コロナ禍においても、時流にのって躍進している会社があります。そのような会社のインタビュー記事のいくつかは、決まって「〇年以内に1000店舗目指したい」というような経営者の方のコメントが掲載されています。こういった場合に、一番苦労を強いられるのは、総務人事部ではないでしょうか。

新規ビジネスには優秀な人事や経理、法務などが必要不可欠

「店舗に関わるあらゆる契約」、「求人」、「メンテナンス」。口で言うほど簡単ではありません。多くの会社が威勢よく大きな花火を打ち上げながら、その多くが花火のようにしばらくすると1000店舗どころか跡形もなくなっているのは、こういった事務プロセスやバックヤードの管理を軽視しているからです。

まず、新規ビジネスには総務人事、経理財務、法務などの優秀な社員が揃っていないとスピード感ある契約書面や業務フローの準備などができません。突貫工事でこのあたりの処理をいい加減にしていると顧客や周辺住民からのクレーム、社内の不正発生など、あらゆる問題が後々、大量に発生します。その対応するための費用がかさみ、さらに利益を圧迫していきます。

そもそも1000店舗それぞれにふさわしい1000人の優秀な店長を集め、育てられるか。無人店舗のビジネスモデルでしたらいいと思いますが、各店舗に責任者を置かなければいけない場合、人間が店舗全体を管理できなければいけません。一部の作業だけをしていればいい立場ではないので責任者の精神的負担は増します。実際に店舗展開をしている会社では、店長がうつになり突然出社してこないケースもよく聞きます。

その原因は複合的です。「アルバイトが集まらずシフトが組めないので、仕方なく自分が出社して対応している」「スタッフが言うことを聞いてくれない」「顧客からのクレーム、経理との売上やお金関連のやりとりがうまくいかない」……。そのようなことが積み重なり、疲れもとれず、休む時間もなく、心身のバランスを崩してしまう店長達が多いのです。

経営の失敗につながる二つの落とし穴

そもそも本社から離れた場所のケアというのは、本社の総務人事スタッフの目が届きにくいのです。ただでさえマネジメントが難しいなかで、それでもなぜ経営者は多店舗展開に魅了され、そしてその多くが失敗していくのでしょうか。

私なりに分析してみると、次の二つが大きな理由であると思います。

(1)経営者が「すごいビジネスを見つけてしまった」と気持ちが上がり過ぎてしまい、頭の中で皮算用をしてしまう。
(2)他の社員も自分(経営者)と同じ仕事のモチベーションの高さだと思い込んでしまう


経営者の方は、ひとたび1店舗目がうまくいくと、「すごいビジネスモデルを見つけてしまった」と思い、他の会社に真似される、追随されることを心配します。そうさせないために、「短期的に圧倒的に差つけよう」という発想が生まれ、急拡大路線に舵を切る方が多いように思います。そのため、銀行やベンチャーキャピタルなどから資金を調達し、大量に採用をし、一気に拡大していくという行動に移るのだと思います。

しかし、現実というのはそう簡単に理論どおりいくものではありません。まず、「社員というのは、全員経営者と同じテンションやモチベーションではない」ということです。経営者は役員ですから、出勤時間の縛りがありません。そして、上司もいません。自分の考えたビジネスを自分で実行するのですから、苦労はあってもストレスはセロです。「働かされている」のではなく「働いている」から力が湧くのです。しかし社員は置かれた状況が違います。

総務人事の仕事をしている皆さんならおわかりだと思います。世の中に「店長レベル」の資質を持った人が、求人採用で応募してきた人達の一体何割くらいいるでしょうか。店長としてふさわしい資質としては、人間性、マネジメント力、再現性(経営者の言うことをどれだけ同じように再現できるか)、計算能力……。最低でもこれくらいは必要か、入社数ヵ月の研修でこれを全てクリアできる人ではないでしょうか。

1年間に数店舗〜数十店舗の新規出店なら、数人〜数十人の店長を育成していけばいいので人材育成にも余裕があり、成功されている会社も数多くあります。一方、それ以上に店舗を急拡大しようとする会社は、人材育成が追いつかないまま店舗だけが完成してしまい、そこに人材育成をしきれていない店長がどんどん派遣、投入されてしまい、業務をこなしきれずストレスを抱えてしまうのだと思います。

経営を成功させるために、事業拡大と人材育成のスピードをチェックする

経営者の方は言霊(ことだま)を大事にする方もたくさんいらっしゃいます。自分が「宣言する」ことによって退路を断ってまい進する、というつもりで、「〇年後に1000店舗目指す」とおっしゃっていると思うのですが、一旦メディアで言ってしまうと今の時代はデジタルタトゥーとして数年後も残ってしまいます。

成功した場合は、「さすがですね」となります。しかし、そうでない場合は、数年後、また別の新しい事業にチャレンジする時に「数年前もこんな大風呂敷を言っていた人(会社)の事業計画書など信じていいものでしょうか」と金融機関やベンチャーキャピタルに言われかねません。そのようなリスクを認識した上で、目標数値をお考えになると良いと思います。

一見、アイデアがあって資金力さえあれば、単純にそれを多店舗展開すれば大成功するように私たちは思ってしまいますが、それを皮算用ではなく「リアル展開」するというのは、本当に力がある社員が揃っていないとダメだということをつくづく思い知らされます。いくら優秀な経営者でも一人の人間であり、24時間しかなく、365日しか稼働できないのです。

総務人事の皆さんは、人間は「作業マニュアル」は1週間で覚えられても「人間性が育つ」というものはまた別の話であり、一定の期間、時間が必要だということはよくおわかりのはずです。多少の「事業の拡大スピード>人材の育成スピード」という状況は特にベンチャー企業や新規事業では幾分仕方のないことです。ただ、その反面、リスクは高いため、事業の拡大スピードが極端になりそうでしたら、経営者の方に進言して頂き、極力「事業の拡大スピード=人材の育成スピード」となるように、マネジメントを心掛けて頂きたいと思います。
  • 1