――続いて、今回のプロジェクトの詳細を伺っていきます。プロジェクトは、何名体制で進められたのでしょうか。
プロジェクトの推進を行ったのは、人事・広報を管掌する私と、人事マネージャー、人事部メンバーの計3人です。ただ、ISO 30414認証には各種データが必要であること、かつ単体ではなくリンクアンドモチベーショングループ連結で認証を取得したため、グループ各社にも協力を得ながら進めていきました。
――プロジェクトのスケジュールについてもぜひお聞かせください。
2021年の7月にスタートし、9ヵ月で認証を取得しました。これは、異例のスピードだと思います。当初、認証機関からは1年半が目安だと提示されていましたが、株主総会があり、統合報告書を発表する2022年3月の取得を目指して急ピッチで行いました。グループ全体で1500名ほどの規模感であること、そして人的資本経営についての意識が以前から根付いていたからこそ、実現できたのではないでしょうか。
――かなりのスピード感ですね。認証はどのようなプロセスで取得したのでしょうか。
大きく4つのステップで進めていきました。まず第1は「内容理解」です。ISO 30414には、11領域58指標それぞれに数式や目的があります。まずはそこを理解することが必要だと考えたため、認証機関であるHRプロデュースが開催する「ISO 30414プロフェッショナル認証講座」を人事メンバーが受講し、資格を取得しました。そのメンバーを中心に、当社では58指標のうちどの程度データが取得できるのか、現状把握を行いました。これにより、7割ほどのデータを収集することができたのです。ここまでで、3ヵ月程度かかりました。
第2ステップは「仕組構築」です。第1ステップで収集したデータ以外、残りの3割のデータを掘り起こしたり、収集する仕組みを構築してデータを取り、整理を行いました。この工程は3ヵ月ほどを要したと思います。
次に第3ステップは、「開示戦略」です。当社が掲げる人材戦略とISO 30414の項目を照らし合わせながら、特に注力する重要指標を決めていきます。それをもとに、人的資本情報開示資料であるヒューマンキャピタルレポートを作成しました。このステップは2ヵ月というハイスピードで行いました。
そして第4のステップは「審査認証」です。認証取得自体は、1ヵ月ほどででき、目標としていた2022年3月中のリリースに間に合わせることができました。
――認証取得までに、どのような壁に直面しましたか?
特に難しかったポイントは2つです。1つは、ISO 30414の各指標がジョブ型モデル前提になっていることです。日本企業の雇用慣習とはベースが異なるため、苦労しました。
たとえば、「採用・異動・退職」の領域で、内部登用率を算出する必要があります。しかし、当社では明確にジョブベースでポストをカウントしているわけではありません。しかも、ジョブローテーションなど定期異動は内部登用率のカウントに含めないというルールであるため、算出にかなり難航しました。そこで、内部登用よりは外部登用を数えた方が分かりやすいと考え、「1-外部登用率=内部登用率」という数式で算出しました。このように、ジョブ型モデルが前提となっている指標を、自社の組織に合うよう“翻訳”する作業には時間を要しました。
もうひとつ難しかったのは、人材戦略に基づいた重要指標の選定です。これは先ほど述べた第3ステップにあたります。ISO 30414の11領域58指標は、ずらりと並べると平面に見えます。しかし、認証を取得する上では、 “自社にとって重要な領域や指標は何か”を決める必要があるのです。自社の人材戦略と紐付けて、11領域58指標を一つひとつ精査して優先順位を付けていかねばなりません。
リンクアンドモチベーショングループは、組織人事コンサルティングの会社ですから人材戦略はもちろん明確にありますし、従業員エンゲージメントを最重要視するという方針も固まっていました。それでも戦略をしっかりと言語化し、ISOの項目と照らし合わせて平面を立体にしていく作業にはかなり苦労しました。
――グループ各社からデータを収集する必要があったと思いますが、そこはスムーズに進められましたか?
