去る2021年7月20日、オンラインセミナー「事業を成功に導く『エンゲージメント経営』の秘訣とは」が開催された。2020年から続く新型コロナウイルス感染症拡大の影響下において、改めて「エンゲージメント」への注目が高まっている。企業と従業員の相互理解を高めることが、組織づくりや人材育成はもちろん、経営戦略の実行や生産性の向上につながる――そういう認識は持っていても、財務や事業の見直しを先行し、組織への取り組みが後回しになっている企業は少なくないだろう。

セミナーに登壇したのは、株式会社リンクアンドモチベーション MCRカンパニー カンパニー長の梅原英哉氏と、株式会社セールスフォース・ドットコム コマーシャルセールス 執行役員 広域営業本部長の伊藤靖氏。リンクアンドモチベーションは従業員エンゲージメントについて豊富なデータベースを保有する組織改善クラウドサービス「モチベーションクラウド」を提供し、またセールスフォース・ドットコムは社員クチコミサイト「OpenWork」が毎年行う「社員が選ぶ『働きがいのある企業ランキング』」で常に上位にランクインしている企業だ。両社の取り組みから、従業員エンゲージメントを事業成長に直結させる「エンゲージメント経営」の秘訣を読み取りたい。
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エンゲージメントの重要性
「従業員エンゲージメント」が、事業や組織の活性化につながる

梅原氏 最初に、「なぜエンゲージメントが重要なのか?」という、そもそものお話を確認しておきたいと思います。一般的に、企業の周りには3つの市場――「資本市場」、「商品市場」、「労働市場」があります。資本市場は“財務”、商品市場は“事業”、労働市場は“組織”に関わるものですが、現在のコロナ禍の混乱期においては、財務や事業を重要視するあまり、組織への取り組みが後回しになってしまいがちです。もっと分かりやすく言えば「人の気持ちが大切にされない」ということになるでしょうか。「こういう時期だから仕方がない」と思う一方で、私たちはこれこそが“事業がうまく行かない大きな要因”ではないかと考えています。

戦略は実行しなければ意味がありません。しかしコロナ禍の現在、本当に効果的な戦略を見極めることは困難です。そこで求められるのが「変化に適応できる組織能力」ということになります。冨山和彦さん(株式会社経営共創基盤 代表取締役CEO)の著書『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の社会をつくり変える』(文藝春秋刊)にも書かれているように、「戦略は組織能力の従属変数であり、変化に適応できる組織能力こそが真の競争優位性の源泉」なのです。

経営で最も大切なことは、労働市場を大切にすること。つまりは組織、エンゲージメントを大切にすることに他なりません。私たちの言うエンゲージメントとは「従業員エンゲージメント」を指します。簡単に言えば、「企業と従業員の相互理解」、「相思相愛度合い」ということです。世の中には「従業員満足度」という言葉があります。これは社員満足度を高めるために待遇などを見直すという、「会社から一方的に社員に働きかける」ものです。一方の従業員エンゲージメントは、“貢献意欲”を引き出すために、待遇だけでなく目標や活動、仕事の環境なども見直すことで、「社員が期待しているものを会社から提供する」というもの。だからこそ従業員エンゲージメントは、従業員満足度よりも業績に直結し、事業や組織の活性化につながると考えています。そのような背景もあり、リンクアンドモチベーションでは従業員エンゲージメントを可視化し、組織変革を支援する「モチベーションクラウド」を開発しました。
株式会社リンクアンドモチベーション MCRカンパニー カンパニー長 梅原英哉氏

エンゲージメント経営とは何か
人の行動の分岐点は、「合理」ではなく「感情」である

梅原氏 では、このエンゲージメントをどのように経営に活かせばいいのか? まず、私たちリンクアンドモチベーションは、「人間は『完全合理的な経済人』ではなく『限定合理的な感情人』である」という人間観を大切に考えています。「戦略」と「行動」の間には、必ず人の「感情」が入ります。100%完璧な戦略を伝えられても、「あの人の言うことは聞きたくない」という感情が芽生えれば、100%の行動は期待できません。こういったケースで戦略実行がうまく行かないことは、世の中に数え切れないほどあります。つまり、人の行動の分岐点は、「合理」ではなく「感情」なのです。

そしてもうひとつ、私たちは「組織は要素還元できない『協働システム』である」という組織観を重要視しています。1人あたりの戦力係数を1とするなら、4人のチームの戦力係数は一般的に4となります。しかし、必ずしも戦力係数と人数がイコールになるわけではなく、4人でも戦力係数が2や3になってしまうことがある。これはスポーツの世界でもよくあることですが、個人の能力が高くても、周囲との関係性によって成果が出せなくなる可能性があります。組織の問題は「人」ではなく、人と人との「間」に存在するわけです。

