労働基準法に違反したブラック企業やその会社で働く従業員の過労死、過労自殺などがメディアで取り上げられることは少なくない。こうした社会問題を踏まえ、公的機関として労働に関する法規に基づいて企業を指導・監督しているのが、「労働基準監督署」だ。企業の人事担当者にとって関わりがありえる機関だけにその役割や使命、業務内容をしっかりと理解しておかないといけない。そこで、今回は労働基準局との違いなども含めて、「労働基準監督署」の概要を解説していきたい。
「労働基準監督署」の役割や受け付けている相談内容とは? 労働基準局との違いも解説

「労働基準監督署」とは

まず最初に、「労働基準監督署」とはどのような機関であるのか説明しよう。

●「労働基準監督署」とは

「労働基準監督署」とは、厚生労働省の出先機関として労働基準法や労働安全衛生法などの労働法規に準拠して、事業所の監督や労働者の保護に関する業務を行っている。具体的に担っている業務としては、「労働契約など労働条件に関わる事項」「事業場の監督と労働者の保護」「労働衛生に関する業務」「労働災害保険の給付」「家内労働者の福祉増進」など。一般的には、労基署や労基、監督署などと略して呼ばれることが多い。

●「労働基準監督署」の基本的使命

憲法第27条第2項では、「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」と規定している。これに基づいて、労働基準法や労働安全衛生法、最低賃金法などの労働法規が制定されている。国としては、それらの法令の実効性を担保するために企業が法令を遵守しているかを監督したり、万が一守られていない場合には必要な指導・指示をしたりする必要がある。その使命を国に代わって担っているのが、「労働基準監督署」となる。

●「労働基準監督署」の組織や職員構成

都道府県には労働局が設置されており、監督計画を毎年作成するとともに重点課題や問題を示している。その労働局が担当する事務の一部を任されている組織が「労働基準監督署」である(設置法22条)。

「労働基準監督署」は、基本的には監督課(労働基準法などの関係法令に関する各種届出の受付や相談対応、監督・指導を担当)や安全衛生課(機械や設備の設置に関する届出の審査や職場の安全、健康の確保に向けた技術的指導を担当)、労災課(仕事上での負傷に対する労災保険の給付を担当)、業務課(会計処理を担当)などの部署から構成される。

また、職員は労働基準監督官(会社の監督、法令違反の強制調査、送検を担う)や労働技官(事業場の災害調査、ボイラー検査を担う)、労働事務官(一般事務、会計・経理事務を担う)などに分かれている。これを3官制度という。

「労働基準監督署」の役割や業務

次に、「労働基準監督署」の役割と業務について説明しよう。

●企業の労働に関連する取り締まりや監督

企業が従業員を雇用していく上で遵守すべき労働法規がいくつかある。具体的には、「労働契約法」「労働組合法」「労働安全衛生法」「最低賃金法」などだ。しかし、実際にはこうした労働法規を遵守しない企業もある。それらの企業の工場や事務所などに立ち入り調査を実施し、取り締まりや監督を行うのが、「労働基準監督署」の大きな役割だ。

●労働者からの申告受付

企業と労働者の関係は、本来ならば対等でなければいけない。しかし、実態としては労働者よりも企業が強いケースが多いこともある。そのため、立場の弱い労働者が不当な扱いを受けてしまう。しかも、こうした行為に対して労働者が声を上げられるかと言えば、それは難しい。泣き寝入りを余儀なくされがちだ。そうならないためにも、「労働基準監督署」が労働者から労働基準法などに違反している旨の申告を受け付ける窓口として機能している。

●司法警察事務

企業に対して幾度となく指導を入れているにも関わらず、一切改善を講じないばかりか、違反を繰り返している場合には、労働基準法などへの違反事件として検察庁に送検することができる。その結果として、対象企業に取調等の任意調査や捜索・差し押さえ、逮捕などの強制調査が行える。つまり、司法警察とも言える権限を持つわけだ。

●保有している権限とは

「労働基準監督署」が保有する権限は、労働基準法違反に関するものに限定されている。なので、企業に対しては労働基準法に従うよう是正勧告したり、労働法規違反をした場合には捜査権や逮捕権を行使したりすることができる。ただし、民事的な損害賠償請求や労働法規以外に関わる捜査や逮捕などは、権限に含まれていない。

●労働基準局と何が違うのか

労働基準局は「労働基準監督署」や都道府県労働局の上位組織として、これらの窓口を管理監督する機関だ。厚生労働省の一組織であり、具体的には最低賃金法や労働基準法などの解釈や運用に関する通達などの業務を担っている。労働法規違反に関する権限に限定されている「労働基準監督署」とは、担う範囲が大きく異なっていると言える。

「労働基準監督署」が受け付けている相談内容

ここでは、実際に「労働基準監督署」がどんな相談を受け付けているのかを見ていこう。

●労働災害の認定

労働災害とは、労働者が業務の遂行中、または通勤時間中に巻き込まれる事件や事故を言う。その場合、労働者は「労働基準監督署」に労災を申請することができる。申請にあたっては、「自分が遭遇した事件・事故が労働災害に当てはまるのか判断しがたい」「労災保険をどう申請したら良いかわからない」「労災保険が決定されたが不服を申し立てたい」などといったケースもありえるかもしれない。その際に、「労働基準監督署」は良き相談相手になってくれる。