作業量としては多かったと思います。58項目のうち、重要視しない項目についてはデータを取得しない、開示しないという選択肢もありました。しかし当社は、本当に取得ができないデータ以外は、すべて収集・開示するという方針で進めていったのです。そのため、データ取得の仕組みをゼロから作り直したものもありました。
ただ、グループ各社との関係性はよく、「お願いしたのにデータがなかなか来ない」、「必要な理由を理解してもらえない」ということはまったくありませんでした。当社は従業員エンゲージメントを「会社と従業員の相互理解、相思相愛度合い」として、高める努力をこれまでしてきました。そのため、今回のプロジェクトと会社の戦略がしっかりとリンクしていることを説明すれば、誰もが優先度高く対応してくれたのです。また、世の中の半歩先を行く企業でありたいという想いが浸透しているため、「日本・アジア初の認証取得」になることを伝えると、みんな張り切って協力してくれました。
――ISO 30414認証取得にあたり、企業はまず何から着手すればいいでしょうか。
ISO 30414の11領域58指標のデータを取得して開示するものだと思われがちですが、求められていることは単にデータを揃えることではありません。これらのデータを用いて、さらにその企業の人材戦略や経営戦略を示すということです。
そのためには、まず人材戦略を明確にすることが重要だと考えています。それぞれの企業で、人事ポリシーはあると思いますし、人事施策も様々なことを行っていらっしゃるでしょう。しかし、人事ポリシーと人事施策をつなぐ戦略が抜けている企業は、意外と多いのではないでしょうか。
リンクアンドモチベーショングループの場合は、2022年3月に公表したヒューマンキャピタルレポート(※)に、戦略を明示しています。
※:
リンクアンドモチベーション「Human Capital Report 2021」
多くの企業が、まず事業戦略があり、そこから人材戦略が決まると捉えていると思います。しかし、当社の場合、両者は完全に並列の関係です。事業戦略から人材戦略が決まるベクトルもあれば、逆に人材戦略から事業戦略が決まるというベクトルもあります。そのため、事業戦略の「エンゲージメントチェーン」と、組織戦略の「One for All, All for One」を常にリンクさせながら見ていくことを大切にしています。その上で、重要視する指標や領域を決定させています。こうした構図が明確ではないと、もしISOを取得できたとしても人的資本経営を推進することは難しいでしょう。
そして戦略が明確になったら、先ほどお話しした4つのステップの通り、まずはISO 30414の項目を理解することから始めるのがいいいと思います。
――貴社が苦労したポイント2点を先ほどお話しいただきましたが、そのほかに企業が認証取得を進める上で、どのような壁が立ちはだかると予想できるでしょうか。
まずは、データを取得するフェーズで苦労すると予測されます。データが社内の様々なところに散らばっているため、各部門の協力を得る必要があります。そこでいきなり「このデータを出してください」と言ってもすぐには出せないこともあるでしょうから、早い段階でどういうデータが社内にあるのか、把握しておくことは大切です。
また、審査の中では、経営者へのインタビューもあります。そこでは、なぜ人的資本経営を進めるのか、そしてどのような戦略があるのかなど、本質的なところが聞かれます。企業の中での人的資本経営について、社内で認識合わせをしておくことが重要でしょう。
――今回、ISO 30414認証取得により、社内外からどのような反響がありましたか?
社員はみんな喜んでくれました。「日本・アジア初の認証取得」ということにより、世の中に対して価値あることをするという意志表示ができましたし、リンクアンドモチベーショングループは誰かの真似をするのではなく常に半歩先を行くという姿勢を証明できたプロジェクトだったと思います。また、プロジェクトを進める中で、社内における人的資本経営の位置付けや戦略、具体的な施策の現在地などを、視界共有できたこともよかったです。
社外からの反響も大きいですね。人的資本経営が世界的に注目を集める中で、ISO 30414が重要だという認識自体は広がっているものの、具体的に認証を取得するための情報は、あまり広がっていません。「どのように取得したらいいのか相談したい」、「戦略から一緒に考えて欲しい」、「人的資本経営をさらに促進するために、ISO 30414の観点で何をすべきか」といったご相談が増えています。
――改めて、貴社にとってISO30414取得はどのような意義があったのか教えてください。
私たちは人的資本経営に長年取り組んできました。自負としては日本一、世界一の投資をしているつもりです。今回の認証を通して、当社の人的資本経営に対する哲学・戦略・施策に至る全体像を当社の従業員や顧客・投資家はもちろん、応募者、パートナー企業など、あらゆるステークホルダーと共有できたことで、当社への共感づくりを実現するメディアを創ることができました。それが、今回のISO 30414 認証取得プロジェクトの一番大きな意義だったと思います。日本・アジア初の認証取得であることにより、さらに効果的に注目をしていただくこともできました。
――今後の展望についても、ぜひお聞かせください。
人事・広報・IRの責任者として大切にしていることは、リンクアンドモチベーショングループを、世界に数多ある企業の中で誇れるような作品にしていくことです。その作品は完成することなく、商品市場・労働市場・資本市場の変化に適応しながら、常に一歩チャレンジし続けることでブラッシュアップされていくものだと思います。具体的には、ISO認証後も毎年審査があるため、その結果を見ながらPDCAを回し続けていこうと考えています。
そしてこのプロジェクトを当社の中だけで終わらせるのではなく、ぜひ多くの企業に人的資本経営の重要性を伝え、参考にしていただきたいと思っています。日本に人的資本経営が広がることで、日本企業が強くなり、そこで働く従業員も強くなっていく。それこそが私たちの目指す姿です。