「オンボーディング」とは、採用した従業員を対象として行う教育プログラムを指す。従業員が取り組む業務の進め方やそれに必要な知識をはじめ、自社独自のカルチャーやルールを身につけてもらうために行う教育プログラムも含まれる。本記事では、従業員エンゲージメントの向上やリテンションマネジメントにも役立つオンボーディングとは何か、その内容と合わせて各社の事例を紹介する。
サイボウズやメルカリなど気になる「オンボーディング」の企業事例、施策を一挙紹介

「オンボーディング」の定義やメリットとは

「オンボーディング」とは、企業が新たに採用した従業員を対象に行う教育プログラムのことだ。オンボーディングは、乗船していることを意味する「on-board」が語源となっている。新たな乗組員が現場に慣れるようにサポートするという意味を持つ言葉が、人事用語にも用いられるようになり今に至る。

人事におけるオンボーディングは、新規に採用した従業員が自社に素早くなじめるよう、業務の取り組み方や企業カルチャーを、研修等を通して伝えていく。オンボーディングを行うことで、従業員エンゲージメントの向上や離職率の低下などの効果が得られる。

●「オンボーディング」が注目されている背景

「オンボーディング」に注目が集まっている背景には、新入社員の早期離職や定着率の低さがある。

厚生労働省が公表している「新規学卒者の離職状況」を見ると、就職後3年以内の離職率、特に大卒の1年以内の離職率は11%前後で推移している。3年以内の離職率は30%前後で推移しており、10人採用すると3人は3年以上に退職してしまう計算となる。せっかくコストをかけて採用しても、定着しないのでは大きな損失となってしまう。戦力としてこれから活躍する入社後3年以内の従業員が流出する事態は避けたい。

そこでオンボーディングが注目を集めるようになったのだ。人間関係や企業文化がマッチしない、業務をなかなか覚えられないなどの理由での離職をオンボーディングで防げるようになる。

●「オンボーディング」で得られるメリット

「オンボーディング」の実施によって、企業は次のようなメリットを得られる。

・従業員の離職防止
従業員が離職する原因として、人間関係や業務内容への不満等が挙げられる。新たに会社に入った従業員は、業務を覚えるだけでなく、良好な人間関係を築き上げる努力も必要だ。

これら離職の原因を、オンボーディングの実施によって取り払える可能性がある。独自の企業文化や企業風土を早期に理解し、オンボーディングを通して業務をスムーズにこなせるようになれば従業員の不安や不満の多くを取り払えるだろう。

・従業員の即戦力化
従業員が一人で業務を覚えようとしてもなかなか進まない。近年では人材不足から先輩社員や管理職が新規採用者に対して手厚く対応することが難しく、わからないことを聞きづらい環境が構築されやすい。「オンボーディング」で業務オペレーションを覚えさせることができれば、早期戦力化も可能となる。

・採用コストの削減
離職率の低下は採用コストの削減につながる。離職者が多ければそれだけ新たに従業員を募集しなければならないが、人材不足の今、新たな従業員を募集するのにかかるコストは大きなものとなる。「オンボーディング」は、採用にかかる費用を抑える効果も期待できる。

・従業員エンゲージメントの向上
従業員エンゲージメントとは、従業員が企業に対して抱く愛着や思い入れのことだ。従業員エンゲージメントが高い従業員が増えると、社内が活発化するとともに離職も防げるようになる。

「オンボーディング」を実施することで、従業員同士が互いに助け合う関係性が構築されやすくなり、同期や上司との関係が円滑化されるだろう。また。企業カルチャーの理解、ビジョンへの共感から企業に対する愛着がより深まる効果も期待できる。

代表的な「オンボーディング」の企業事例を紹介

ここからは、企業が実際に行っている「オンボーディング」の事例を紹介する。他企業がどのようにしてオンボーディングを実施しているのか、その内容について詳しく見ていこう。

(1)サイボウズ

急成長を遂げるサイボウズでは、従業員数が急増したことにより人材の能力や経験の有無、性格にバラつきが見られるようになった。そこでサイボウズでは「オンボーディング」を導入し、IT未経験者でも業務内容や組織のルール、文化を教えるようになったという。

入社後の3ヵ月間だけ受講できるオンボーディング研修では、研修チームが決めたプログラムを入社したばかりの従業員が受講できる。これはすべての新入社員に対して行われる。まずは製品と組織に関する理解を深める研修を、次に提案パターンを習得するための商談実習を、最後には周辺ビジネスへの理解を深めるための座学や研修課題の発表等が行われる。

さらにサイボウズでは、継続的に学べる制度を用意している。全社員が自由に参加できる「サイボウズアカデミア」という多種多様な学びを得られる制度もある。「100人の社員がいれば、100通りの学びの機会」が与えられているのも特徴だ。

新入社員だけでなく、多くの従業員に学びの機会を与えることで、従業員自身のスキルアップだけでなく社員間コミュニケーションの活発化にもつながるだろう。

(2)富士通

ITテクノロジーの進化によって、IT関連企業に勤める人材にはさまざまなスキルが求められている。大手企業の富士通では、新たな人材を即戦力化するため、またチーム内の関係性の円滑化、定着率の向上を目指して「オンボーディング」を実施している。

