「経営者が自分の想像する以上に会社が大きくなることはない」とよく言われますが、これは経営者に限らず、社員でも同じことが言えると思います。以前、あるイベントで一般社員向けのワークショップの講師としてお招き頂いたことがありました。テーマはビジョンを中心とした「管理部門の未来」。事務系の管理職を目指す実務担当者の方が主に参加してくださいました。ワークショップが進行していくにつれ、段々と未来よりも明日やるべきこと、そして今さっきまで会社でやっていた実務、といったように直近の話題が中心になっていきました。そして、「今日もこの会場に来る直前に、経費や請求書の管理が滅茶苦茶な社員がいて……」。「社員ならまだいいですよ。うちの会社の場合は、社長がそもそも期日通りに対応してくれないので、それを見ている社員が経理の言うことを聞いてくれるはずもなく困っています」。このような話でワークショップは盛り上がり、結局、「また明日から頑張りましょう」という結論で終わってしまいました。
日次業務の早期の引き継ぎが、新たなビジネスやアイデアを生み出す

日次業務を抱え続けると何が起きるのか

日次業務の早期の引き継ぎが、新たなビジネスやアイデアを生み出す
ワークショップ自体は参加者も主催者も盛り上がり満足して頂けたようでしたのでそれはそれでよかったのですが、また別のイベントで同じような内容とメンバー構成で開催したところ、やはり同じような結果になってしまいました。そして今度は管理職のメンバーを中心にしたワークショップを行ったところ、その時はビジョンの話で盛り上がりました。しかし、やはり一部の方は「とはいっても、うちの会社は私以外に決算処理ができるレベルの部下がいないので、まずは後進を育ててから……」と、今日現在の手持ちの仕事に関心が向かっていました。

私も会社員時代、自分の仕事をなかなか手放せない人間でした。引き継ぎの手間を考えると、つい自分でやってしまったほうが慣れているし、また落ち着いたころに業務マニュアルを作ろう、という考えでずるずると先延ばしにしていました。ただ、よく考えたら、暇な時はそう簡単に来ないですし、自分だけが仕事を抱えていると、自分の忍耐力や経験値ばかりが上がり、部下のスキルが向上する機会はないことに気づきました。「経験に勝る者なし」といいますが、経験を通して業務スキルを向上していく機会を私が奪っておきながら、「自分ばかりが日次作業も年次作業もやらなきゃいけない……」と一人でイライラしていたことに気づきました。

その後は、意識的に引き継ぎのための時間(業務マニュアルの作成など)を優先して作り、自分のところで仕事をせき止めずに、どんどん部下にお願いするようにしました。そして新たに自分が経験する仕事は、初めての作業時にその場で業務マニュアルも並行して作るようにしたのです。そうすることで、一度自分が経験した仕事は、いつでも引き継ぎができる状態にしておける習慣がつきました。私の仕事を引き継いだ部下も、それまでの自分の仕事を後輩などに引き継ぎ、部署全体のスキルレベルも上がっていきました。私は私で、日次業務の多くの部分を部下に引き継いでもらったおかげで、それまで日次単位の処理ばかり考えていた時間を、週単位、月単位、四半期単位、年単位でのビジョンを考える時間に充てることができるようになったのです。大きなビジョンを考えるには、まず自分の手元に細々とした仕事がないことが非常に重要だと気づきました。

なぜ早期の日次業務の引き継ぎが、組織の飛躍につながるのか

これは経営者にも同じことが言えるでしょう。経営者が一般社員と同じように日次業務を抱えていたら、会社の成長やビジョンについて考える時間は取ることができません。もし頭によぎったとしても、「とりあえず今日を乗り切らないと」という、極めて短期的、現状課題の解決レベルのビジョンに落ち着いてしまいます。特に生真面目な性格の人ほど手持ちに仕事があるとそちらに気をとられてしまうでしょう。ルーチン作業は部下に任せて、手ぶらの状態を常に作る努力をしていく。そうすることで、比例してビジョンのスケールも大きくなっていきます。

「自分は会社を大きくしていきたいのに、どうしてこれ以上会社が大きくならないのだろう」と悩んでいる経営者の方は、今、日常的にしている仕事が、もし50人、100人、1000人、1万人規模の会社だったら、それを引き続きできるのだろうかと考えてみてください。
経営者であれば、「自分の会社を何人まで大きくしたいのか」、社員であれば「自分は何人の部下を持つ人間になりたいのか」を想像してみましょう。実際にその立場になったら物理的にこなす時間を取れない日次業務は、今の時点からでもどんどん引き継いでみてはいかがでしょうか。そのようにして時間を作り、より大きなビジョンを考え、それを実現させるための学びや施策に能動的に取り組むことで、そのビジョンも実現していきます。

「これから会社も急成長させたいのに、仕事を部下に引き継げないから大きなビジョンを考える時間がない」と嘆いている経営者の方がいたとしたら、表向きはそう言っていても本心は「今の組織規模のまま、自分の息のかかったメンバーだけで安定経営していくのもいいかな」と頭の片隅で思われているのかもしれません。経営者が本気を出せばいくらでも日次業務は社員に引き継げます。伸びている会社の経営者は、常に自分が0から学ぶような新しいことに挑戦し、それをまた新たな収入源にしていくというルーチンをしているのです。その時間を確保するために、既存の日次的な業務は、自分が一度やって会得したらすぐ他の人に引き継いでいます。その繰り返しにより、組織の規模も大きくなっていきます。「自分を手ぶらにすることで、また新たな挑戦をしなければいけない状態に自分を追い込む」という発想も、組織や自分自身が飛躍していく方法の一つといえるでしょう。
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