●賃金・残業代の未払い

賃金は毎月一回以上、給与の全額を通貨で直接支払うことが法規で定められている。それにも関わらず、勤務先が賃金や残業代を適切に支払ってくれない場合、労働者は「労働基準監督署」に相談することができる。組織全体に関わる大規模な未払い事件であると認められると、企業に対して「行政指導で是正を促す」「是正されない場合、刑事事件として立件する」といった手段が講じられることがある。

●不当解雇

不当解雇とは、解雇理由に客観性や合理性が欠ける、解雇方法が社会通念に照らして相応しくないなどに当てはまる解雇を言う。こうしたトラブルが何の予告もなく生じた際に、「労働基準監督署」は、労働者の相談に応じてくれる。ただし、不当解雇の有効性がどうかを判断する権限は持っていない。

●ハラスメント

「労働基準監督署」では、労働基準法に反するハラスメントに関して相談できる。ただ、パワハラに対する相談には応えていない。ただ、署内にある総合労働相談コーナーでは職場におけるトラブルの相談に応じており、解決方法を提示したり、労働局長による助言や指導を得たり、紛争調整委員会によるあっせん制度を案内してくれたりする場合もありえる。

●36協定を締結しないでの時間外労働

36(サブロク)協定を締結せずに一日8時間・週40時間以上も労働させることは労働基準法違反となる。その場合、事業者は「労働基準監督署」に届け出て、残業をさせる業務の内容や一日当たりの上限時間も決めておかないといけない。こうした36協定を含めた労使協定は必ずすべての従業員に書面で交付したり、アクセスが可能な社内ネットワークなどで周知したりすることが義務付けられている。

●休憩や有給休暇の妨害

労働基準法では、労働時間に応じて必ず取らなければいけない休憩時間を決めている。また、有休休暇は理由が何であれ従業員が希望するのであれば取得でき、会社としてもよほどの事情がない限り拒否できないことになっている。それにも関わらず、会社から休憩や有給休暇の取得が妨害・制限されるようなことがあった場合には「労働基準監督署」に相談できる可能性がある。

●退職の妨害

誰であっても、憲法で職業選択の自由が保障されている。当然ながら、退職も自由にできる。もし、会社に対して退職の意思を正式に伝えたにも関わらず、何も手続きを進めてくれない、退職を拒まれているなどのケースがあれば、「労働基準監督署」に相談を持ち掛けることができる。

●労災保険の受給拒否

従業員を雇用する場合には、労災保険への加入が義務付けられている。これによって、労働者は業務中、あるいは通勤中に何らかの災害や事故に遭遇しても労災保険を受給することが可能となる。この労災保険の請求は、基本的には会社を通じて行うこととなるが、会社が協力してくれない場合には「労働基準監督署」が相談に応じてくれる。

あまり意味がない「労働基準監督署」への相談内容

最後に、「労働基準監督署」では相談に応じられない事柄についても触れておこう。

●不当ではない解雇

「労働基準監督署」が相談に乗れるのは、企業が明らかに労働基準法に反する行為をしている場合である。そのため、「経歴詐称を理由に解雇を言い渡された」「スキル不足を理由に解雇となった」などのケースでは、相談に応じてくれない。また、「労働基準監督署」は企業との仲介も行っていない。

●リストラ

リストラとは、企業が業績の悪化や不採算に伴い余剰と思われる人員を整理して、対象となる部門全体ないし業務の再構築を行うことを指す。これは、労働基準法という観点から見ると違法性は認められない。そのため、「労働基準監督署」が相談を受け付けることは難しいと言える。

●異動や配置転換

急な異動や本人の希望に反する配置転換などの労使トラブルは珍しくない。しかし、これに関しても明らかに労働基準法の観点から違法性が認められるケースでなければ、「労働基準監督署」が相談に応じることはないだろう。ましてや、第三者として企業と労働者を仲介してくれることもない。

●懲戒処分

懲戒処分に関しても「労働基準監督署」が相談に応じることはまずないと考えた方が良い。なぜなら、懲戒処分は労働基準法に準拠しているわけではなく、あくまでも就業規則に則って行われるからだ。

●パワハラ

近年ますます深刻化するパワハラ(パワーハラスメント)についても、「労働基準監督署」が相談に乗ることはない。なぜなら、労働基準法にはパワハラに該当する条項がないからである。この場合は、労働局に相談することが適切と言える。

●育児休業や介護休暇

育児休業や介護休暇に関する相談も「労働基準監督署」ではなく、労働局にすべきである。それらに関する記載が、労働基準法にはないからだ。

まとめ

本記事では、「労働基準監督署」の基本的使命や役割、受け付けている相談内容などを紹介してきた。厚生労働省東京労働局の「東京都内の労働基準監督署における令和4年の定期監督等の実施結果」によれば、定期監督等の実施事業場数15,160のうち、11,050事業場(全体の72.9%)で労働基準関係法令違反があったという。知らなかったでは済まされず、何かあってからでは遅い。人事やマネジメント層も法令遵守に向けて、「労働基準監督署」の役割や相談内容などは今一度ぜひインプットしていただきたい。
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