企業の人事制度の中でも、人事担当者が最も頭を悩ませているのが「評価制度」ではないでしょうか。どんなに公平な評価をしようとしても、仕事内容や上司の感性によって、評価は微妙に変わってしまいます。一方で納得感のある評価をしなければ、部下は最悪、会社を辞めてしまうことすらあるでしょう。また、多くの企業では評価と報酬が結びついているため、上司の評価が部下の年収を大きく左右します。さらに、評価によって昇進や昇降格が決まる企業もあります。つまり、評価制度の運用は、人の人生をも左右しうるのです。評価制度とはどうあるべきなのでしょうか。今回は「評価制度のウラ側」について解説します。
人事が語る人事評価のウラ側:評価は○○で決まる【54】

「最高の評価」が出ない謎

あなたがもし会社員なら、評価に納得できず不満を抱えたことが一度はあるのではないでしょうか。私たち人事が会社でよく耳にするものは3つ、多くの人が「なぜあの人の評価はよくて自分はダメなのか」、「こんなに頑張ったのに評価されない」、「評価の根拠がわからない」といった不満を口にしています。どんなに優秀な人でも、評価制度における自分の評価を予測することが困難な場合もあります。評価制度は、社員にとって会社の中で最も謎で、ブラックボックスに包まれた存在と言えるでしょう。

なぜ、こんなにも評価制度は「謎」なのでしょうか。会社や人事は何を考えて評価制度をつくり、運用しているのでしょうか。

産労総合研究所が、2016年に上場企業を含む180社に対して行った調査によれば、日本の企業で評価制度があるのは95%となっており、そのほとんどで運用されていることが分かりました。4割の企業が1年単位で、残り6割が半年単位での評価を採用。1年単位の評価は、実は少数派であるようです。また、約半数が5段階評価を採用しており、次に多いのが7段階評価でした。

5段階以上の評価を採用している企業が、半数以上であることは頷けます。なぜなら、最高評価が簡単に出てしまう評価制度では「賃金調整」が難しいからです。3段階評価では必ず誰かが3段階評価の「3」という高い評価を手にします。高い評価をあげてしまうと、企業側としてはその分、高い給料を支払わなければなりません。3段階評価では、ほとんどの社員が真ん中の「2」に収まるでしょう。よほど儲かっている企業か成長している企業でなければ、3段階評価は難しいのです。

また、簡単に高い評価が出てしまうと、社員の向上意欲をそいでしまいます。そのため5段階や7段階評価を採用して「最も高い評価」は滅多につかない仕組みにした方が、色々と企業にとって都合がよいのです。

評価は「出来レース」なのか?

私自身も、以前所属していた会社で「7段階評価の上から2番目」の評価をとったことがあります。その際、上司からは「会社では10年ぶりの高評価。最高評価は出ない仕組みになっているから、実質的に上から2番目の評価が最高評価だよ」と伝えられました。嬉しかった半面、「最高評価は永遠に出ないのか……」と複雑な気持ちになったことを今でも覚えています。

また、翌年には「君は昨年、ほぼ最高評価をとったから今年は我慢してね」と、真ん中の評価がつけられました。当時、私が所属していた会社は部署単位の相対評価を運用しており、誰か高評価をとると、必ず誰かが低評価をとる仕組みになっていました。そのため、異動者や退職予定者は「評価の調整弁」として、必ず低い評価が出るのが慣例でした。

このように、日本企業では長い間、評価は5段階以上の相対評価が主流となっています。前回までにご紹介したように、人件費の配分額が毎年決められているため、大きな賃金上昇が起こらないようにしながら、うまく給与原資を配分するには、何かと理由をつけて調整できる「柔軟な評価制度」が不可欠なのです。企業によっては職場ごとに「最高評価を出してもよい人数」が定められており、各職場は人件費予算をオーバーしないように、人事のガイドラインに沿って評価をしなければなりません。そのため、今年はAさんが高い評価、来年はBさんが……と、順番に高い評価をつけようと苦肉の策を講じる上司もいます。

つまり、あなたがどんなに頑張っても評価されないのは、ほとんどあなたのせいではありません。企業の評価制度の仕組み上、全員を高評価にできないのです。もちろん、絶対評価を採用する企業もあります。そうした企業では、あなたの評価は高くなる可能性があるでしょう。ただし、あなたの「頑張り」と「評価」は必ずしも連動するとは言えません。評価制度は社員のモチベーションを高める仕組みであると同時に、賃金水準をコントロールするツールでもあるからです。

「一人ひとりの能力を活かす時代」に評価はどうあるべきか

本来であれば評価制度は、従業員のモチベーションを高め、貢献に見合う報酬を与えるものであるべきでしょう。しかし、実際には賃金水準や昇進・昇格のコントロールツールとしても使われています。特に年功序列が強い会社では、どんなに社員が頑張っても、年長者から高く評価されて昇給していきます。人事は建前上「頑張って高い評価を得て出世しよう」と言いますが、実際にはほとんど人が中位の評価に収まることを知っています。

ところで、実は「年功序列」は最も公平な制度と言えます。能力や実績に関わらず、年を取るだけで誰もが公平に昇給できる優れた仕組みだからです。人は誰もが年を取るため、「年齢」という客観的にわかりやすい指標に応じて一定の賃金を手にできるのは、「能力」や「業績貢献」といった上司によって判断が分かれる評価方法よりも合理的であると言えます。

しかし、こうした能力や業績に対応しない評価方法や、賃金調整ツールとしての評価制度は、徐々に制度疲労を起こしはじめています。転職が当たり前になりつつある現代社会では、評価に納得できなければ、優秀な人材は会社を辞めていきます。こうした時代に、評価制度はどうあるべきなのでしょうか。

最近は、評価制度によって会社全体の業績を向上させる「パフォーマンスマネジメント」という考え方や、評価を廃止する「ノーレーティング」といった考え方が生まれています。

パフォーマンスマネジメントの代表的な制度が「OKR」です。OKRは、「会社の戦略」と「目標への貢献度」を部署・個人単位に分解して評価する方法です。Googleが採用したことで有名になりました。日本では、GoogleのようなIT系のベンチャー企業だけではなく、花王などの大手企業も取り入れ始めています。

また、ノーレーティングは評価を廃止し、部署のマネージャーに人件費の配分権を与える方法です。マネージャーは、部署業績の貢献度に応じて、独自に部下の昇給を判断できます。「直属の上司が最も部下を正当に評価できる」という前提に立った考え方です。

このように、かつては年功序列で画一的な評価制度だった日本でも、転職市場の活性化や働き方の多様化により、大手企業を中心に評価制度の改革が進んでいます。

ジョブ型雇用や転職市場の活性化など「個人の能力」が注目される現代社会では、一人ひとりの能力を「会社や社会への貢献」と結びつけて正当に評価できる仕組みでなければ、企業は優秀な人材を確保できず、存続することすら危ぶまれるのです。これからの時代の評価制度は、従来の賃金調整ツールではなく、本当に人を活かす仕組みにならなければなりません。
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