「合理性」だけではなく、「感情」に働きかけるという人間観。そして、人と人の「間の問題」を解決する組織観。この2つをエンゲージメント経営に活かすには、どうすればいいのでしょうか。経営学者のチェスター・バーナードは、「共通の目的」、「コミュニケーション」、「協働意思」を組織成立の3要素として挙げています。
組織成立の三要素
例えば、同じ列車に乗り合わせている複数の人々は、ただの「集団」に過ぎません。しかし列車に乗っている1人が急病で倒れたとしたら、人々の間に「この人を助けなければ」という共通の目的、「今、私にできることをやります」という協働意思、「車掌への連絡はあなた、119番はあなた」というコミュニケーションが生まれます。この3要素が揃えば「組織」が成立するのです。

こういったポイントを、いかにクリアし、現在のエンゲージメント経営に到達したのか。ここから先は、セールスフォース・ドットコム伊藤さんよりその秘訣などを伺いたいと思います。

セールスフォース・ドットコムにおける
「エンゲージメント経営」に向けた取り組み
「共通の目的」、「コミュニケーション」、「協働意思」の
3要素を社内で育むために

伊藤氏 私どもセールスフォース・ドットコム(以下、セールスフォース)では、「共通の目的」、「コミュニケーション」、「協働意思」の3要素を社内で育むため、それぞれに対して「Visionの落とし込み」、「研修体制の構築」、「1on1の仕組み化」という取り組みを行っています。

最初に、共通の目的における「Visionの落とし込み」についてお話します。私どもは、会社と社員が同じ方向に向かって成長するため「V2MOM」という考え方を取り入れています。これは「Vision(何を目指すのか?)」、「Values(何を大事にするのか?)」、「Methods(そのために何をするのか?)」、「Obstacles(達成に向けて乗り越えるべき壁は何か?)」、「Measures(どのように結果を判断するのか?)」の頭文字を取ったもので、共通の目標に向かって突き進み、成長を実現する目標管理手法です。

これを、具体的にどのように使っているかをご説明します。まず私どもの会計年度の始まり月である2月に、会長 兼 CEOのマーク・ベニオフがV2MOMを策定。次にそれがアメリカ本社の経営幹部に共有、協議されます。その後、日本やヨーロッパ、アジアの上級マネジメントに共有された後に、各国のマネジメント、全社員へ共有されていきます。これにより、上から与えられたものをそのまま受け入れるのではなく、より自分ごととして考える体質を養う。そして、あらゆる階層、部門、地域の全社員が会社のビジョンを共有して意思統一を図り、それぞれの社員がそれを「自分とつながる粒度」まで落とし込むことができると考えています。

例えば私のチームのVisionは「DXの伝道師として、地域事業者様のDXを立ち上げる。地域に根差し、まずはセールスフォースに相談いただける関係性を醸成する」としました。私のチームは中部地区を拠点に、東京・大阪以外の地域のお客様を担当していますので、そのような思いが反映されています。最終的にはチームリーダーである私が設計した言葉となっていますが、このために3時間から4時間ほどを確保し、部門長らと膝をつきあわせて会話するようにしています。議論を重ねることでそれぞれの自分ごと化が進み、意欲が引き出されるのです。

梅原氏 今のお話にはとても共感しました。ちなみに私たちは、共通の目的の醸成のために「DNA BOOK」を発行しています。これは“従業員のあるべき行動”を記しているのですが、理解度を高めるため、筆記形式のテストやレポート執筆などの施策も実施しています。ペーパーのテストと聞くと少々構えてしまいましが、全社員が定期的にDNA BOOKに接するこの仕組みにより、目線や考え方のズレがなくなっていくことを実感しています。

伊藤氏 ペーパーテストというのは、なかなか難易度が高そうですね(笑)。しっかり本の内容を理解していないと書けないでしょうから。

梅原氏 おっしゃる通りです。入社当初は私もかなり苦労しました(笑)。しかし今思えば、様々な知識を自分ごととして落とし込むことができる、有意義な取り組みだと感じます。
株式会社セールスフォース・ドットコム コマーシャルセールス 執行役員 広域営業本部長 伊藤靖氏
伊藤氏 続いて「協働意思」における「研修体制の構築」。マネージャーや教育担当メンバーが同じ目線に立って、人材を管理・育成することに着眼点を置いています。これは7~8年前、チームの定着率が悪かった時期の反省点を活かして行うようになったものです。具体的には「社内大学制度」を設け、自分の成長が実感できる環境を整えました。研修内容は「必修」、「選択」、「次キャリアへの準備」と項目が分けられており、段階的に社内での次のキャリアへ向けた学びを得られる仕組みとなっています。

例えば「ロジカルシンキング」や「議事録」など、若い社員がすぐに活かせるようなコンテンツも提供しており、これらが結果的に社員の定着率の向上につながったという実感があります。また、データを定期的に分析することも心がけており、社員が研修を受けた回数と営業成績を掛け合わせたグラフを作成することで、学びが活かされているかを一覧できるシステムを構築しています。

