あなたは最近、「エンゲージメント」という言葉を耳にしたことがあるのではないでしょうか。社内だけではなく新聞やニュースなどでも「エンゲージメント」は一般的なキーワードとしてよく聞かれるようになってきました。かつて「ダイバーシティ」という言葉は一般的ではありませんでしたが、いまやビジネス用語としても定着しているように、「エンゲージメント」も人事領域における定番用語になりつつあります。しかし、「エンゲージメント」の中身や実務的な意義を理解している人は少ないのではないでしょうか。そこで今回は、学術的に分野が確立されている「ワーク・エンゲージメント」について解説します。
組織に関する理論と研究:従業員エンゲージメントとは異なる「ワーク・エンゲージメント」という概念【60】

「エンゲージメント」は直訳すると“約束”

「エンゲージメント」という言葉はとても曖昧です。もともと英語で「engagement」は「約束」や「契約」という意味です。「婚約」という意味もあるでしょう。しかし人事領域では、従業員の「やりがい」や会社への「所属意欲」、「愛社精神」というニュアンスで使われているようです。

ではなぜ、本来「約束」や「契約」という言葉が、「やりがい」や「愛社精神」というニュアンスになったのでしょうか。

もともと「エンゲージメント」は、「employee engagement」(従業員エンゲージメント)として日本で紹介されていました。HRプロでも2012年に公開された記事で「従業員エンゲージメント」について解説しています(※1)。

この記事によれば、従業員エンゲージメントという考え方が必要になった背景として、日米の若い世代(2012年公開のため、記事では「Y世代」を指している)の価値観が変化していることをあげています。若い世代は「ひとつの会社で長く勤める」ということを前提としていません。そこで、従業員が会社に貢献してくれる代わりに、会社もその対価に環境や経験、報酬を提供する「相互間の約束がある」という関係性がより重要になります。この「従業員と組織の相互の約束」という概念が「従業員エンゲージメント」とよばれ、現在の日本では「エンゲージメント」と呼ばれているようです。

近年の日本での「エンゲージメント」への注目の高まりは、まさに日本の雇用環境の変化を表しています。若い世代の転職意欲の高まりや、終身雇用制・新卒一括採用といった人事制度の変化により、現代は企業よりも「個人」がより強い力を持つ時代です。例えば、企業の働きがいを従業員がレーティングした「転職口コミサイト」は、採用にも計り知れない影響力を及ぼすものになっていないでしょうか。

つまり企業側も、労働力を提供してくれる従業員に対して「約束」を果たさなければ、どんなに業績がよくても、これからの時代は淘汰されかねません。

同じものと捉えられがちな「エンゲージメント」と「ワーク・エンゲージメント」

このようにエンゲージメントが広まった背景から考えてみると、エンゲージメントは単に「やりがい」や「愛社精神」というニュアンスを持つだけの概念ではないことが分かります。

一方で学術的な分野において、エンゲージメントは「ワーク・エンゲージメント」として確立されています。日本におけるワーク・エンゲージメントの第一人者である慶應義塾大学の島津明人教授によれば、エンゲージメントは「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり活力、熱意、没頭によって特徴づけられる。エンゲージメントは、特定の対象、出来事、個人、行動などに向けられた一時的な状態ではなく、仕事に向けられた持続的かつ全般的な感情と認知である」(島津, 2015 「ワーク・エンゲージメントに注目した個人と組織の活性化」)としています。

この定義からすると、ワーク・エンゲージメントは「個人の仕事に対する姿勢や態度」を表すものであると言えるでしょう。では、ワーク・エンゲージメントが高ければ、従業員は「愛社精神」が高まり離職しないのでしょうか。

リクルートが2020年に発表した調査結果(※2)によれば、「ワーク・エンゲージメントが高い人は、低い人と比べて離職意向が低水準で、組織への所属意欲も高い傾向にある」ということが判明しています。一方で、HR Trend Labの記事(※3)によれば、ワーク・エンゲージメントが高くても離職する人はいることが示唆されており「ワーク・エンゲージメントが高くても離職意向が低いとは限らない」ということが明らかにされています。

私たち人事担当者が「エンゲージメント」について語る時、一般的用語である「従業員エンゲージメント」について話しているのか、それとも学術的な「ワーク・エンゲージメント」について話しているのかを意識し、分けて理解しなければなりません。なぜなら、従業員エンゲージメントは「愛社精神」や「離職防止」を含む幅広い概念である一方で、ワーク・エンゲージメントはあくまでも個人の仕事に対する状態を表しているからです。

「エンゲージメント」は単なるブームなのか

「エンゲージメント」という言葉が広まった背景には、多少のブームがあった感も否めません。人事企画はある意味、「次のネタ」を常に探すことが仕事と言えます。多くの人事部は、人事制度や労務対応の運用業務がほとんどのため、人事企画の人は放っておくとヒマになってしまう、というのが本当のところではないでしょうか。

現在はダイバーシティの取り組みもすっかり終わり、働き方改革も一段落して、新型コロナウイルス感染症拡大の影響でテレワークの導入も完了しました。すると、人事の次のネタになりそうなのが「エンゲージメント」です。これから「エンゲージメントに関わる取り組み」は、人事施策としてますます盛り上がってくることは間違いないでしょう。

私自身の反省も含めて振り返れば、日本の人事界隈では用語の概念を理解せず、「他社もやっているから」と根拠の少ない施策を導入しがちです。これまで流行してきた成果主義人事制度や1on1なども、その導入効果を科学的に説明できる人事担当者は少ないのではないでしょうか。

エンゲージメントを語る際には、最低でもワーク・エンゲージメントの基礎論文を読んだうえで、エンゲージメントが及ぼす影響を自分自身でも考え、もし可能であれば社内で調査や実証実験を行うべきです。これからの時代は、本当に効果のある施策を行わなければ、従業員に選ばれない会社になってしまいます。

また、実践結果を事例として社会に還元していけば、単なる「流行り」に乗るのではなく、効果がある施策の導入を後押しすることもできます。これからの人事企画担当者は、流行りで施策を考えるのではなく、時代のトレンドも読みながら、自社にとって最も効果的な施策が何かを検討するべきです。

今回ご紹介したように、一般的なエンゲージメントとワーク・エンゲージメントは別の概念となり、ワーク・エンゲージメントは個人の仕事に対する熱意、没頭、活力を測る学術的なものです。一方で「愛社精神」を測る概念として、学術的には「組織コミットメント」があります。次回は組織コミットメントについて解説します。
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