人にものを頼むのは、何かと気を遣うものです。ましてやコロナを契機に各社でリモートワーク率が高まった中で、オフィスで同じ空間にいればその場の状況も見ながら声掛けできたものが、オンラインでは相手の状況は見えません。上司の皆さんにとって、社長や上役に対してのみならず、部下に対して何かを頼む上でもコロナ前以上に気兼ねし、腰が重くなるものでしょう。

しかし、できる社長や社長になる経営幹部の皆さんはみな等しく“頼み上手”で、気軽にサクサク頼みごとをしているように見えます。「頼みづらい…」と困っている人とは何が違うのでしょうか。今回は、人にものを頼む際に感じる気まずさや気持ちの重たさを取り除く方法を考えてみましょう。
第45回:“頼みづらい時代”に上司が部下に「遠慮なく物事を頼めるようになる」考え方と具体的アクション

気まずい気持ち…実は脳が“実際の痛み”として感じている?

私たちは誰かに頼みごとをする際に、なぜ苦痛を感じるのか。これについて、その精神的なストレスから脳が現実に痛みを感じるからだという研究があるのをご存知でしょうか。

比較的新しい科学分野である心理神経学や社会神経学においては、他者との関わりから生じる不快感について、脳が筋肉のけいれんやつま先をぶつけたときの痛みを処理するのと同じような方法で処理していることが明らかになっているそうなのです。

神経科学者とビジネスリーダーを一堂に集めた世界的イニシアチブ「ニューロリーダーシップ・サミット」の創設者であり、脳科学研究者のデイビッド・ロックは、私たちの脳が物理的な痛みと同じような反応を感じ、作業記憶の低下や集中力の低下をもたらす「社会的脅威の5つのタイプ」があることを発表しています。

1.「ステータスへの脅威」から生じる痛み
他者と比較した自らの価値や重要性の認識が脅かされる、貶められることで感じる痛みです。人は他者に何かを頼むときに、無意識的に自分のステータスが下がるのではないかと感じがちです。

2.「確実性への脅威」から生じる痛み
人間には「未来を予測したい」という生まれ持った欲求があります。先が見通しにくい、あるいは何か不測の事態が起きるのではないかといことについて感じる痛みです。他者に何かを頼む際、それを受けてくれるかどうか分からないと思うことは多いでしょう。

3.「自律性への脅威」から生じる痛み
人は自分で物事を選択し行動しているという感覚がありますが、これが侵されることで感じる痛みです。ものを頼んだ際に、相手の反応を受け入れざるを得ないということがその人の自律性を脅かします。

4.「関係性への脅威」から生じる痛み
ここでいう関係性とは集団への帰属意識や他者とのつながりのことを指し、これが脅かされることで感じる痛みです。もし依頼したことについてNOと言われると、そのことで依頼した人は疎外感を感じがちです。

5.「公平性への脅威」から生じる痛み
私たちは公平に扱われることに対して非常に敏感で、これが損なわれることで感じる痛みです。依頼にNOと言われたときに、相手との関係に公平性を感じることはなかなかできません。


どうでしょう。私たちが何かを他者に頼もうとすると、これだけの脅威を感じ、痛みを感じるのです。これでは、「そんな(痛い)思いをするくらいなら、依頼するのはやめておこう」と常に思ってしまっても仕方がないとも言えますよね。

人は思っているよりも“全然”頼みごとを受けてくれる

これだけの苦痛を感じざるを得ないなら、やはり私たちはむやみに人に何かを依頼、相談すべきではないのでしょうか?

上述の通り、誰かに何かを頼む際に感じる苦痛の大きさは、その要求がどれくらいの割合で拒絶されるかという予測によって変化します。実は私たちは、この予測がとてつもなく下手なのです。

コーネル大学の組織行動学教授であるバネッサ・ボーンズは、「なぜ人が誰かに直接的に頼み事をするときに、相手がそれを受け入れてくれる確率を実際よりも大幅に低く見積もるのか」について研究しました。その研究結果の例を、いくつか以下に紹介します。

●コロンビア大学の学部生に、キャンパス内の見知らぬ人に10分ほどかかるアンケート調査を依頼してもらう実験にて。事前に被験者に「5人に記入してもらうまでに何人に声をかける必要があると思うか」を尋ねたところ、回答の平均は20人だった。しかし実際には平均10人で済んだ。

●被験者がキャンパス内で、見知らぬ学生にiPad上に表示される雑学クイズに答えてもらうゲームをし、一定時間内でどれくらい回答してもらえるかという実験。被験者の事前の予想では平均25問だったが、実際は49問だった。相手のクイズ正解数、クイズを解くための時間のいずれも少なく見積もっていた。

●募金ボランティアたちに、所定の募金目標額を達成するために「何人に連絡を取る必要があるか」および「一人あたりの平均寄付額」の予想を尋ねたところ、平均210人、平均寄付額は48.33ドルだった。しかし実際の結果は平均122人で、平均寄付額は63.8ドルだった。


ボーンズは、延べ1万4000人以上の被験者が見知らぬ人に様々な頼みごとをした研究を分析し、被験者が成功率を平均48%も低く見積もっていたことを明らかにしました。私たちが思っているよりも約2倍、人は頼みごとを受けてくれるということなのです。

頼まれた側に立ってみれば気がつくことも多々あります。私たちは誰かに何かを頼まれると、その人をよほど嫌いでない限り、「期待に応えよう」、「イエスと言わなければ」というプレッシャーを感じます。特に面と向かって頼まれると、簡単には断れないですよね。

『影響力の武器』で有名なロバート・チャルディーニが実験で明らかにした説得テクニックに、「ドア・イン・ザ・フェース」と「フット・イン・ザ・ドア」がありますが、これも頼まれた側が断りにくくなる心理を説明しています。

「ドア・イン・ザ・フェース」は、先に大きな頼みごとをして断られた後に、それよりも小さな頼みごとをすると相手が受け入れてしまうという心理です。これが説明していることは、人は一度断ったからといって二度目にも断る訳ではなく、逆に一度目に断った申し訳ない心理が働き、特にこのテクニックのポイントであるより小さな、控えめな要求には応えてしまうということなのです。

「フット・イン・ザ・ドア」は、逆に一度何かに応えたことがあると、その一貫性を保とうという心理から二度目、三度目も依頼を受けてしまう心理を狙ったテクニックです。SaaS型サービスなどで、まずは無料でお試し、そこからライトプランのユーザーへ、さらに上位プランへとアップセルをかけていくのが効果的なのは、この心理を使ったセールステクニック、ビジネスモデルです。

少しずるくも見えるような、頼まれた側の心理を踏まえたテクニックを紹介しましたが、純粋に人は、頼まれたことに応えて相手に喜ばれることで大きな喜びを感じます。また、人は自分が助けた人を好きになる(これも一貫性を保とうという人間心理が働く結果でもありますが)のです。

このように、実際に人に何かを頼んでみると、相手は思っていた以上に受け入れてくれるし、快く助けてくれるものなのです。案ずるより産むが易しということで、まずは気軽にお願いしてみましょう。
「人は頼み事に応じることで、依頼者に好意を持つようになる」。経営幹部、上司のみなさんとしては、この心理を使わない手はないですよね。この人間心理を知ったからには、頼み上手なボスとなり、相手からの「助け」と「好意」の一石二鳥を得る“上手い(ズルい)”経営幹部を目指してみてはいかがでしょうか。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!