近年、仕事上の不安や悩みから、メンタル不調に陥るビジネスパーソンが増大傾向にある。特に、コロナ禍によりリモートワークが定着して以来、ますます問題視されている。いかにメンタルヘルス対策を施していくか。企業の人事担当者やマネジメント層にとって、大きな課題となっている。その有効な施策として注目されているのが、「ラインケア」だ。これは、職場の上司などの管理監督者が部下である従業員のメンタルヘルスケアを実施することを指す。今回はこの「ラインケア」の意味やもたらすメリット、事例を詳細に解説していきたい。
管理職が取り組むメンタルヘルス対策「ラインケア」とは? 研修に活かせる事例や厚生労働省が示すセルフケアなども解説

知らないでは済まされない「ラインケア」や厚生労働省が掲げるセルフケアの意味とは

ここでは「ラインケア」の定義や重要性のほか、厚生労働省が掲げるセルフケアの意味についても説明しよう。

「ラインケア」とは、企業で部長や課長、マネージャーなどの地位に就く直属の上司、管理監督者(管理職)が中心となって、部下とコミュニケーションを図ったり、改善措置を出したりしながらメンタルヘルス対策に取り組んでいくことを意味する。具体的には、メンタルが不調な部下の相談に応えたり、休職後の職場への復帰をサポートしたりする行為を指す。管理職が自ら主導して、実践していく点に特徴がある。管理職は、常日頃から部下の状況に精通しているはずだ。そのため、ストレスの原因がどこにあるかも把握しやすいと言える。

●「ラインケア」の目的と重要性

どの企業でも人材に余力があるわけではない。しかも、近年は企業を取り巻く社会環境が急速に変化しており、企業経営は一段と厳しさを増している。これに伴い、従業員の仕事に対するプレッシャー、ストレスも高まっている。もし、従業員が一人でもメンタルヘルス不調に至り、組織が機能不全に陥ってしまうと、チームとしての総合力が発揮できなくなり、生産性も低下してしまう。

小規模の企業や部署であれば、従業員それぞれの変化に気づきやすいかもしれないが、企業規模が増えるにつれ、その把握が難しくなってくる。多くの従業員が働いているだけに、目を配るには限界があるだろう。その点、従業員と近い距離にある管理監督者は、従業員と日頃からコミュニケーションを取っているため、リスク不調を把握したり、良好な職場づくりに向けたアクションも図ったりしやすい。メンタルヘルス対策においても、一次予防は重要であり、しっかりと取り組む必要がある。それだけに、「ラインケア」はメンタルヘルス対策にとって非常に有効な手法であると言える。

●厚生労働省が示す「労働者の心の健康の保持増進のための指針」

厚生労働省では「労働者の心の健康の保持増進のための指針」において、「4つのケア」を提示し、会社や組織での継続的・計画的な推進を推奨している。いずれも、事業場におけるメンタルヘルス不調対策の基本的な活動となる。具体的には以下の4つのケアが挙げられている。

・ラインケア
「ラインケア」とは会社や組織において指揮命令権を持つ管理監督者が、従業員の勤怠状況や就業環境の把握・改善、メンタルに関する相談への対応、休職・職場復帰への支援などを行いながら、ケアしていくことを指す。ここで説明する「4つのケア」のなかでも、特に重要な役割を果たすことになる。

・セルフケア
セルフケアとは会社から提供されるメンタルヘルス関連の情報提供や研修、ストレスチェック受検などを通じて、従業員本人が主体的にストレスやメンタルヘルスを正しく理解し、個人的に対処しながら自身のメンタルを管理していく取り組みを言う。ただ、従業員に任せきりというわけではない。会社としての支援体制が不可欠となる。

・事業場内の産業保健スタッフによるケア
事業場内産業保健スタッフによるケアは、産業医や衛生管理者、保健師などの専門家と連携を図りながら、従業員をサポートしていく取り組みを指す。目的としては、「ラインケア」やセルフケアの効果を高めることが主だ。具体的には、メンタルヘルスケア計画の策定と実施、就業環境の改善に向けたアドバイス、医学的知見に基づく指導などを行う。

・事業場外資源によるケア
事業場外資源によるケアは、心療科の医師や産業カウンセラー、臨床心理士などの外部の専門機関や専門家との連携のもと、職場のメンタルヘルス対策を行っていく取り組みを意味する。具体的には、情報の提供やアドバイス、職場復帰への支援などを行う。主な外部機関としては、こころの耳、産業保健総合支援センター、産業保健サービスを提供する民間企業、外部EAP機関などがある。

「ラインケア」は企業や従業員にどのようなメリットをもたらすのか

次に企業や従業員にとって、「ラインケア」はどのようなメリットがあるのかを取り上げていきたい。

【企業側】

●生産性の向上
「ラインケア」が良好に行われていれば、生産性の向上につながりやすい。なぜなら、「ラインケア」自体が管理監督者と部下との円滑なコミュニケーションを基盤にしているからである。そうした職場であれば、従業員はメンタルの不調を早期に発見してもらえ、適切な対応も期待できる。結果として、従業員は安心して働け、自ずと業務に前向きになれるというわけだ。