かつてキャリア採用で入社した社員を対象にしたアンケートから、「入社当初、組織にスムーズになじめなかった」という回答が複数あったという同社。この結果をうけ、経営層も「オンボーディング」強化の必要性を理解し、施策がスタートした。

中途入社した社員の早期の活躍や定着を目指し、同社は2019年より入社後90日間のフォロー体制を構築。入社間もない社員一人ひとりに専任のアドバイザーがつき、入社時のオリエンテーションだけでなく、現場に配属した後も個々に合わせたサポートを実施している。

さらにDX(デジタルトランスフォーメーション)のニーズが高まる中で、「守りから攻めに転じる」経営戦略を実行するためには社員の意識改革が不可欠と考え、人事制度の改革とともにオンボーディングを強化した。新たな人材を個別にサポートするだけでなく、人材同士の交流や経営層との交流の場も設けているという。

(3)メルカリ

ビジネスを拡大し続けているメルカリは、新たな人材に対してITシステムを駆使した「オンボーディング」を実施している。オンボーディングに必要な情報をオンボーディングポータルに集約し、新入社員が欲しい情報にいつでもアクセスできる状態にしているという。

また、オンボーディングの達成度合いを測るため、技術領域ごとに各自のKPIを設け、サーベイで進捗確認も行っている。オンボーディングの状況を感覚ではなくデータで可視化することで、個々人に適切なサポートを届けられるようにしているのだ。

その他にも、メンターの配置やランチの実施、オリエンテーションを通して社内の人間関係の円滑化も図っている。「いつでも気軽に疑問を解消できる環境」を作りながら、新入社員が確実に成長できる環境をしっかりと構築しているのがメルカリの特徴といえるだろう。

最近では、オンラインを用いたリモートオンボーディングも実施している。これにより、海外に在住するメンバーもオンボーディングに参加できる。リモートオンボーディングでは、毎週1対1で新入社員の話を聞く時間を設けたり、行うべきタスクの整理を行ったりしているという。

出社できない環境にいる社員も、これによって心理的安全性が保たれ、会社との結びつきを深められる。メンターとのランチもリモートで行い、社内の人間関係の円滑化にも役立っている様子だ。

(4)LINE

LINEでは、独自のツールを用いて「オンボーディング」を行っている。同社が提供するコミュニケーションツール「LINE」を通して、わからないことを他の社員に気軽に聞ける「LINE CARE」という社内サービスを運用しているという。

このサービス内では、新入社員はさまざまな疑問や困りごとを先輩社員に投げかけていく。例えば「パソコンの調子が悪いです」「社内に傷薬はありますか?」など軽い内容の質問でも先輩が丁寧に答えてくれる。

LINEは日常的に使うツールのため、入社してすぐでもLINEによるコミュニケーションは違和感なく行える新入社員が多いだろう。自社のツールを使ってオンボーディングを行えるのは、IT企業の強みといえる。

また、デバイスを通してだけでなくリアルにも相談できる「LINE CARE」用のサービスカウンターが設置されている点にも注目したい。ここには先輩社員が常駐しており、いつでも困りごとを相談できるようになっている。

研修だけでなく、LINEのように「困りごとを徹底的にサポートする体制」を構築する方法でオンボーディングを実施している企業もある。

(5)博報堂

博報堂は独自の「オンボーディング」施策を実施している。博報堂では、2016年頃から中途入社の採用が急増したのにも関わらず、現場の忙しさから新入社員の教育に力を入れられない状態で「定着不全」が起こっていたという。

そこでオンボーディングを導入し、社員の定着に力を入れ始めた。実際には毎月の懇親会を開催し、企業文化の理解を深めるための研修も行うようになった。また、同様に中途入社した先輩からアドバイスを受けられる場も設けている。

さらには、独自のプログラム「On Board School」を実施している。入社から3ヵ月間、各週の金曜日に行われるもので、業務に関する知識を身につけるほか、同期とのつながりを深めるために定期的に同じメンバーが集まる場を設けている。また、他の職種のメンバーへの理解を促進するために、他職種の同期とのコミュニケーションの活性化にも努めているという。

「コアスキルプログラム」と名付けられた独自の施策では、博報堂とグループの従業員が、職種に関係なく身につけておくべきスキルを体系的に身につけられるよう珍しい取り組みを行っている。

例えば、数十枚からの写真を見て、その写真の本質を言語化しタイトルをつけるといったような研修をおこなう。多種多様なCMを見て、そのCMのコアとなるものは何か、どのような部分が人の心を動かしているのかを学び、自分たちでプロモーションを組み立てるというような研修も行っている。

オンボーディングを実施するうえで、社内の現状や業種にマッチした独自の施策を行うことが重要だと分かる事例だ。
「オンボーディング」は、従業員の定着率の向上やエンゲージメントの向上に役立つ。各企業がオンボーディングを実施する際には、「なぜ行うのか」を明確にする必要がある。また、自社独自の技術や文化も言語化し、初めてそれらに触れる人材にも分かりやすく伝えられるよう努める必要があるだろう。

各社の事例を見てわかる通り、オンボーディング施策の内容や目的は企業によって異なる。LINEのように自社のサービスを用いて行うことで、自社の製品をより身近に感じたり理解したりする効果も期待できる。他社の事例を参考にしつつ、自社なりのオンボーディングを追求してみてはいかがだろうか。
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