梅原氏 協働意思を育むため、研修の進捗や習熟度を「見える化」して促進させているわけですね。なお、私たちは「アイカンパニーブランディングサポート」という制度を設けています。「アイカンパニー」とは自分株式会社のことで、自分を株式会社に見立てて、今後のキャリアや自身の強み・弱み、異動希望などを自ら立案して会社に提案する制度です。自分の中期計画を考える機会を半年に一度設け、最適な配置戦略や主体性の向上につなげています。

中心になるのは「経営理念(やりたいこと=WILL)」、「市場ニーズ(やるべきこと=MUST)」、「技術力(やれること=CAN)」の3つの輪です。新人ですと、最初の頃はCANの輪がどうしても小さくなりますが、年月を経てブラッシュアップされ、自分のWILLと会社のWILLが重なるようになります。比較的簡単に始められる取り組みですので、参考までに紹介させていただきました。

では、最後のコミュニケーションにおける「1on1の仕組み化」についてお願いします。

伊藤氏 はい。私どもは1ヵ月に4回(週に1回)、メンバーとマネージャーによる30分程度の1on1を実施しています。話す割合はメンバーが7割、マネージャーが3割といったバランスで、具体的な仕事の話というよりは、「どんなことをやりたいか?」、「どんなことに悩んでいるか?」といった相談が中心です。

1on1の過ごし方ですが、最初の10分で雑談をするようにしています。メンバーにとってもマネージャーにとっても、これが自己開示となるため、実は重要なポイントです。次は5分程度、今月の進捗やプランの進捗の報告を受けます。そのあと10分程度で、次のキャリアの希望時期や他部署への関心などを聞きます。そして最後の5分が今月の着地予定、次までのアクションプランを聞く時間です。注意すべき点は、「結果」についてはそれほど話す必要がないというところです。結果はすでにチームにおいて周知であることが多いため、1on1では結果より「プロセスを評価する」ことに重きをおくべきだと考えています。
1on1の時間の過ごし方
梅原氏 コミュニケーションを育むため、「最大の理解者」として接するということですね。セールスフォースさんはデータに基づく業務が多いので、もっと合理に寄っているものだと思っていたのですが、人の感情についても、とても大切にしていらっしゃるという印象を持ちました。

私たちの場合は、コミュニケーションを育む施策として、全社総会を四半期に一度行っています。これを全社業績や表彰者の発表、今後の展望などを伝達する場とし、経営と現場のコミュニケーションを活性化するわけです。かなり長く続けていますが、エンゲージメントにもつながっているという実感があります。

以上が取り組みのご紹介となります。ここからはセールスフォースさんへの質疑応答の時間に移りたいと思います。

セールスフォース・ドットコム伊藤氏への質疑応答

質問1 エンゲージメント施策を実践する中で、苦労したことがあれば教えてください。

伊藤氏 もう日常は失敗ばかりです(笑)。ただ、その失敗に“蓋をしないこと”を心がけています。私としても、メンバーからのフィードバックや、マネージャーとしての資質の評価を見るのは正直に申し上げて怖いです。でも、そこから目を逸らすと、エンゲージメントから離れてしまいますから。戦略がうまく行かない時は、メンバーがどう思っているか十分に耳を傾けていなかった場合がほとんどです。梅原さんが先ほどおっしゃったように、感情よりも合理を優先させたことで、メンバーの不満が増幅し、結果的に戦略実行の妨げになってしまったというケースは、皆さんの周りにも多いのではないでしょうか。

質問2 社内大学の講師は内製化しているのですか?

伊藤氏 そうです。ほとんどのコンテンツを、マネージャーが持ち回りで担当しています。これに関しては「構想から実行までどれぐらいかかったの?」というご質問も多くいただくのですが、実行までは4ヶ月程度しかかかっていません。と言うのも、マネージャー一人ひとりが、思いのほか魅力的なコンテンツのアイデアを持っていたんですね。「これならすぐ始めてもよさそうだね」ということになり、とりあえずスタートさせました。もちろん、その後もコンテンツは随時拡充させています。

質問3 コンテンツはどのように選定しているのですか?

伊藤氏 まずは、それぞれのマネージャーが持っているアイデアを出してもらいます。電話のマナーやメールの書き方、ゲームプランまで内容は様々ですが、それらの粒度を統一してコンテンツとして組み上げます。これらを提供していく中で、3ヵ月に一度アンケートを取っていまして、その結果を見て一部を差し替えながら、四半期ごとに実施しています。選定のポイントは「実際にやってみてどうか」です。一度試しにやってみて、受ければやる、受けなければ改善を図ります。

質問4 「良いチームだから良い結果が出る」のか、「良い結果が出るから良いチームになる」のか、どちらだと思いますか?

伊藤氏 これは興味深い質問です。営業で言いますと、やはり数字がすべての処方箋になります。数字が良いチームは空気も良いです。逆に良いメンバーが揃っていても、数字が悪ければ空気も悪くなります。簡単に言い切ることはできませんが、ビジネスとして考えるなら、良い結果が出ていないチームを良いチームと言うことはできないと思うんです。ですから、「良い結果が出るのは良いチーム」と言っていいのではないでしょうか。
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