近年、大企業からスタートアップ企業へ転職するという事例が増えているようです。大企業出身者の中には、これまで大手企業で培ったスキルを武器に“夢を持って活き活き”とスタートアップ企業で活躍できる方もいます。一方で、残念ながらそうではないというケースもあります。

雇用の流動化が始まった現代における経験者採用。本連載は、大企業出身者が新しい環境にフィットし、スムーズに即戦力として活躍できる環境作りや支援策を解説します。第2回は「カルチャーギャップ」と「常識」の違いについてです。

第1回から読む▶【1】“スタートアップ企業”へ転職したい大企業出身者が増加!?人材の流動化が進んでいるワケ
【2】「カルチャー」と「常識」の違い。朱に交われば赤くなる?

大企業出身者が戸惑うのは「スキルギャップ」より「カルチャーギャップ」

大企業からスタートアップに転職した人が、ビジネススキルや能力といった側面で戸惑うことはそれほど多くありません。それよりも「カルチャーギャップ」に戸惑いを覚える人が多いというのが実際のところではないでしょうか。転職後の3カ月間、半年間などの試用期間でそのカルチャーギャップを本人が埋められるかどうかが定着するかどうかの鍵になります。そのため、人事担当者はその点を見守っていく必要があります。


なぜ彼らが戸惑いを覚えるかというと、“前職のカルチャー”というのは、その次の会社に転職して改めて気付くことも多いためです。たとえば前職の大企業では、社内の人に声掛けをするときやメールを送るときは必ず「苗字と肩書をセット」で行っていたというカルチャーだったとします。例えば、「○○部長」「●●次長」と呼ぶというような場合です。

他方で、転職先のスタートアップ企業は、上司も同僚も役職名を使わずに全員フラットに「さん」付け(場合によっては、苗字ではなく「下の名前+さん」付け)でコミュニケーションをとることがカルチャーになっているとします。すると転職して初めて「そのカルチャーギャップ」に気付くわけです。その時に、柔軟に頭を切り替えて馴染んでいける人もいれば、そうではない人もいます。

「私のことを肩書で呼ばずにしかも下の名前で声掛けしてくるなんて、ビジネスマナーも社員教育もできていない非常識な会社だな」と感じる人は正直なところいらっしゃいます。前職の大企業で学んだことはあくまでも前職の『カルチャー』なのですが、それが常識(あたりまえ)だと思い、そこから脱却できない(違和感を覚えてしまう)というタイプの人です。

ただし、中立な立場で社内・社外と接することが仕事でもある人事は、この常識とカルチャーの違いを認識しておく必要があります。具体的な場面まで想定しオンボーディングをフォローできれば、少なくとも転職者が急に辞めてしまうということは防げるはずです。

「大企業でのルール=世の中の常識の基準」ではない事はどう伝えるか

人事業界ではこの「カルチャー(企業文化)」という言葉はよく聞かれますが、一般のビジネスパーソンの中には先述の「常識」と「カルチャー」の境目を意識して対処できないという人も少なくはないでしょう。特に、長年大企業に勤務してきた場合には、会社の商習慣やルールが「常識」だと思い、頭や体に染み込んでいるというケースは大いに考えられます。

大企業1社で勤め上げた方が、定年後に地域のコミュニティーで上手くコミュニケーションが取れないというような話はよくあるようです。自分では常識を持って普通に接しているつもりなのに、相手に「上から目線」や「命令口調」だと指摘を受けてしまう、というようなケースです。その原因としては大企業では、自分が取引先の評価をするというシチュエーションがどうしても多いため、その経験が「当たり前」で、プライベートでも無意識にそういった態度が出てしまうといったことが起こり得ます。

これは、スタートアップ企業への転職のケースでも似たような形で出てしまうことは十分に考えられる話です。出社初日に20代の社員に「はじめまして。○○さんですよね。よろしくお願いします!」とフランクに言われた時に「年上の自分に向かって下の名前で、しかも役職もつけないで、なんて礼儀がなっていないのか」と瞬間的に思ってしまうようなことが実際に起こります。我慢のならない人は感情的な態度に出て、若手社員がオロオロしたり、関係構築が進まなかったりということが起きるのです。

スタートアップ企業は全社員が1フロアで毎日顔を合わせて仕事をするシチュエーションも多いので、最初のコミュニケーションがこじれると後々まで引きずってしまうことにもなります。大企業であれば気の合わない人同士が1年間無視し合っていても業務がまわるでしょうが、スタートアップ企業でそれと同じことをやられてしまうと職場の雰囲気全体が悪くなります。スピードが重要なスタートアップ企業では、スムーズな社員同士のコミュニケーションも結果に直結しますので、「誰かと誰かが口を利かない」というレベルのコミュニケーションの齟齬でも、致命傷です。

良くも悪くも、職場が人の“振る舞い”を変えることも。大企業に勤めるとZ世代はZ世代でなくなる?

そのようにならないように、人事担当者は、まず応募段階から応募者とのメールや会話でのやりとりを通して、自社とのカルチャーギャップを把握する必要があります。

実際に最終面接や内定後には、自社の仕事の進め方、会議のやり方、名前の呼び合い方など、雑談も交えながら「うちの会社は全員さん付けで呼び合っていますよ」「うちの会社は、荷物を送る時は、総務や秘書ではなく自分たち各自でコンビニや郵便局に行って宅配の手配をするんですよ」など、大企業とは違うかもしれない自社のカルチャーを事前に伝えておくことも大切です。

これは世代を問わずに行うべき「受け入れ準備」です。大企業のすごいところは、若手社員もそのカルチャーに染まってしまうという点です。20代の大企業出身者の転職組の中には「いつの時代の価値観だろう」というくらい古風な価値観に染まった若手もいます。「Z世代だから大丈夫だろう…」と偏見を持たずに世代を問わず、平等な対応を心掛ける必要があります。
(第3回は2023年10月中旬の公開予定です)
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