「ピープルアナリティクス」とは、「HRアナリティクス」や「タレントアナリティクス」とも呼ばれ、従業員に関わる様々なデータを集めた分析結果を活用して、組織が抱える課題を見える化し、解決へと導くアクションを見つけるための手法を指す。従来の人事担当者による勘や経験ではなく、AIやビッグデータといったテクノロジーを用いることで、効率性かつ納得性のある人材施策を実施できる観点から、世界的に注目を集めている。近年、日本でも大手企業を中心に取り組み企業が増えてきている状況だ。本記事では、「ピープルアナリティクス」の定義から解説し、メリットや企業事例などを紹介していく。
ピープルアナリティクス

「ピープルアナリティクス」とは? 定義や重要性を紹介

「ピープルアナリティクス」とは、人事に関する情報や数字を収集、分析し、客観的なデータを用いて、採用や教育、評価など一連の人事業務の意思決定に活用することを指す。米国グーグル社も「ピープルアナリティクス」について、「グーグルではデータと分析に基づいて、全ての人事に関する意思決定が行われるべき」とデータ活用に関する意思決定の重要性について語っており、世界規模で需要が高まっている。

●企業にとって、なぜ「ピープルアナリティクス」が重要なのか

これまでの人事の業務を振り返ると、担当者の経験や勘が重視され、それをもとに様々な意思決定をしたり、行動を取ったりしてきた。採用の現場であれば、面接官の直感で候補者を絞り込んでいる場面が想像しやすい。

経験や勘を頼りにして採用に成功することもあるかもしれないが、面接官の主観だけではミスマッチを起こす確率は高い。また、直感だけでは、社内の昇格や評価といった重要な意思決定の際に、従業員の納得は得られないだろう。

「ピープルアナリティクス」はそうしたことを防ぎ、データ分析をすることで客観的な材料をもとにした判断ができる。意思決定時の透明性や公平性を担保するうえで、重要な役割を果たす。

●「ピープルアナリティクス」は、なぜ注目されるようになったか

そもそも「ピープルアナリティクス」は、海外で注目され始め、グーグルの取り組みによって、世界的に広まったといっていい。日本においては、ようやく大手企業を中心に取り組みが行われ始めている。データを活用することで、新たな事実がわかり、業務効率化や生産性向上につながる人事施策に活用する企業が増えてきている状況だ。

●そもそもどのようなデータを活用するのか

分析する際に必要なデータとして、どのようなものがあるのだろうか。ここでは大きく4つに分けて紹介する。

・人材データ
年齢や性別、所属部署、職位、給与といった「ピープルアナリティクス」において基本的なデータとなる。そのほか、勤怠や評価歴、保有スキル、特性なども課題によっては分析することがある。

・デジタルデータ
例えば、社用PCの利用状況やインターネットの閲覧履歴、電子メールの送受信先や時間帯、電話の通歴履歴などが挙げられる。活用先としては、ある従業員が頻繁にやりとりしている相手と、発揮されるパフォーマンスの相関などを測るために収集することがある。

・オフィスデータ
会社の設備がどのように利用、活用されているか分析することによって、従業員の行動やコミュニケーションを間接的に把握することができる。時間帯や季節ごとのオフィス設備の使用頻度や、会議室・休憩室のほか複合機の利用状況を収集できる。

・行動データ
従業員がどのような行動を取っているか把握できるデータを指す。カレンダー機能を活用して、自席にいる時間や会議の時間の測定が可能。また、社用携帯の位置情報から、外出時間や外出先を収集できる。


「ピープルアナリティクス」は、企業側や従業員側にどのようなメリットがある?

「ピープルアナリティクス」は、企業側、従業員側それぞれにどのようなメリットをもたらすのだろうか。

●企業側

意思決定の際に大きなメリットがある「ピープルアナリティクス」。基本的にデータをもとに判断するため、社員間における共通の認識が得られやすい。納得した意思決定を行え、意思決定した際の説明も根拠立てながら従業員に説明することができる。また、生産性においても利点がある。例えば、部署の意思決定者が異動、もしくは退職したとしてもデータがあることで後任の判断基準がぶれない。そのため、組織が混乱せずに済み、無駄な業務が発生することはない。さらに、主観の判断によって議論が行ったり来たりして時間が長引いていた会議の時間を短縮でき、生産性を高めることができる。

●従業員側

従業員側にとっては、意思決定の際にデータをもとに根拠のある説明を受けられるため、モヤモヤせず、納得感を持って日頃の業務に取り組める。また、上司が変わった際や自分が異動した場合でも、データをもとにしたマネジメントによって、すぐに上司と意思疎通を図ることができる。新たな上司や組織のもとでも、スムーズに仕事がしやすくなるだろう。

どのような活用方法が「ピープルアナリティクス」にはあるのか

ここでは実際の人事業務において、どのような活用方法が「ピープルアナリティクス」にはあるのか紹介したい。

●在籍中の従業員の分析

効率的な採用活動に向けて、実際に自社で勤務している従業員の属性情報をもとに、どのような構成データになっているかを把握できる活用法がある。年齢や男女、勤務年数の比率、学歴構成、専門性、保有しているスキル・資格、入社までの経緯・動機、面接時の印象など、人に関する情報を様々な切り口で分析することができる。また、これらの情報と入社後のパフォーマンスや評価、退職者情報を照らし合わせることで、採用活動の質向上に大いに役立つ。

●採用活動の際の意思決定

前述した分析によって、どのような人物を採用していくか、具体的な検討がしやすくなる。「社内の弱点になっているスキルを補うのか」、「自社の強みを伸ばせる即戦力の人材が必要なのか」、「組織に新しい風を吹かせるような若手を採用するのか」、採用に向けて、人物像がより明確になっていく。

