
まずは「ソーシャルスタイル理論」で相手のスタイルを理解する
職場の人間関係をめぐるトラブルの中でも、「ハラスメント」は年々深刻化しています。パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、そして、2026年秋頃から企業に対応が求められる予定のカスタマーハラスメント。どれも加害者に悪意があるとは限りません。当人にはそんなつもりはなく、受ける側がハラスメントに感じたという認識のずれから起きるケースも多いのです。このずれをなくすヒントとして、「ソーシャルスタイル理論」が活用できます。この理論は、自分と相手の行動傾向を把握し、それに応じたコミュニケーションを選ぶためのものです。
ソーシャルスタイル理論は、1960年代にアメリカで生み出され、ビジネス現場で広く活用されています。人の行動特性を2つの軸、「感情表現の軸」(感情をオープンに表現するか、コントロールするか)と「主張性の軸」(積極的に主張するか、協調的であるか)で分析し、4つのスタイルに分類する理論です。
結果重視で決断が早く、効率性を求める
(2)エクスプレッシブ(感情表現:高、主張性:高)
社交的で情熱的、創造性とつながりを重視する
(3)エミアブル(感情表現:高、主張性:低)
人間関係を重視し、安定性と協調性を大切にする
(4)アナリティカル(感情表現:低、主張性:低)
データと事実を重視し、慎重で論理的な判断を行う
ソーシャルスタイル理論の優れた点は、日常の言動から、スタイルが判別できるところです。まずは以下の特徴から、自分がこの4つのどれに近いかを考えてみましょう。
(1)ドライビング
「結論から言うと」、「要するに」などの表現をよく使う。身ぶり手ぶりは控えめ。会議では積極的に発言し、決断を迫る傾向あり。デスクは整理整頓されており、スケジュール帳やタスク管理ツールを効果的に活用。(2)エクスプレッシブ
表情が豊かで、身ぶり手ぶりは多め。「すごい!」など感情を率直に表現する。積極的に人とのコミュニケーションを取るタイプで、デスクには個人的なアイテムや写真がある。(3)エミアブル
穏やかで丁寧な話し方で、「〜かもしれません」「〜だと思うのですが」など、断定的でない表現を多く使う。会議では聞き役、対立を避ける傾向あり。「大丈夫ですか?」、「お疲れ様です」などの気遣いの言葉もよく使う。(4)アナリティカル
「データによると」、「正確には」など、ファクトベースで話す。批判的思考を持ち、問題点を指摘することも多い。感情の起伏は少なく、態度は控えめ、慎重派。デスクは整理され、必要な資料やツールが論理的に配置されている。自分を知り、相手を知ることがハラスメントを防ぐ
ご自身のスタイルがつかめたところで、スタイル別、ハラスメント別に注意点を確認しましょう。1)パワーハラスメント(パワハラ)
まずはパワハラについて。スタイル別に、やりがちなパワハラの例を見てみましょう。●エクスプレッシブ:勢いよく一方的に話しすぎて、相手の立場や気持ちを置き去りに
●エミアブル:周囲に配慮しすぎて状況を放置
●アナリティカル:論理性が高く、ミスに対して厳しい
次は、職場のメンバーや家族が、どのスタイルにあてはまりそうかを考えてみましょう。
感情表現度が低いドライビングやアナリティカルは、感情表現度が高いエクスプレッシブやエミアブルにとって、パワハラ的に捉えられやすい傾向があります。例えば、このような予防策が考えられます。
●アナリティカルのミスへの厳しい対応は相手を追いつめてしまいがちなため、「どうすればミスを防止できるか」を一緒に考えることを意識する。
2)セクシャルハラスメント(セクハラ)
次に、セクハラについてです。●エクスプレッシブ:明るくフレンドリーな反面、他者から見ると距離感が近すぎる場合も
●エミアブル:周囲に配慮するあまり、セクハラ発言を容認していると誤解されることも
●アナリティカル:人に関心が薄いためセクハラは起こしにくいが、無関心や事実追及による二次被害の拡大に注意
主張性が高いドライビングとエクスプレッシブは、自分の言動が、特にアナリティカルやエミアブルには増幅されて受け取られている可能性があると認識しましょう。特にお酒の席では、意識して言動を控えめにしたいものです。
3)カスタマーハラスメント(カスハラ)
最後に、カスハラの対応です。●エクスプレッシブ:感情的になり、顧客の理不尽に過剰反応してしまう
●エミアブル:顧客の気持ちを尊重しすぎて、理不尽な要求にも応じてしまいがち
●アナリティカル:顧客対応が理詰めとなり、顧客の怒りをあおることも
自分の注意点がわかったところで、スタイル別の特徴を顧客にもあてはめてみましょう。
顧客がエクスプレッシブやエミアブルで感情に寄り添ってほしいタイプなのか、それともドライビングやアナリティカルで合理的な説明を求めているタイプなのかによって、効果的な対応は変わります。
また、スタイルの異なる同僚と複数で顧客対応をするのも有効です。例えば、アナリティカルとエミアブルで対応すれば、冷静な説明と、相手への共感を両立できます。
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ハラスメントは、「悪意」よりも「無理解」から起こることが多いものです。自分の特徴を把握したうえで、相手がどう受け取るかを考え、伝え方を調整する。それが、安心できる人間関係を育む第一歩です。
「彼を知り己を知れば百戦あやうからず」、敵と味方の情勢をよく知って戦えば何度戦っても敗れることはない、というのは、兵法で有名な孫子の教えです。現代の職場に置き換えるなら、「自分のコミュニケーション傾向を知り、相手のスタイルも理解すること」。それが、誤解や衝突のない健全な関係づくりに繋がります。
人間関係は戦いではありませんが、相手を知り自分を知る努力は、いつの時代でも効果的な「予防策」です。
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