●安全配慮義務の順守
労働契約法第5条により、事業者には従業員の健康と安全を守る「安全配慮義務」が課されている。その点、管理監督者は、部下である従業員と同一のラインで働いており、不調や異変を早期に発見しやすく、適切に対応できる。そのため、「ラインケア」を実施することで、安全配慮義務の遵守につながると言える。逆に、従業員が職場環境や業務量などを原因としてメンタル不調に陥ると、法令違反となるリスクがあり得るので留意したい。

●健康経営の推進
「ラインケア」を実施することで、従業員のメンタルヘルスが良好となる。その結果、企業としても健康経営を推進することができ、業績の向上につながりやすいと言える。

●離職や休職の抑止
離職や休職の防止も「ラインケア」のメリットと言える。なぜなら、「ラインケア」を適切に実施すれば、従業員のメンタル不調を早い段階で発見することができ、職場環境も改善されるため、仕事へのモチベーションを高められるからである。

【従業員側】

●メンタルヘルスの維持・向上
「ラインケア」が円滑に行われていると、従業員は自分が抱える悩みや課題を管理監督者に相談しやすい。解決策を迅速に得られる可能性もあるため、ストレスによる不調を回避しやすい。メンタルヘルスを良い状態でキープしていければ、生産性向上にもつながるため、従業員だけでなく企業にとってもメリットが生まれる。

●ストレスの緩和
従業員にとって何でも話せる管理職がいれば、ストレスについても相談がしやすい。何が原因となるのか、どうすれば解決できるかなども一緒に考えてくれるはずだ。重度の場合には、メンタルヘルスケアの専門家を紹介してもらえる可能性もある。

●モチベーション維持
上司に相談を持ち掛けた際に、真摯に応じてくれたり、要望を聞き入れてもらえたりすると、仕事に向けた従業員のモチベーションは自ずと高まるものである。また、働きやすさも実感できるので安心して仕事に取り組めるだろう。

メンタルヘルス対策や研修に活かせる「ラインケア」の事例

最後に、「ラインケア」を実施する際に、企業としてどのような点に留意すれば良いのか。役立つ事例を紹介したい。

●管理監督者向けに研修を実施する

管理監督者であっても、メンタルヘルスケアの専門家というわけではない。どう対応したら良いかを理解している人は多くはないだろう。なかには、メンタルヘルスケアの重要性を十分に認識していない管理職もいる。それだけに、「ラインケア」を実施するにあたっては、人事労務担当者は管理監督者を対象として研修を行う必要がある。研修を通じて、管理監督者の行動を変容させることが目的だ。

どのような方針と体制でメンタルヘルスケアに臨めば良いか、心の健康に関して何を抑えておくべきか、従業員が抱えるメンタル面の悩みを聞き出すためにはどう関係性を構築すべきか、職場環境をどのように改善していけば良いかなど、学ぶべき知識やスキルは数多い。それらをしっかりと習得してから、スタートするようにしたい。

●従業員が相談しやすい環境をつくる

「ラインケア」を実施する際には、従業員が相談しやすい環境をつくることも大切だ。具体的には、他の従業員を気にせず話に専念できるスペースの確保はもちろんのこと、管理監督者もメンタルヘルスケアに関する基本的な知識やスキルを持ち合わせておく必要がある。

実際に部下から相談を受けたときには、相手の話を最後までしっかりと聞き、どんな状態なのか、どうしたいと思っているのかなどを把握するようにしたい。話半分で、すぐに「解決策はこれだ」と誘導することは絶対に避けなければいけない。伴走する姿勢が求められる。

●休業や復帰の支援体制を構築する

メンタルが不調になると休業を余儀なくされることがあり得る。万が一、そうなってしまった場合には、休業中のフォローも大切だが、職場復帰への支援を進めていく必要がある。もちろん、管理監督者が一人で行えることではない。人事労務担当者や産業保健スタッフなどとも連携するようにしたい。復帰に向けては、職場復帰支援プランを策定することも重要だ。再度、従業員がメンタル不調に陥らないよう、何に配慮するのか、どういったサポートをするのかを関係者で共有しておきたい。
メンタルケアやストレスケアを従業員自身に任せきりでは、解決が難しい。といって、従業員の数が多いと会社の管理がどこまで行き届くのか疑問となる。その点、従業員と日々接している管理監督者はチェックしやすいと言える。「ラインケア」が有効とされる理由もそこにある。もちろん、すべてを管理監督者が対応しなければいけないということではない。状況によっては、産業医や産業保健スタッフ、人事担当者などの協力・連携を得るようにしたい。どこまでを管理監督者が対応するのか、どんなケースで外部の専門家に対応してもらうかといった指針を事前に決めておくのも有効だ。何か起きてからでは遅いため、一歩先取った動きを検討していただきたい。
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