前回(第22回「給与計算業務はどこまで自動化できるか」)に引き続き今回も給与計算業務についての内容となりますが、前回が自社内での業務を前提とした内容だったのに対し今回は社外への業務委託、つまり「給与アウトソーシング(以下、給与BPO)」についての内容となります。「給与BPO」が目新しいものではなくなった現在、人事の方であれば給与計算の外注について1度は考えられたことがあるのではないでしょうか。今回は、今更ながらではありますが、大変革時代のオペレーションの選択肢のひとつとして「給与BPO」を取り上げ、「導入メリットとデメリット」や「サービス業務範囲」などの基本的な情報から、「簡易的コストシミュレーション」、そして、「グローバル給与BPO」といった普段あまり語られることのない内容までご紹介します。
第23回:給与アウトソーシングの世界

なぜ「給与BPO」を検討するのか?

そもそも何を求めて「給与BPO」を導入するのでしょうか。メリットと同時にデメリットもありますが、代表的なものを以下に整理します。

図1:「給与BPO」導入のメリットとデメリット
第23回:給与アウトソーシングの世界
まずは、メリットから見ていきます。

●給与BPO導入のメリット
(1)コア業務への集中

企業のベストパフォーマンスを引き出すための人材配置に関連した「採用・育成・評価」のような本来の人事コア業務がある一方で、「給与・勤怠」といった労務管理もまた従業員をケアするための重要な業務です。この領域はさまざまな法要件が絡んできたり(法改正の頻度も高い)、個別の従業員とのやり取りも多く発生したりと、非常に労力が掛かる部分であり、ノウハウが属人化しやすい部分であります。

この労力が掛かる領域のうち、給与計算周辺の業務をある程度まとめて外部委託することで、コア業務に集中できることこそが「給与BPO」の第1のメリットとなります。

(2)コストの削減
給与に限らずあらゆるBPOサービスに最も求められるポイントです。給与業務のBPOに限っていえば、給与担当者や年末調整時の派遣スタッフなど「給与計算業務に関わる人件費」と、法改正や制度変更への対応といった「給与システムの運用保守費用」が主な削減コストとなります。

(3)業務継続性の確保
業務継続性に関する例として「給与担当者の後継者問題」をあげます。これは同じ人がずっと主担当として給与計算業務をしてきた場合に起こりがちで、その方が退職することになり慌てて給与BPOを検討しはじめるということが多々あります。

実際に起きた面白い例として、外資系の日本支社においてずっと給与計算を担当している方が定年退職したのですが、後任がすぐに見つからず、結局その方に給与BPO法人を立ち上げてもらって給与計算を委託している会社がありました。さらに、その方が高齢を理由にサービス提供の継続を辞めたがっており、別の給与BPOを探しているという話を受けたことがあります。

前述したように、給与業務は守備範囲が広くノウハウが属人化しやすいため、長年業務を支えてきた人の退職をきっかけにしてBPOに切り替えることは、「業務継続性」の確保の有効な手段です。

次にデメリットを見てみます。

●給与BPO導入のデメリット
(1)一定の業務が社内に残る

大きな業務としては、入社や退職、支給控除金額の変動などの「変動データの提供」と「給与計算結果チェック」が残ることが多いです。

データ登録の方法についてはおおむね以下のいずれかになります。

・ベンダー指定のフォーマットに毎月の給与に関わる異動データを作成
・ベンダー提供のクラウドシステムから人事(または従業員自身)がデータ登録
・クライアントが持っている人事システムよりデータを出力して提供


ベンダーへのデータ提供にはさまざまな方法がありますが、共通しているのは「データの品質担保が基本的にクライアント側の責任である」ということです。ベンダーの計算ミスを誘発しないようなわかりやすいデータ提供をするために、自社運用をしていた時よりもデータ作成に苦労している本末転倒な例もあります。

給与計算結果の一次的なチェックについてはベンダー側でもおこなってくれますが、最終承認はクライアント側になります。これは、「ベンダー側ではクライアントの提供データが正しいと信じて計算処理をしたが、そのデータ内容自体が本当に正しいのかまでは判断がつかないため、計算結果の最終的責任はクライアントにある」という意味になります。

過去の顧客の中には、給与BPOにサービスを依頼しているのに、裏で自社の給与システムに同じデータを入れて検算をしている、という笑えない話もありました。このあたりの役割が双方にまたがる業務では、特にデータ内容に関する認識齟齬を原因とする計算ミスが頻発していくと、クライアントの不満が溜まっていく原因となります。

(2)ノウハウの空洞化
給与業務をBPOに出すことにより、部分的な関与しかなくなるので、計算結果の詳細についてはベンダーに問い合わせないとわからない、といった事態が起こります。また、意識的にアンテナを張っていないと法改正に疎くなりがちです。

