コラム・対談・講演録
第13話:「universal self」としての「私」こそ、宗教としての気づき
日本流グローバル化への挑戦
実家暮らしだった高校生まで、私は毎朝チーンとお鈴(りん)を鳴らし、手を合わせて「行ってきます」とつぶやいて家を出ていた。お盆にはお坊さんを招いて、家族全員でお経を唱えた。今でも帰省すると、まずはお線香をあげて手を合わせる。仏教に対して嫌悪感は一切ない。しかし、仏教を深く知ろうとは思わなかったし、今でも仏教徒という自己認識もない。手塚治虫の『ブッダ』は何度も読んだが、動機は仏教への興味というよりも、手塚治虫が描く世界観と、釈迦の生き方や歴史への興味だった。今回の宗教特集を通して、なぜ身近にあるはずの仏教に興味を持たなかったのか、理由がわかった。1つ目は「抽象的でわかりにくいから」。2つ目は「理解する必要がない」と思っていたからだ。