また、選考途中では、「入社後に活躍できそうかどうか」、「早期の退職リスクがあるか」、データを用いることで予測もできる。採用活動に本格的に入る前と選考途中で、データを上手く扱えば、組織全体の業務効率を上げられ、退職リスクも軽減できるのだ。

●配属先や教育の仕方

採用した従業員の配属先や教育方法にも活用することができる。専門性やスキル・資格をもとにしながら性格適性検査のデータを組み合わせることで、実際に働いている従業員との相性が把握でき、配属先の参考になるだろう。入社前の配属に限らず、異動の際にも効果的だ。

また、新入社員の教育方法についても、「自主的に学習ができるタイプか」、「比較的フォローが必要なタイプか」、データをもとに、その従業員の特性に合わせた指導が行える。

●退職リスクの軽減

過去の退職者のデータを分析することで、ある部署に配属されると離職率が高まるといった傾向を把握することができる。離職率が高い部署に配属せざるをえないケースが発生した場合、例えば配属の際に上司や同僚と十分なコミュニケーションを取ったり、配属後に定期的なフォローをしたりなど、何らかの策を立てることで、退職リスクを軽減していけるだろう。近年、勤怠の状況や面談の内容を分析することによって、従業員の退職を予測するツールも登場している。マネジメントする人数が多い管理職ほど、ピープルアナリティクスは効果的といえそうだ。

「ピープルアナリティクス」を活用していくうえでのポイント3選

「ピープルアナリティクス」には、注意すべきポイントもある。ここでは大きく分けて3つ注意点を紹介したい。

(1)データの取り扱い方

「ピープルアナリティクス」の取り扱いには、かなり慎重になる必要があるだろう。外部のコンサルティング会社といった第三者にピープルアナリティクスを提供する際、個人情報を扱うため、気をつけなければならない。

会社内の人事関連情報を第三者に渡す際は、そのデータが個人情報にあたるかを確認し、個人を識別できる情報を除いた形で第三者に提供する可能性があるといった利用する目的を明示したうえで取得しているかが重要になってくる。

自社内で、ピープルアナリティクスを採用や異動、配属、評価に活用する際も、個人情報の利用目的の範囲内になっているかどうかをチェックしなければならない。データ活用時に、個人情報を取得した際、利用の目的が明らかにされていない場合は、当初の利用目的の範囲を超えるため、本人の同意が必要になってくる。

自分の企業の情報とはいえ、勝手に人事関連の情報をデータとして利用することは倫理的に問題があり、個人情報の取得・活用・取り扱いに関わる法令、ガイドラインに従うことは企業の義務にあたるため注意が必要だ。

(2)データの整理や客観的な視点

分析をする際に気をつけたいのが、データがきちんと整理されているか、客観的なデータであるかどうかだ。部署や職種ごとにそれぞれ同じようなデータを管理していたり、フォーマットが異なったりしていれば、データの信頼性に関わってくるだろう。整理されていなければデータの抜け漏れや、ある時期だけ抜けていることが起きるかもしれない。また、人が主観的に入力しているデータも要注意といえる。属人性の強いデータは、バイアスがかかっているかもしれないからだ。これらを防ぐためにも、データを一ヵ所に集めたり、属人的にならないようにデータの凡例や入力する際の基準を明確にしたりするなどの工夫をしよう。

(3)分析をする担当者のスキル

収集したデータを効果的に分析していくには、まず目的に対して明確化や言語化して把握する必要があり、データを収集するフェーズでどのようなデータを、どのような形式で集めていくかを設計していかなければならない。そのため、分析は担当者のスキルがかなり問われる。

データを解釈する手法や分析結果を妥当に判断できる能力は、経験によって培われるスキルであることを、企業は理解しなければならない。例えば、データ分析に関する研修を開催したり、外部からデータサイエンティストを採用したりすることで、より効果的にピープルアナリティクスを活用できるだろう。

気になる「ピープルアナリティクス」の企業事例を紹介

最後に、各企業の「ピープルアナリティクス」の活用事例を紹介したい。

●Google

Googleでは、「ピープルアナリティクス」を活用して、主に3つの取り組みを行っている。一つ目が採用面接における手法の効率化・高度化、二つ目は、マネージャーに求められる8つの要素の発見、三つ目は、チームの生産性を高めるための「心理的安全性」の発見だ。

●ソフトバンク

新卒採用の選考で、AIを活用してエントリーシートの選考の合否を判断する取り組みを行っている。従来の人事が担当していた業務を「AI」が代わりに担うことで、公平な選考が行え、約75%の工数削減を実現した。2020年からは、動画面接にAIを導入し、新卒採用の選考に関する業務の効率化も目指している。

●日立製作所

同社ではデータを活用することで、社内におけるハイパフォーマーの人材を様々な角度から分析し定量化することによって、将来のハイパフォーマー人材を増やす取り組みを実施している。また、ウェアラブルセンサーデバイスを用いて、従業員の行動データを測定し、ハピネス(幸福度)を測る取り組みも行っている。これは、組織マネジメントに活用する目的があり、ハピネスを高めることによって、従業員のパフォーマンスを高める狙いがある。
「ピープルアナリティクス」は、納得性のある意思決定ができ、効率的な人事施策を実施できる反面、取り扱いには注意を払わなければならない。データ分析の担当者は、個人情報を扱うため倫理感が求められるほか、客観的な視点や言語化など高い分析スキルも必要になってくる。ただデータを提示するだけでは企業や従業員の納得にはつながらず、意思決定もスムーズには進まない。例えば企業内でデータ分析の担当者を育成する場を設けてみたり、必要に応じて外部から新たな人材を採用したりすることが、「ピープルアナリティクス」を活用していくうえでのポイントになるだろう。
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