「電博」と言えば、広告業界の二大巨頭だ。働く人材にはおしゃれでクリエイティブなイメージがある。学生の就職先としての人気も高い。しかし、よくよく考えてみれば、広告代理店が扱ってきたマスメディアは衰退ぎみだ。テレビ視聴率も、新聞購読者数も減少し続けている。
第31回 博報堂大学の「キャリア自律を促進する」
マス広告を扱えばそれで万事オーケーという時代は終わっている。とすれば広告代理店の役割も、必要な人材像も変わってくるのは当然だ。そして人材育成も旧来型の職場だけで育てる方法が通じなくなる。

 こういう変化は広告代理店だけでなく、あらゆる企業と職場で起こっているはずだ。この問題に企画のプロフェッショナルである博報堂が出したソリューションが「博報堂大学」(正式名称:HAKUHODO UNIV.)だ。どのような内容なのか? 赤坂Bizタワーの博報堂本社を訪ね、中馬淳・人材開発戦略室室長にカリキュラムや目的を聞いた。

――広告代理店は製造業、流通業、小売業と異なり、モノを扱わず情報を流通させる業種です。そしてその情報に革命が起きています。広告代理店の役割の変化について教えてください。

広告代理店は、もともと媒体社の代理として広告を集めるところから始まっている。そして時代を経るにつれ、広告主の代理という色彩も強まってきた。そして今日では広告主の広告制作だけでなく、マーケティング戦略の策定や実行という業務にも拡大している。

役割は変化し続けるが、業務にアイデアや発想が求められることは変わらない。多様な発想を重視するので、多様な人材を育成してきた。私は27年前に博報堂に入社したが、その頃から「粒ぞろいより粒違い」という言葉を使っていた。一律に育成するのではなく、個性を重視して育成するのが博報堂の人材育成だ。

――人材育成の専門機関として「博報堂大学」を2005年4月1日に開校されておられます。その背景を教えてください。

博報堂は以前から人材育成に熱心に取り組み、多様な研修制度があった。05年に開校した背景は、人事から独立した社内教育機関を立ち上げることで、一貫した人材育成のシステムを作ろうと考えたからだ。現会長の成田純治が03年に社長に就任し、この方針を打ち出し、05年の開校につながった。

 その背景には、画一的なビジネスモデルが通用しない時代になったことがある。かつての社員は一本道のキャリアパスを歩けば済んだかもしれないが、現在は違う。キャリアは変化し、キャリア自律が求められている。そこで若手人材はもちろん、すべての社員を育成するために「博報堂大学」を設立した。

 ただすべてのキャリア設計を「博報堂大学」が受け持つのではない。たとえば博報堂には新卒入社時から8年間に2回異動させる「多段階キャリア選択制度」があるが、それは人事局と「博報堂大学」を所管する人材開発戦略室が協働して行っている。

「生活者発想」と「パートナー主義」

――「博報堂大学」の具体的な中身について教えてください。

基本的な構造は、入社後7年目までの「構想ベーシックス」があり、次に「ビジネス構想プログラム」という階層が乗り、さらにその上に「イノベーション構想育成プログラム」があるという3層構造だ。この基本プログラムに加えて、外部講師を招請して話を聞く課外授業のような「構想サロン」というプログラムもある。

 ただし、必修にしているプログラムは入社5年までだ。その後の研修はほとんどが手挙げ型研修になる。例外はデジタルプログラムとグローバルプログラムであり、この2つは指名制も多くなる。

 1年目からの研修を順番に説明しよう。博報堂の新入社員は毎年100名ほどだが、全員が連休明けまでの新入社員研修を受ける。その後は職種別に分かれて研修を受ける。トータルで2~3カ月の研修を受けた後に職場に配属される。1年目の11月と3月には振り返り研修が行われる。

 2年目からが「構想ベーシックス」に入り、2年目社員はアイデアを出す研修を受ける。3年目はコピーライティングとメディアを学ぶ研修を受け、4年目はビジネスデザインを学ぶ。そして5年目にはエンゲージメントリング(ER)研修を受ける。ERは博報堂のプランニングメソッドを指している。これで必修の研修は終わる。

 これらの研修は、博報堂社員として必要な基礎知識を学ぶと同時に、博報堂Wayを身につけることが目的だ。博報堂には「生活者発想」と「パートナー主義」という2つのフィロソフィーがある。フィロソフィーや企業理念はお題目になりがちともいわれるが、博報堂では社員に深く浸透している。

――どのような研修なのでしょうか?

コピーライティング教室を例にとって説明しよう。この研修はモノの見方を学ぶという目的で、コピーライティングの専門家を講師にして、4回コースで実施する。

座学で聴くだけでなく、実際にコピーを作る。1回の研修後に次週までの宿題が出る。あるテーマについて30本なり、50本なりのコピーを作るという宿題だ。それをプロが次回の研修までの1週間で審査、添削する。受講者にとってはかなりきつい宿題だ。

受講するのは、クリエーターだけでなく、営業職も本社スタッフ職も含めて全員だ。なので、下手なコピーを作れない、という意味でいちばん強いストレスにさらされるのは、クリエーティブ部門に配属されている社員かもしれない。このコピーライティング教室の効果は大きい。1回目と4回目ではコピーのレベルがまったく違ってくる。

――「構想ベーシックス」と若手人材の職位は連動しているのでしょうか?

博報堂では入社後7年間をアソシエイトロールという育成期間として位置づけている。それに対応するのが「構想ベーシックス」だ。そこから先は、スーパーバイザー、プロフェッショナルと職位を上げていくことになる。

 「博報堂大学」の目的の1つは、プロフェッショナルを目指す社員を支援することにある。そのために「構想ベーシックス」の必修プログラムが終了した後に「ソリューションNOW」という研修を用意している。2週間で数十コマの研修があり、手挙げ型で参加者を募集する。

 部署長や部門長などの管理職はプロフェッショナルから任用される。ただし博報堂では、管理職がプロフェッショナルの上位の職階と位置づけられているわけではない。

自分自身の過去を振り返る

――「博報堂大学」で開始されたキャリアデザインプログラムの内容を教えてください。

10年度に開始した自律型キャリア開発プログラムで、対象年齢は32歳、42歳、54歳だ。Career Designの頭文字を取って、CD30's、CD40's、CD50'sと呼んでいる。全員参加型の講演会と公募型のワークショップから成っている。自律型キャリアといってもCD50'sはエンディングに向けた準備というニュアンスが強く、主体はCD30's、CD40'sだ。

 このようなプログラムを設けた理由は、日頃の多忙な業務の中で自分のキャリアについてじっくり考える暇がないからだ。こうした場を節目に作ることで、自分自身の過去を振り返り、将来やりたいことを見つめ直し、同時に会社の未来を考えつつ、これからの自分を考えていく機会を提供する。

 ワークショップは2日間の泊まり込みで実施しており、参加者全員が腹を割って互いのキャリアを話し合う。また専用のレゴブロックで立体を作る研修も取り入れている。

 レゴブロックを取り入れたときは、その効果について半信半疑だった。しかし実際にやってみると効果は大きい。たとえば「博報堂大学をカタチにしなさい」というテーマを与えられて、無心に手を動かして立体物を作ると、そのプロトタイプに無意識に込めていた意味に気づくことがある。商品開発でもまず何かしらのプロトタイプを作ってコンセプトを固めていく手法があるが、それに似ている。

 10年、11年と年に数回のキャリアデザインプログラムを実行して、手応えを感じている。これからさらにプログラムを進化させていく。
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