新型コロナウイルス感染拡大の影響で一気に導入が進んだテレワークは、働く人に多くのメリットをもたらしたが、一方で長時間労働の懸念やコミュニケーションの問題など課題も残している。

そこで鍵となるのが、テクノロジーの活用と仕事の見える化だ。慶應義塾大学大学院教授の鶴光太郎氏は、「従業員一人ひとりの状態を見える化することは、労務管理やコミュニケーションの面だけでなく、人材育成にも役立つ」と話す。果たしてその真意とは何か。そしてテレワークを成功させるためには何が必要なのか。鶴教授にお話を伺った。

プロフィール


  • 鶴 光太郎 氏プロフィール

    鶴 光太郎 氏

    慶應義塾大学大学院 商学研究科教授
    1960年東京生まれ。84 年東京大学理学部数学科卒業。
    オックスフォード大学 D.Phil.( 経済学博士)。
    経済企画庁調査局内国調査第一課課長補佐、OECD経済局エコノミスト、日本銀行金融研究所研究員、経済産業研究所上席研究員を経て、2012年より現職。
    経済産業研究所プログラムディレクターを兼務。
    内閣府規制改革会議委員(雇用ワーキンググループ座長)(2013~16 年)など
    を歴任。
    主な著書に、『人材覚醒経済』、日本経済新聞出版社、2016(第60回日経・経済
    図書文化賞、第40回労働関係図書優秀賞、平成29年度慶應義塾大学義塾賞受賞)

鶴教授1

働き方改革を阻む問題点とは?

――今や多くの企業が働き方改革に向けた取り組みを推進していますが、一方でなかなか成果の出ていない企業も少なくありません。働き方改革が進まない要因や問題点はどこにあるのでしょうか?

鶴氏
 働き方改革というと、長時間労働の抑制や非正規雇用の処遇改善などをイメージする方も多いのではないでしょうか。もちろんそれらも重要な課題であることは間違いないのですが、もう一つ働き方改革には重要な目的があります。

それは従業員一人ひとりが多様で柔軟な働き方を自由に選択できるようにすることです。残念ながらその点を十分に理解されないまま、言葉だけが独り歩きしている印象を私は感じています。

働き方改革によって、従業員が肉体的にも精神的にも社会的にも良好な状態となり、同時に企業の生産性も向上する。こうした働き方改革の在り方をきちんと認識できているか否かが、大きな問題点ではないかと思います。

――働き方改革の切り札として、近年政府がテレワークの取り組みを強化してきました。そうした中、新型コロナの感染拡大によってテレワークの導入が加速度的に進みましたが、ここでもうまくいっている企業とそうでない企業で明暗が分かれているようですね。

鶴氏
 コロナによって、まさに強制的にテレワークを導入せざるを得ない状況になったわけですが、おっしゃる通り非常に明暗がはっきりしています。その違いは何かというと、テレワークがうまくいっている企業に共通しているのは、以前からその重要性を理解していて、必要な制度や物理的・技術的なインフラをしっかりと整備していた点にあると思います。

一方で、テレワークにネガティブな印象を持っており、制度づくりやデジタル化などの準備を怠っていた企業は、急な環境変化に対応できず、生産性が下がっている傾向にあるようです。
鶴教授2

仕事の見える化がテレワーク成功の鍵に

――テレワークに関しては、長時間労働の懸念や労務管理の必要性などが課題として挙げられますが、その点はどのようにお考えでしょうか?

鶴氏
 長時間労働を防止するためには、企業が従業員一人ひとりの状況をしっかりと把握し、管理することが求められます。

その際に鍵となるのが、テクノロジーの活用です。昨今テクノロジーの進化により、さまざまなITツールを手軽に導入できるようになってきていますが、こうした仕組みを効果的に活用することで、働きすぎ防止や労働時間の把握に役立てることができます。

――従業員同士のコミュニケーションや信頼関係構築の面でも、テレワークによる弊害があるのではないかという声が聞かれますが、その点についてはいかがですか?

鶴氏
 すでに私たちは、メールのやりとりなどでデジタル化された情報を交換することには慣れていますが、それでもやはり対面でないとできないこと、伝えられないことがあると、どこかで信じてきました。

しかし本当にそうでしょうか。コロナをきっかけに、オンラインツールを使ってWeb会議などをする機会が増えましたが、リモートでも議論や情報交換は十分できるし、相手の表情や雰囲気を推し量ることもできると、多くの方が気がついたと思います。

つまり、対面でなければ伝わらないことがある、コミュニケーションを取るのが難しいと信じていたことは、実は誤解だったというわけです。もちろんそうは言っても、リモートだとちょっとした質問がしにくいとか、雑談ができないといったことはあります。ただそういった課題も、例えば特定の曜日・時間にオンラインツールなどを使って雑談会や質問会を開くなど、さまざまな工夫をして解決している企業もあるようです。

そしてもう一つ、信頼関係の部分ですが、ここで一番大きな問題として言われるのが、お互いに顔が見えないので不安になるということ。つまり部下は、上司にサボっていると思われているのではないか、上司は、部下がサボっているのではないかと、お互いに疑心暗鬼になっているのです。

しかしこの点も、仕事の見える化やプロセスの見える化ができるツールを使えば、上司と部下、あるいは同僚同士でお互いの状況を確認できるようになり、リモートによる不安感を払しょくできると思います。

ここまでテレワークにおけるさまざまな課題について話してきましたが、いずれにせよポイントとなるのは、見える化です。そして、見える化することに従業員一人ひとりが自らの意思でコミットしていくことが重要だと思います。そのためには、単に「監視」するのではなく、従業員の「自立支援」を目的としたテクノロジーの活用や仕組みづくりが必要不可欠となるでしょう。
鶴教授3

テレワークは自律・自立的な人材を生み出す

――テレワークによる新しい働き方が浸透すると、企業にはどのようなメリットがもたらされるのでしょうか?

鶴氏
 テレワークは人材育成の面でも大きな意義があると私は感じています。先進的な取り組みを行っている企業や持続的な成長をしている企業の話を伺っていると、共通点として、“イノベーション”というキーワードを耳にすることが多く、また実際にイノベーションを起こしている企業が増えています。




この後、下記のトピックが続きます。
続きは、記事をダウンロードしてご覧ください。
●テレワークは自律・自立的な人材を生み出す
●一人ひとりの意識を変えることが変革への第一歩に
●コロナ収束後の新しい働き方の定着について

  • 1

この記事にリアクションをお願いします!