ここまで3回に渡り、Well-beingの概念と、ウェルビーイング経営とは何かをお話ししてきました。ポジティブ心理学の研究分野の知見では、Well-beingは一人ひとりのポジティブな感情や幸福感を高めればよいとなります。ですが、日本企業の経営や人事現場からは「興味はあっても、実現は難しい」という声が漏れ聞こえてきます。最終回は、ウェルビーイング経営を経営層と連携して推進するには、具体的にどうすればよいのかという観点で考えたいと思います。

“Well-being”やウェルビーイング経営に対する人事現場の反応は様々

外資系企業や感度の高い日本企業が、何らかの取り組みを進めている一方で、まだまだこれからという企業が大半でしょう。これからウェルビーイング経営に取り組むという企業は、「まず、どんなことに取り組めばいいのか?」というところがホンネでしょう。

実際、私自身も他社の人事担当者からそのような相談を持ちかけられることもあります。また、人事同士で“Well-being”の話題が出ても、「うちにはあまり関係ない」という雰囲気を醸し出す人もいます。このように、企業間でもかなり反応や対応が分かれているのが、現状です。

ただ、ウェルビーイング経営の推進は、今後当たり前になってくるのは確実です。最近は、アフターコロナを見据えた働き方の整備が各企業で始まり、社会からはESG投資やサステナビリティを巡る課題への対応がより求められるようになってきています。例えば、『ISO 30414』に対応した「人的資本の見える化」に取り組み、「エンゲージメント向上による経営の中長期的な安定」を目指すなどの動きも活発になってきています。

リモートワーク環境が普及した中で、より「働きがい」のある会社にするには、どうすればよいのか。この課題解決に向けて、すでに働き方改革を終えた日本のリーディングカンパニーでも、ワーケーションなどのさらなる高みを目指した取り組みが行われています。

しかし、大半の日本企業では、まだ時代変化についていけず、先述したように「ウェルビーイング経営と言われてもピンとこないし、何をすれば良いのか」となってしまうのが実情かもしれません。現場にいる誰もが人事担当者として、「いい会社をつくりたい」「従業員満足度(ES)の高い会社をつくりたい」と考えています。その実現のために、まずは「従来のやり方を少しずつアップデート」していく必要がありそうです。

企業がウェルビーイングを推進する上での課題とは?

人事部としては、ウェルビーイング経営に対しては総論賛成・各論反対というのが多くの企業の実態でしょう。どの人事担当者も「そりゃあ、一人ひとりが幸せに働けるいい会社にしたいよね」と言いつつも、実際には賃金を上げるのは難しいし、全員が仕事にやりがいをもって満足できる仕組みなんてできるわけがない、とも感じているのではないでしょうか。

人事部の実際の仕事を見ても、採用に追われ、研修に追われ、経営者の突然の指示に追われて、気づいたら1年が過ぎる、ということも多い状況です。大手企業では人事企画、研修企画、労務企画、ダイバーシティなどの業務がチーム単位で細分化されているため、総合的に「幸福度の高い会社」を実現する横断的な体制が整っていない場合もあります。経営者・人事担当役員・人事部長の皆の意識統一がされていないと、そもそも「ウェルビーイング経営」を推進することはできないのです。

また、現在の日本の人事部がウェルビーイング経営に対応していない「旧態依然な体制」であることも深刻な問題です。人事上の課題を解決しようとすれば、現在の人事部では制度の設計か、研修の企画くらいしか手段がありません。従来の日本の人事部が、メンバーシップ型雇用に基づいた長期雇用を前提としていたからです。

人事部は制度設計による課題解決を中心としてきたため、課題解決のサイクルも年単位になりがちです。いま目の前にあるトレンドに対応するには、かつてのダイバーシティブームの時のように課題解決専用の部署をつくるしかないのかもしれません。実際に、ウェルビーイング経営の推進は、人事部ではない部署がいい、と判断して経営企画部門や全社横断プロジェクトでの対応を決意する企業も出始めています。

ウェルビーイング経営を推進する上で立ちはだかる企業内部の課題は、「経営層の理解不足」と「旗振り役となる部署の不在」の2つであると言えます。

ウェルビーイングな組織を実現するうえで、踏まえておきたいこと

では、職場のウェルビーイングを高める上で、人事部は制度を推進・展開する担い手になり得るのでしょうか。既にウェルビーイング経営に取り組む企業では、人事部長や専任担当者のもと、実際にウェルビーイングの推進に取り組んでいます。

従業員一人ひとりの生活事情に合わせて、いつでもどこでも働ける制度を導入する企業もあれば、専任担当者のもと、個人がキャリアアップできるように、個別のスキルに対応したスキルアッププログラムを設計している企業もあります。

こうした先行企業の特徴として、従来の人事制度の枠にとらわれずに、従業員が本当に求めていることに対して真摯に取り組んでいるということがあります。また、役員の全面的協力を得ながら、担当者に権限が移譲されているのも特筆すべき点です。従来の枠にとらわれず、「自由にやっていい」と役員から担当者に言われている企業ではウェルビーイング経営に対しても柔軟な取り組みが行われています。

リモートワークを中心としながら通勤圏を限定せず、必要であれば飛行機や新幹線を利用して会社に出社することができる制度を整えている企業もあれば、ワーケーションに対して交通費や宿泊費用を出す企業も増えています。こうした新しい制度は、従来の終身雇用制を前提とした人事部の考え方からは生まれないかもしれません。なぜこのような取り組みを行うのかというと、優秀な人材をなるべく集め、そしてそういう人材に長く会社にとどまってほしいからです。

つまり、ウェルビーイング経営を推進する目的は、人材の流動性が高まる現代社会へ対応し、よりよい人材を惹きつけ、中長期的に業績を上げていくためなのです。そして、目的を果たすためには、「経営者」と「人事部」が共通認識を持ち、密に連携していくことが重要です。

よりよい会社をつくることで、よい人材が集まり、業績も向上する。ウェルビーイング経営はあくまでもそのための手段です。残念ながら、短期的な売上や利益ばかりをみて、そんな当たり前のことがわかっていない企業が多く存在しています。

ウェルビーイング経営に取り組む前提として、優秀な人材を惹きつける会社づくりをしなければ、会社が存続できないことを今一度認識するべきです。客観的な視点で「自社が魅力ある会社なのか」を捉えていく必要があるでしょう。
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