まずは、上記であげたような、給与BPOサービスの導入による自社への影響をご理解下さい。

給与BPOのサービスメニューとサービス範囲の例

では、給与BPOとはいったいどのようなサービスをしてくれるのでしょうか。給与BPOで対応できる給与計算周辺業務はさまざまで、BPOベンダーによってかなりの幅があります。

以下は給与BPOの最大公約数的なサービスメニューになります。給与計算以外は「オプション(=追加料金)」であることが多いです。

図2:給与BPOで対応可能なサービス
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以上、代表的なものをあげました。基本の給与計算サービスを軸に、これらの中で必要なオプションを選択していくことになります。

給与BPOサービス導入検討のための簡単な「コストシミュレーション」

ここまで給与BPOのサービス内容を中心に見てきましたが、肝心な費用について触れます。給与BPOの費用は大きく以下の2つに分かれます。

図3:給与BPOに掛かる費用
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次に、初期費用とランニングコストに影響するクライアント企業の指標をあげます。

図4:コストに影響するクライアント企業の指標
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上記の2表を見ると、「従業員数」がいかに給与BPOにとって重要な指標であるかわかっていただけると思います。従業員数によってBPOベンダーの規模が決まってきますし、何より月々のランニングコストに「従業員数×月単価」というわかりやすい形で影響します。

気になる「月単価」ですが、従業員1名当たり、おおむね1,000円/月~3,000円/月といったところでしょう。結構な幅があるように感じられるかと思いますが、これはオプションサービスをどれだけ求めるかが大きく影響します。また、一般的には従業員数のレンジが上がるほどボリュームディスカウントが効きます。
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ここで、給与BPOを検討するにあたって簡易的なコストシミュレーションをご紹介します。実際のBPO導入のコンサルティングにおいてもディスカッションのベースとして提示したことがある方法となります。

従業員数×1,000円×13ヵ月

「1,000円」とは、前述した給与計算の基本サービスを受けるための最低ラインの単価です。これ以下の単価の場合もあるとは思いますが、中堅~大企業が期待するサービス(最低限のオプションも含む)を受けるのに、月単価1,000円を切ることはまずないとみて下さい。

式の最後の「13ヵ月」の意味ですが、年末調整がある12月は2倍の労力がかかるので、2ヵ月分とカウントしています。ただし、これはシミュレーションのための方便とご理解下さい。

もしこの計算式で得られたコスト以下で給与計算業務を賄えているのであれば、コストメリットを求めての給与BPO導入は検討する必要はないと思います。

例えば8,000名の従業員の給与業務を10名体制で対応している会社があるとします。この会社が、「年末調整の申請チェック」から、「データ作成」、「社会保険業務」など、すべての給与業務を社内で行っていると仮定すると、会社が給与BPOを導入した場合にコストが下がるかどうかをシミュレーションしてみます。

図6:コストシミュレーション1:10名体制で8,000人に対応している場合
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このように、最低限のサービスを想定したシミュレーションでもペイしない(=社内で効率的に運用ができている)ので、少なくとも「コスト削減」を目的とした給与BPOの導入は効果を得られる可能性が低いことがわかります。

もちろん、上図のように単純な話はほとんどありませんが、社会保険業務や年末調整なども含めても、自社の作業はこの概算以下で回っているのであれば、あまり検討の余地はない場合が多いです。反対に、概算の方が安いという結果が出た場合は、単価を上げていき、どこまでが限界かを見極めて下さい。今の運用コストで賄っている給与関連業務がその単価の範囲内でBPOできるのであれば、検討に値します。

先ほどの企業例を用いて、再度シミュレーションします。今度は、給与チームの人数を倍の20名とします。ここでは、制度の異なるグループ10社・従業員8,000人の給与計算をグループ内のシェアード業務専門会社で、各社につき正副2名の担当者を置いてオペレーションしている、と仮定します。

図7:コストシミュレーション2:20名体制で8,000人に対応している場合
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今度は、給与BPOを導入したほうが年間コストは下がる、という結果が出ました。ただし、現在賄っているすべての給与業務を「月単価1,000円」のサービスでは賄えないでしょうから、まだ現状の方が安い可能性が高いです。

例えば、年末調整の申請書チェックや社会保険ロジメントに関する業務もアウトソーシングすることにより、月単価が倍の2,000円となる場合は、給与BPO導入時の年間コストは2.26億円(8,000人×2,000円×13ヵ月+1,800万円)となり、シェアードを続けた方が安い結果となります。この例の場合だと、「月単価1,500円前後」に抑えられて初めて、現行運用のコストに近づきます。

