今回は少し趣を変えて企業事例を取り上げ,人材育成を考えてみたい。
 トヨタ自動車については,すでに有り余るほどの情報が流布している。世界屈指のメーカーとして広く認知され,「カイゼン」「カンバン」は国境を越えて現場経営の共通語となっている。ヘイコンサルティンググループとフォーチュン誌が選ぶ「世界で最も賞賛される企業」ランキングでは,GEに次いでトヨタ自動車が高く評価されたこともある。同社の取り組みでは,「カイゼン」「カンバン」など現場の経営能力に目がいきがちだが,それと匹敵するほどの強みが別の領域にもある。それが「人づくり」だ。「自分を凌駕する部下を育てよ」豊田英二。「クルマづくりの前に人づくり」張富士夫。歴代の社長経験者が異口同音にこうしたメッセージを発し,次の代へと伝えていく。人づくりの最も根幹となるところである。

成果主義から人材育成へ 素早く方針転換する

歴史をさかのぼると,そのトヨタも1990年代には賃金制度に成果主義を導入した。年功色を廃して業績重視を打ち出し,管理職に対する人事評価のウェートも,業績・指導育成力をともに50%とした。それまでより指導育成力の配分を下げたのだ。“ついにトヨタまで成果主義か!”と,筆者は当時,新聞報道を見て驚いたのを覚えている。

 しかし,時代の流れを汲んだこの制度変更は,すぐに見直された。管理職が自分の実績向上を優先するあまり,文化の伝承や人材の育成といったトヨタ本来の強みが薄れかけたためだ。人事評価のウェートは,実績30%,指導育成力70%に変更された。

 この素早さには,改めて驚くと同時に感心した。当時ほとんどの日本企業は,何らかの形で成果主義を人事施策に反映し,その運営に苦心しており,あっさり見切りをつけるところはなかった。それを従業員8 万人,連結で30万人規模の巨大企業が英断したのだ。組織における不易と流行を見極め,過ちと判断したら即座に改める。その俊敏さにトヨタの新たな一面を見る思いがした。

 この会社の基本理念は『トヨタウェイ2001』としてまとめられている。新しい世紀を迎えた年に,それまで受け継がれてきた社内の暗黙知を明らかにし,将来に向けてグローバルトヨタが共有すべき価値観と行動指針を次の5つのキーワードで表現している。

●チャレンジ(Challenge)
●改善(Kaizen)
●現地現物(Genchi Genbutsu)
●尊重(Respect)
●チームワーク(Teamwork)


 「トヨタウェイ」が策定された翌年,各事業体の結合強化を目的とした人材育成機関「トヨタインスティチュート」が設立された。16名の専任スタッフが事務局の運営にあたることになったが,注目すべきは学長に,当時社長の張富士夫氏が就任したことだ。人材育成を会社づくりの根幹に据えるためには,最高経営責任者がそれを宣言し,主導しなければならない。「人材育成は人事部門の仕事」と思っているようでは,人づくりが会社のポリシーとして根づくことは難しい,ということだろう。

人づくりの理念を 2 年かけて明文化

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