。

つまり、感謝は抑うつ状態を改善し、ポジティブ感情を高める可能性があるのです。企業の職場でも互いに感謝しあう取組みが行われていますが、個々人が日々物事に感謝することでよりポジティブな職場を作れる可能性があるでしょう。

ポジティブもネガティブも両方あることがWell-beingでは?

ポジティブ感情を高めることは、幸福感につながることは恐らく間違いないでしょう。私が行った「感謝実験」でも、2週間の感謝トレーニング実施後に実験参加者へインタビューを行ったところ「自分は活かされていると感じた」、「何気ないことが有難く感じられた」など、ポジティブな感情を実感していました。

他方で、ポジティブ感情だけを重視することが幸せであるかと言えば、私はそうは思いません。
企業の現場でのカウンセリングや人事面談、コーチングを通じて多くの方々と対話した中で、よくある相談が「自分に自信がない」というものです。こうした「自信のない」方にお話をお伺いしてみると、「自信を持たなければいけない」「常にポジティブでなければいけない」という言葉を聞くことがよくあります。
自信のない方々は、こうした「ポジティブでなければいけない」、「ネガティブな自分はダメだ」という固定観念で自分を縛り付けてしまっている人が多いように感じます。

一方で、さも自信がありそうな方にお話をお伺いしてみると、「自分は自信なんてない」と素直に吐露される方も多い印象です。しかし、自信がありそうに見える方は「自信がない自分でもいい」、「自分にはネガティブな部分もある」と、ありのままの自分を受け入れている様子なのです。

つまりポジティブ感情は幸福感において重要な要素ではありますが、「常にポジティブでいなければいけない」という固定観念は逆に幸福感を下げる可能性があるのです。

人にはそもそもネガティブな感情が少なからずあります。嫌なことがあれば嫌だと感じますし、何かうまくいかないことに対して憤りや怒りを感じることもあるでしょう。こうしたネガティブな感情を抑え込むのではなく、ネガティブな感情も受け入れて、ポジティブであっても、ネガティブであってもいい、私は私だ、と思える人が人間的にも豊かであると私は思います。

あなたも、怒りや憤りから新しいアイディアや行動が生まれることを経験したことがあるのではないでしょうか。ネガティブ感情を抑え込まず、感情の一つとして素直に表現できると、より人間らしく生きられるようになり、人生全般の幸福感も高まると私は考えています。


参考文献
『ポジティブ心理学の挑戦』 マーティン・セリグマン著 ディスカバリー出版刊

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