■主旨と内容

 人事異動のなかでも包括的な取り決めだけでは問題が発生しやすい出向について考察します。
出向とは,会社間における人事異動をいい,在籍出向と移籍出向(転籍)に分けられます。在籍出向とは,労働者がもともと雇用契約を結んだ会社に籍を残したまま,他の会社の業務に従事するものです。移籍出向(転籍)とは出向元の会社をいったん退職して,他の会社に籍を移し,その会社の業務に従事するものです。
その目的は,関係会社の業務を指揮監督すること,社員の能力・技術の向上・活用,雇用調整の手段など様々です。
 このような人事異動は通常の配置転換の要件では実施できません。会社の出向命令に効力を持たせるには,①出向命令権があること,②出向命令権の濫用に当たらないこと,という2 つの要件を整える必要があります。
 民法625条1 項に「使用者は,労働者の承諾を得なければ,その権利を第三者に譲り渡すことができない」とありますので,会社は労働者の承諾を得ることなく,労働者に働かせる権利を他社に譲ってはいけないことになります。
 在籍出向を命ずる場合は,原則社員の同意が必要とされますが,必ずしも個別同意まで求められているわけではありません。判例では,就業規則や労働協約で出向についての具体的な規定がおかれ,周知されている場合は包括的な同意があったと見なされています(新日本製鐵事件:福岡高裁判決平成12.11.28)。出向命令は就業規則に出向応諾義務が規定されており,これを提示することで包括的同意を得たとされます(古河電工事件:東京地裁判決昭和52.12.21)。ただ,これは労働条件のほぼ等しい同一グループ会社間の出向の場合など,あらかじめ予想されうる出向先に限られます。
 移籍出向(転籍)の場合は,出向元の会社との労働関係を終了させて,出向先と新たに労働関係を結ぶため,労働者の承諾が不可欠です。出向命令権の濫用は無効となりますので,業務上の必要性の有無や出向先の労働条件などいくつかの判断要素について十分に配慮して行わねばなりません。

■検討内容

規定作成にあたっては,次のような項目を検討します。

(1)出向の定義
出向には在籍出向と移籍出向がありますので,どちらになるかを明確に定義します。移籍出向の場合は完全に移籍先に労働条件が移管するため,出向元での詳細な規定は必要ないと考えられます。よって出向規定は在籍出向を中心に扱います。

(2)出向者の身分
在籍出向の場合は,出向の間は通常,出向元では休職期間として扱い,所属については人事部付または出向直前の部門付等とします。

(3)出向期間
出向期間は原則3 年までとするのが適当かと考えます。法的に特段制限はありませんが,あまりに長いと出向者に不安感を与えることになりかねません。ただ,任務や環境変化によって延長・短縮がありますので,柔軟に運用できるよう規定の「ただし書き」で対応しておく必要があります。

(4)労働条件
在籍出向の場合,出向元・出向先ともに労働者との間に労働契約関係があるので,出向元・出向先ともに労働基準法上の使用者となり,それぞれの労働契約関係の範囲で労働基準法が適用されます。移籍出向の場合は労働者と労働契約関係があるのは出向先のみですので労働基準法の適用も出向先だけとなります。
 労働基準法については在籍出向の場合,それぞれの労働契約関係の範囲で適用されます。例えば,労働時間の定めや36協定は出向先の就業規則が適用されますが,解雇については出向元の就業規則が適用されます。
 出向者の労働条件は,出向元と出向先とが結ぶ出向契約によって決まります。出向することによって労働条件が低下する場合は労働条件の不利益変更になる場合があります。特に賃金,労働時間,休日などについては出向先の労働条件が適用されるので,出向元を下回る場合は,手当の支給などによって不利益措置にならないようにする必要があります。
(5)懲戒や表彰等
出向者は,出向先においては出向先の就業規則の適用を受けますので,服務については出向先のルールに沿うことになります。出向者が出向先で服務規律違反を起こした場合は,出向先の就業規則で処分することになります。
 ただ,懲戒解雇については雇用関係の終了を意味し,出向元の問題となります。出向をいったん解いて出向元で雇用関係を終了させることを規定で明示しておきます。

(6)退職金
在籍出向の場合は,出向時に退職金をいったん清算する方法と,出向期間を出向元の勤続期間として通算する方法がありますので,規定で明示しておきます。

(7)社会保険
在籍出向では,一般には出向者の社会保険は,出向元で継続加入し,労災保険だけは出向先で付保します。雇用保険は労働者が生計維持する際に必要な主たる賃金を受ける会社側で被保険者になることになっています。
 以上の事項を明確に規定化し,出向予定者の不安を解消できるようにしておきます。社員の不安はトラブルの原因になりますので,明確な規定を用意し,よく分かる説明を行うことで,出向時の労務リスクは軽減できます。

出向規定

第○条(総則)この規定は,就業規則第○条の規定に基づき,従業員の出向に関する事項を定める。

第○条(定義)この規定における出向とは,出向元の従業員としての身分を残したまま一定期間関係会社等へ派遣され,派遣先の業務に従事することをいう。

第○条(目的)出向は以下の目的で行う。出向は経営の多角化の推進や関連会社の経営力強化,人材の育成,再就職先の確保,雇用調整を目的とする。

第○条(出向準備等)会社はあらかじめ,出向予定者に対し,出向の目的,出向先,出向期間,出向先の業務の内容,出向先の労働条件等について説明を行うとともに,原則として本人の意思および家族の状況を確認したうえで出向を命ずるものとする。
2 出向を命じられた従業員は,正当な理由がない限り,これを拒むことはできない。

第○条(労働条件)出向者の労働条件は,原則出向先の定めるところによる。その定めは服務規律,労働時間,休日,休暇等の労働条件を指す。ただし会社は,出向者の賃金等の労働条件について,原則として出向前よりも低下させることをせず,賃金は出向元が定めるところにより出向元より支給する。
2 出向先の所定労働時間,休日,休暇および福利厚生等の労働条件が会社より不利益となる場合は,出向者に対して出向手当等を支給する。

第○条(身分)出向者は,出向期間中は休職扱いとし,人事部付とする。
2 出向者の出向期間は会社の勤続年数に通算する。

第○条(期間)出向期間は原則○年以内とする。ただし,業務上の都合により会社はその期間を延長することができる。

第○条(復職)出向者が次の各号に該当する場合は復職を命ずる。
①出向期間が満了し,期間延長をしないとき
②出向目的が完了,または消滅したとき
③その他……
2 会社への復帰後の所属はその都度決定する。
3 出向者は,正当な理由がない限り会社の復職命令に従わねばならない。

第○条(年次有給休暇)年次有給休暇については,出向前の残日数を引き継ぐものとし,取得する場合はあらかじめ出向先に届け出なければならない。

第○条(評価)出向者の人事評価は出向先の勤務状況に基づいて人事部が行う。

第○条(退職)出向者が出向期間中に退職する場合は,出向を解くとともに会社を退職するものとする。

第○条(表彰・懲戒)出向者の表彰および懲戒は,原則出向先の定めるところによる。
2 出向者が出向先の規定における解雇事由または会社の規定における解雇事由に該当する行為を行った場合は,出向先と会社が協議のうえ,出向を解き,会社の就業規則第○条に基づいて解雇を行うものとする。

第○条(社会保険)健康保険,厚生年金保険,雇用保険の適用は,出向期間中も出向元の会社で行う。
2 労災保険の適用は出向先会社にて行う。

第○条(福利厚生制度)出向者は,出向元の福利厚生制度を利用できるものとする。
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