すべては個人を輝かせるために……。日立製作所「個を活かすPeople Analytics」の真意

第3回 HRテクノロジー大賞(2018年実施) 受賞企業インタビュー

第3回HRテクノロジー大賞において大賞を受賞したのは、日立製作所。取り組み内容は「社員の生産性意識と配置配属フィット感を調べ、そこに人事・行動データを掛け合わせて、AIによって分析する」「分析結果をもとに効果的な人事施策を実践する」というものだ。その取り組みは『個を活かすPeople Analytics』として、社員ひとりひとりを輝かせるために開発された技術だという。この取り組みを通じて日立製作所 システム&サービスビジネス統括本部が目指すところを、人事総務本部担当部長の本真樹氏およびピープルアナリティクスラボのエバンジェリスト、大和田順子氏にうかがった。

第3回HRテクノロジー大賞『大賞』

株式会社 日立製作所

「個を活かすPeople Analytics」個人の内面×人事・行動データ×最先端のAI・データ分析で個人個人を輝かす!

個人の「生産性」および「配置配属フィット感」の意識を測る心理尺度構成と、その尺度構成を用いたサーベイを大学の学術指導(*)を受け独自に開発。AIを用いて、サーベイで得た個人の意識とさまざまな人事・行動データを分析することで、一人ひとりの行動変革を促す課題や強みなどを抽出し、効果的かつ効率的な、より精度の高い人事施策の実行へとつなぐ取り組みが、高く評価されました。(*)筑波大学による学術指導

ゲスト

  • 本真樹 氏

    本真樹 氏

    株式会社日立製作所 システム&サービスビジネス統括本部
    人事総務本部担当本部長[金融BU,社会BU,直轄部門担当]
    兼 ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ長
    兼 コンプライアンス本部長

    1986年に株式会社日立製作所に入社し、大森ソフトウェア工場(当時)の総務部勤労課をはじめ、本社社長室秘書課、日立工場勤労部、電力・電機グループ勤労企画部、北海道支社業務企画部を経験。都市開発システム社いきいきまちづくり推進室長、株式会社 日立博愛ヒューマンサポート社社長、情報・通信システム社人事総務本部プラットフォーム部門担当本部長を経て、現在システム&サービスビジネス統括本部 人事総務本部 担当本部長。全国の起業家やNPOの代表が出場する「社会イノベーター公志園」(運営事務局:特定非営利活動法人 アイ・エス・エル)では、メンターとして出場者に寄り添い共に駆け抜ける "伴走者"も務めている。
  • 大和田順子 氏

    大和田順子 氏

    株式会社日立製作所 システム&サービスビジネス統括本部
    人事総務本部
    ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ
    ピープルアナリティクスラボ エバンジェリスト

    ロンドン大学MBA、筑波大学カウンセリング修士、ロジスティクス経営士。日本電信電話株式会社を経て、2001年リクルートグループへ。株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 執行役員、株式会社リクルートキャリア 執行役員、フェローを歴任する。2017年に株式会社日立製作所に入社。ピープルアナリティクスラボのエバンジェリストとして、ビッグデータアナリティクス技術と人事領域のナレッジを組み合わせ、イキイキと働ける社会の実現に向けて取り組んでいる。

2つのサーベイとAIによる分析から、個々の現状が浮かび上がる

── HRテクノロジー大賞の受賞、おめでとうございます。まずは「個を活かすPeople Analytics」という取り組みについてお聞かせください。

本真樹氏(以下、本) 手法としては「サーベイの結果とHR部門が保有するさまざまなデータをAIで掛け合わせて分析する」ということになるのですが、その結果はサーベイに回答してくれた個々人の成長に役立てられるべき、という想いが根底にあります。

モラルサーベイやモチベーションサーベイなどを実施し、社員の士気や満足度を確認されている企業は多いと思います。ですが、モラルやエンゲージメントのスコアが上がったにもかかわらず、例えば退職率は一向に改善されないという悩みを抱えている企業が実は多いのが現実です。これは、従来のサーベイは経営層や会社文化や体質に関する従業員サイドからのレーティングに留まっているので、組織や社員一人ひとりが抱えている問題の根幹になかなかリーチできていない、つまり“個”にフォーカスした取り組みにつながっていないからではないでしょうか。

大和田順子氏(以下、大和田) 生産性を測るためのインジケーターとして一般的に「売上高÷従業員数」は一つの指標にはなりますが、出てくる数字が正確に組織の生産性を表しているとは限りませんし、ましてや個々人の働きぶりまで落とし込んで評価することは難しいと思います。

 例えば利益率が10%以上で年間10億円の利益を上げている10人のチームは、単純に考えれば「1人あたり1億円を稼ぎ出す優秀なチーム」といえるでしょう。ですが、実態は1人のスーパーエースが9億円を稼ぎ、残りの9人は束になってようやく1億円を捻り出している、ということもあり得ます。その9人が皆、スーパーエースを目指して高い意識で、意欲的に仕事に臨んでくれているのなら何ら問題はありません。しかしながら、もし、いつも周囲からスーパーエースと比較されて窮屈さを味わっているとか、逆にスーパーエース自身が「チームとして評価されるから、成果の割には、自分は査定で割を食っている」などと不満を抱えているようだと、“そのチームは崩壊の潜在リスクがある”とも考えられます。こうしたことは、従来型の全社サーベイや財務諸表・管理会計だけでは分からないことだと思います。