このような簡易的なシミュレーションを用いることで現行の運用コストより大きく下げられる余地がありそうであれば、BPOを検討していくのもひとつの方法です。

また、現状より多少コストが増えても、より付加価値を意識した人材配置のためにBPO導入するという考え方もありますので、そこは各社が「BPOに求めるもの」と「コスト」のバランスで判断することとなります。

給与BPOの規模レベル

さて、ここまでは具体的な給与BPOサービスの内容や費用について述べてきましたが、本章では、給与BPOベンダーの規模による違いについて説明します。便宜上、規模レベルをLV.1~LV.3と定義します。

図8:給与BPOベンダーの規模レベル
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従業員数や拠点が多くなるにつれて制度も複雑になっていきますので、適切な規模レベルのBPOベンダーから選択する必要があります。

「グローバル給与BPO」という選択肢

前章で給与BPOのレベルについて述べましたが、日本ではあまり知られていない「LV.3」の「グローバル給与BPO」について少し触れておきたく思います。その名の通りですが、世界中の国々で異なる社会保障や税制に沿った給与計算を一括で引き受けてくれるBPOサービスとなります。

世界には国が200弱ありますが、その大半の国々の給与計算に対応できるベンダーが、若干数存在します。このようなサービスを導入するのは、世界規模で展開しているような製薬・化学・海運などのメジャーなグローバル企業が中心となります。

日本発のグローバル企業がこのようなサービスを導入することはほとんどありません。基本的に日本で導入するのは、海外のヘッドクォーターが決定したので仕方がなく導入する日本支社が大多数です。これはある意味正しい結果で、日本向けのオペレーションに限定すると、ほぼ間違いなくサービスレベルが下がります。

理由はいくつかありますが、グローバルで画一的なプロセスやサービスレベルを適用されることが多く、日本向けにローカライズできていない(するつもりがない)という事情が大きいです。その結果、日本の社会保険や所得税などの法要件に適合した給与計算自体は問題なく対応できるのですが、例えば、あるベンダーでは年末調整書類をクライアント側で収集してデータまで作成したファイルを送らないといけないといった、国内ベンダーのサービスレベルに及ばないことが多々あります。

一方で、テクノロジーに関しては先進的でグローバル人事給与システム(セルフサービスや課題管理システム含む)をBPO向けにテンプレート化(ローカライズも含む)してそれを世界各国のエリアごとに段階的に展開する「Wave方式」のグローバルプロジェクトを得意とします。

今月はアジア10ヵ国、再来月はヨーロッパ20ヵ国が本稼働といったように、最終的には数十ヵ国~100ヵ国以上が関わるプロジェクトは、国内のシステム&サービス導入では中々見ることがなく、そこは圧巻です。また、このような大規模な新システム導入ばかりではなく、一部のベンダーはオンプレミス(社内資産)の給与システムをクラウド化したり、VPNでクライアントの社内システムに接続してオペレーションをしてくれたりするようなサービスも行っています。既存システムを使ったままBPOを導入したほうがメリットがある場合は、そのような選択も可能です。

もし日本発のグローバル企業が各国バラバラで対応している給与計算をグローバルで1社のベンダーに統合することにより、多少のサービスレベルを下げてでも全体的なコストを圧縮したいのであればグローバル給与BPO導入の検討の余地はあります。世界をリードする先進的な大企業は率先してこのようなサービスを使っていますが、人員整理を前提とした導入であることが多いです。グローバル全体で給与業務に掛かるコストが課題になっているのであれば人員整理も含めた人材の再配置を前提として検討の価値はあります。

また、別の目的としては各国で個別の人事給与システムを使用している関係で他国の法人の人事情報や給与情報を把握できていないケースにおいて、グローバル給与BPOの導入をきっかけにしてグローバル共通の人事プロセスや人事データベースの構築を強制的に進めてしまうという考え方もあります。

給与BPOを導入する前に

ここまで見てきたように、「給与BPO」は給与計算処理を中心にしながらも、さまざまな選択肢があります。各ベンダーで対応できるオプションが異なりますので実際に検討をされる際には同じ条件で複数社に見積もりを取り、サービス対応範囲と価格とのバランスに注目して頂ければと思います。

すべての面で満足できるBPOベンダーは、おそらく見つかりません。自社でやっていることとまったく同じことを期待するのではなく、ある程度の覚悟を持って、うまくBPOベンダーを使っていくという思考が大事かと思います。

最後に、給与BPOを導入することにより、これまで担当してきた仕事を失う方も出てくる可能性があります。「社内での配置転換」や「BPO側による再雇用」を交渉材料にするなど、いろいろな可能性を検討したうえで進めていただければと思います。
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