賃金の支払いについては、労働基準法において「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」とされており、また労働基準法施行規則において、労働者が希望する銀行口座への振り込みなどを認めています。近頃、キャッシュレス決済の普及が進む中で、労働者が希望する資金移動業者の口座への賃金支払を可能とする改正案に注目が集まっていますが、企業はどのような対応をしておけばよいのでしょうか。
「賃金のデジタル払い」に向けて企業が準備すべきことや、企業と労働者双方のメリット・デメリットを解説

「指定資金移動業者」とは

賃金の支払い先として改正によって追加されるのは、資金決済に関する法律(「資金決済法」という)の「第二種資金移動業」を営む資金移動業者のうち、一定の要件を満たすものとして厚生労働大臣の指定を受けた者(以下、「指定資金移動業者」という)の口座です。今までの銀行口座への賃金支払いと同様、労働者の同意を得た場合に、本人が指定する「指定資金移動業者」の口座へ支払うことが可能になります。
 
「指定資金移動業者」の要件は、下記を含めて全部で8つあります。

●口座残高の上限額を100万円以下に設定していること、または100万円を超えた場合でも速やかに100万円以下にするための措置を講じていること

●移動業者の破綻などのときに口座残高の全額を速やかに弁済することができることを保証する仕組みを有していること

●最後に口座残高が変動した日から、少なくとも10年間は労働者が当該口座を利用できるための措置を講じていること

●ATMを利用すること等により、通貨で、1円単位で賃金の受取ができ、かつ、少なくとも毎月1回はATMの利用手数料等の負担なく賃金の受取ができる措置を講じていること。

●賃金の支払に係る業務を適正かつ確実に行うことができる技術的能力を有し、かつ、十分な社会的信用を有すること。

なお、指定資金移動業者の口座への賃金支払を行う場合には、労働者が銀行口座または証券総合口座への賃金支払も併せて選択できるようにするとともに、当該労働者に対して、指定資金移動業者の口座への賃金支払について必要な事項を説明した上で、当該労働者の同意を得ることとされていますので合わせてご注意ください。

企業と労働者の「メリット」「デメリット」

銀行口座の振込手数料と指定資金移動業者の口座への振込手数料を比較し、振込手数料が節約できるのであれば企業にとってはメリットになります。また、「外国人労働者で銀行口座の開設ができない」など諸事情がある方でも採用が可能になるため、採用候補者の幅が広がるというメリットが考えられます。外国人が銀行口座の開設するためには、在留カード・住民票が必要です。短期滞在ビザでは、在留カードや住民票の取得ができません。そのため、在留期間が短い人は銀行口座を開設できない可能性があるのです。

では、企業としてのデメリットは何でしょうか。振込先の選択肢が増えることによって、賃金の振込作業や振込手数料が増えるかもしれません。口座残高の上限額もありますので、銀行口座と同等の取扱いができないこともあります。ただし、指定資金移動業者も企業に振込先として検討してもらえるようなサービス(例えば、振込手数料が安くなる、振込作業も簡素化された仕組みが提供される、等)を用意する可能性もありますので、今後の動きが注目されます。

次に、労働者にとってのメリットを考えます。銀行口座の開設ができない外国人や、電子マネー等に資金を移すことを手間と感じる労働者にとっては、メリットと感じるかもしれません。指定資金移動業者もサービス(給与等を指定資金移動業者の口座で受け取れば、サービスに関連する手数料が無料、等)を設定して、労働者にアピールをしてくる可能性もあります。

一方、一生懸命に勤務して得た大切な賃金の振込先として選択するものですので、便利で社会的信用があることが前提ですが、口座残高の上限額の管理などが発生する点においては、労働者側がデメリットと感じることもあるでしょう。

「賃金のデジタル払い」に向けて企業が準備しておくこと

現在ではすっかり主流となっている賃金の口座振込ですが、賃金の口座振込に際して締結が必要なのは、「賃金の口座振込に関する協定書」です。協定書には、口座振込の対象者、対象となる賃金およびその金額、取扱金融機関の範囲、口座振込実施の開始時期等を定めます。

(1)賃金の口座振込による場合の手続き

●「就業規則(賃金規程)」の改定
賃金に関するルールを、就業規則(賃金規程)に必ず記載しなければなりません。

●「賃金の口座振込に関する協定書」を結ぶ
口座振り込みの実施について、労働者代表との間で書面による協定を結びます。

●「口座振込同意書」をとる
労働者の書面による同意が必要です。

●賃金支払日には、給与明細書を出す
口座振り込みの対象となっている個々の労働者に対しては、所定の賃金支払日に、賃金の支払いに関する計算書(給与明細書)を発行してください。

(2)「賃金のデジタル払い」対応の検討

キャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進む中で、労働者から希望が出る可能性があります。また、給与システムを利用している企業の場合は、給与システムがデジタル払いに対応するかを確認しておきましょう。企業によって、労務管理や支払いシステムが異なりますので、自社にとってのメリットとデメリットを踏まえたうえで、対応をご検討ください。

特に、学生アルバイトや外国人労働者の採用を積極的に検討している企業にとっては、賃金のデジタル払いを希望する労働者が多い可能性がありますので、前向きに検討してみてはいかがでしょうか。


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