大和田 例えば、優秀なアシスタントがいるチームは、売り上げもいいと経験上分かっていても、そのアシスタントがどれだけ売り上げに貢献したかを計算するのはかなり困難です。管理会計で工夫して算出することも不可能ではありませんが、どうしても数字の遊びになってしまいがちです。
── より個人にスポットを当てたサーベイや分析の手法が必要であり、それを個々の社員に対するアドバイスや具体的な人事施策に生かす“個別最適化”が求められる、ということですね。実際にはどのようなことを調査・分析しているのでしょうか。

大和田 ホワイトカラーの生産性の意識を探る『生産性サーベイ』と、配置配属に対するフィット感を調査する『配置配属サーベイ』の2つがあります。

筑波大学の学術指導のもと、生産性の高い社員の行動を分析したところ「挑戦意欲が高いか」「時間を上手に使えているか」「自分の体調管理を心がけているか」……といった要素が個人の生産性を決める重要な因子だと分かりました。そこで、挑戦意欲など“創造性”に関する2因子、時間の使い方など“効率性”に関わる3因子、そして“心身の調整”という1因子、計6つの因子を抽出したのです。また個人の集合体である組織としての生産性を測るため、“働き方許容性”や“目標明確性”など、組織に関する5つの因子も抽出しました。この11個の因子をもとにした33の設問によって、社員一人ひとりの生産性の意識を図るのが『生産性サーベイ』です。

一方、『配置配属サーベイ』では、“組織貢献意識度”や“相互刺激感知度”など個人が持つ6因子と、どういう組織ならフィット感が高まるかを図る組織関連の5因子、やはり計11の因子を抽出し、調査しています。

1因子あたり3問、合計33問の質問に回答してもらうことで、各個人が、高い生産性につながる意識を持てているか、配置配属にフィット感を持てているかなどを明らかにするのですが、さらに、勤怠や出張記録、パソコンの使用ログなど、人事・行動データを掛け合わせ、AIによって総合的に分析するのが、今回の取り組みの大きなポイントです。

 個人の生産性意識や配置配属に対するフィット度と、実際の行動を掛け合わせることで、本当にいろいろなことが分かってきます。これを人力によって解析するにはかなり無理がありますね。AIなら、われわれ人間が気づかないところ、見落としてしまうような部分にまで気づいてくれます。正に「データはすべてを語る」ということを実感しています。

── 2つのサーベイと総合的な分析によって、具体的にはどのようなことが分かるのでしょうか。

 6因子のスコアを六角形のレーダチャートで示した場合、職位が上がるに連れてスコアも均等に上がって同心円のように見える組織もあれば、特定の因子だけが上がるなど凸凹になる場合もあります。これは、すでに収益や仕事のルーティンが安定している「守り」の仕事なのか、新規事業などの「攻め」の仕事なのか、組織・チームの実情によっても異なるのですが、組織の状態が一目で読み取れますね。また、総じて言えるのは、ローテーションで複数の職場を経験している人の方が、スコアは高い傾向にあることも確認することができました。

大和田 あるお客さまでは、ハイパフォーマーは創造性と効率性のスコアが高い半面、心身調整度が低いという結果が出た組織がありました。これは、無理をして業績を上げている傾向になるということです。またその組織では、ハイパフォーマーほど組織に対する不満が大きいという傾向も見られました。優秀な人だから大きなプロジェクトを任され、結果を残し、上司も「彼は放っておいても大丈夫」と考えがちなのですが、実は「上司が見てくれていない」「きちんと話をする場がない」と嘆いていることが読み取れました。どれほど優秀な人でも、やはり適切なフィードバックを欲しているものなのです。

分析結果をもとに、より精度の高い人事対策を打ち出す

――そうした分析結果が「個を活かす」ためのアドバイスや施策につながっていくわけですね。

大和田 分析結果は、各個人用のアドバイスシートとしてフィードバックし、何が自分の長所なのか、足りない部分が何なのかを認識し、成長につなげてもらうようにしています。また、マネージャーには部下のデータと自分の組織全体の分析結果が渡されますから、それらを日々のマネジメントに役立ててもらいます。「役割理解度が低いから仕事が浅くなる」など、生産性に対する考え方のフレームワーク、共通言語、考える軸として分析結果を使ってもらうことで、上司と部下間のコミュニケーションは円滑になり、具体的な改善策が見つけやすくなると思います。

 大切なのはフィードバックです。部下の意識や状況を理解したうえで丁寧に接することで、コミュニケーションの質は上がり、各個人のモチベーションやパフォーマンスも上がっていくはずです。またメーカーである弊社には理系出身者が多いため、データや数字をもとにした説明が説得力を持つ、という側面もあります。意識、行動、経験など、言葉では定義し辛かったことを数字とデータで示し、「こういう数字の裏付けがある人は成功していますよ」と説明すると納得してもらいやすいのです。

大和田 若い人ほど「自分を理解してほしい」という気持ちが強いように思います。分析結果をもとに、一人ひとりに最適化したアドバイスをすることで、「会社はちゃんと私を見てくれている」という満足感が生まれ、モチベーションは高まり、定着率も高めることにつながっていくと考えています。

── 各個人に対してだけでなく、組織やチーム全体の生産性に対しても有効なアプローチを取れそうですね。

 生産性の高いグループと低いグループの行動の違いを、AIの活用で見つけられるようになりました。例えば、ある組織では金曜に残業をしている人たちは、総じて生産性が低いという結果が出ました。理由は不明です。もしかすると、マネージャーの段取りが下手で週末に仕事のシワ寄せがきているとか、週末の金曜の日中に細切れの会議が入っているとかが想像されます。また、金曜に残業をせず生産性が高いという人も、よくよく調べると、「開発用マシンを占有できるのは土日だけ。せめて金曜は早く帰ろう」と考えて、残業を減らす代わりに休日出勤は増加、その結果として生産性を上げているだけなのかもしれません。理由は詳細調査が必要ですが、分析結果としてデータ上ではそう出ているのです。

ただ、これまでのような「総労働時間を何%減らしましょう」「月の残業は何時間までに抑えましょう」といった抽象的な呼びかけではなく、分析結果をベースに具体的な対策を打てるようになったことは確かです。もし、毎週月曜の朝に大きな定例会議があって、そこに提出するデータの取りまとめや資料作りのため金曜は残業せざるを得ない、ということであれば「じゃあ月曜の朝の会議を止めよう」と具体的な提案ができるわけです。

大和田 あるお客さまからは「社員の教育やモチベーションの維持は順調だ」と信じていたのに、突然離職率が高まった、というご相談がありました。『配置配属サーベイ』の分析結果を人事部門が把握し、「順調といっているけれどスコアはこんなに悪いよ」などと現場とのコミュニケーションが取れるようになれば、バイネームでフォローするなど個人に寄り添った対策により離職を抑えられると考えています。
── この取り組みの精度や効果を高めていくための、今後の課題は何でしょうか。

 自社だけでなくさまざまな業種・事業形態でどのような分析結果が出るのか、お客さまとも協創しながらこの取り組みを進めたいと考えてリリースし、実際の提供もスタートさせていただいています。もちろん、弊社内で成果・実績を上げていくことも大切で、現在、分析結果に対する各種具体的な対策を講じて、その効果を測定しているところです。データが増えれば増えるほど、よりクリアな施策を取れるようになるでしょう。

ただ、たくさんデータがあればいいというわけでもありません。何を調べるのか、そのためにはどんな質問を設定すればいいのか、分析結果から誰に対して何をフィードバックし、何を期待するのか……。そうしたことを考え、実行するためには、現場を知っているHR部門の能力が高くないといけません。膨大なデータを読み解く力も必要です。

しかし、そうした知識や能力を持つ人材の確保が難しい時代です。幹部社員と若い社員とではデジタルリテラシーがまるで異なるように、ITの進歩は目まぐるしく、これまで以上のスピードで各個人が成長していくことが求められています。

だからこそ、“個”にフォーカスしたアプローチが必要なのです。刻一刻と変化するビジネス状況の中で、人事施策にも高いフレキシビリティが要求されるようになります。だからこそ、社員個人、マネージャー、人事が共通の認識を持てれば、それをもとに、個人に対してもチームに対してもより精度の高い対策を取れるようになるはずです。そのための共通言語、現状を可視化するツール、意味のあるデータを集めて活用するためのプラットフォームが、この『個を活かすPeople Analytics』だといえるでしょう。逆に、こうしたことに取り組んでいない企業は、今後、人の流出が止まらなくなるのではないかと考えています。

取材を終えて

採用難、既存従業員の負担増とモチベーション低下、離職率上昇、生産効率の落ち込み、企業としての魅力・体力減衰、ますますの採用難……。そんな負のスパイラルは、社員をマス(集団)で捉えていては簡単には打開できない。考えてみれば「あの人には何が必要か」と分析し、個別に最適なアプローチやアドバイスを実践し、貴重な人材に大いに活躍してもらうのが人事の基本だ。日立製作所の「個を活かすPeople Analytics」は、AIを活用することにより、その“人事の基本=個人重視の施策”の効果を最大化しようとするものだといえる。この取り組みの根底にある「すべては個人のために」という思想が全企業に浸透し、すべての人が生き生きと働ける社会が訪れることを期待したいものである。

日立人財データ分析ソリューションの概要
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著者プロフィール

HRプロ編集部

採用、教育・研修、労務、人事戦略などにおける人事トレンドを発信中。押さえておきたい基本知識から、最新ニュース、対談・インタビューやお役立ち情報・セミナーレポートまで、HRプロならではの視点と情報量でお届けします。

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