前回(第32回)の「経営改革を成功に導く要因とは?~人事部門は改革にどう貢献すべきか~」では、EYが実施した市場調査をもとに、経営改革の多くの場合が成功できていない実態を明らかにしました。そして経営改革の成功にはチェンジマネジメント活動が重要であること、人事部門はチェンジマネジメントへの期待が高まっており、それには人事部門の高度化がキーであることを示しました。では、そもそも「チェンジマネジメント」とは何でしょうか? どのように進めていけばよいのでしょうか?
第33回:改革の成功に寄与するチェンジマネジメント 【前編】~チェンジマネジメントとは何か~

「チェンジマネジメント」とは何か

前回、当連載・第32回でも軽く触れましたが、「チェンジマネジメント」とは、改革において「ヒト」と「組織」に着目した、改革をスムーズに進めるための手法です。経営層から一般の従業員に至るまで改革の受容度を測定し、改革によるヒト/組織・業務・システムへの影響を詳細に分析して、改革を成功に導き、定着させるための施策を実行していきます。

【参考】第32回「経営改革」を成功に導く要因とは?~人事部門は改革にどう貢献すべきか~

人は、変化に対して柔軟に適応できるとは限らず、変化を嫌うことがほとんどです。これまでの我々が経験した改革の全てにおいて、多かれ少なかれ、変化に対する抵抗が見られました。そしてこの抵抗は、変化が大きければ大きいほど、強くなります。改革が最初社内で発表された際には、注目され期待値が高まりますが、改革の内容を知れば知るほど、抵抗が強くなっていきます。要するに、「総論賛成、各論反対」に陥りやすいのです。そして、新しい業務・システム・組織などの詳細内容が提示され、理解でき、稼働に向けて準備が整っていくと、モチベーションは徐々に向上していきます。

この従業員のモチベーションの乱高下は、「チェンジカーブ」と呼ばれるものであり、我々が支援した改革でも同じ変遷をたどりました。改革を行う以上は、多少なりとも、従業員のモチベーションが低下したり、新業務・システム・組織の稼働時に生産性が落ちてしまったりすることは否めません。しかしチェンジマネジメントを行うことにより、この落ち込みを少なくし、早く改善することが可能になるのです。
チェンジカーブ:改革の際に見られる従業員のモチベーションの変遷

チェンジマネジメントでは、具体的に何を行っていけばよいのか

では、チェンジマネジメント、即ち従業員のモチベーションの低下や、稼働時の生産性をできる限り落とさないようにするには、具体的にどのような活動を行っていけばよいのでしょうか。

チェンジマネジメント活動は、下記の5つに分類されます。それぞれを解説していきます。

(1)関係者へのコミュニケーションと合意形成
(2)改革による影響分析と受け入れ準備
(3)教育
(4)組織設計と新しい組織への移行
(5)チェンジマネジメント推進体制構築と従業員の変化の進捗把握


(1)関係者へのコミュニケーションと合意形成

「(1)関係者へのコミュニケーションと合意形成」では、改革によって影響を受ける関係者や影響を及ぼす関係者を抽出し、改革への賛同度合いを分析します。そのうえで、適切な関係者(または関係者グループ)に、適切なチャネルを用いて、適切なタイミングで、コミュニケーションを行っていきます。発信する情報は、ハイレベルな概要から、順を追って詳細化していきます。人は一度に多くの情報を処理したり覚えたりすることが難しいため、頭に残るように、概要から詳細へと段階を踏んで、複数に分け、継続的に共有していきます。そして、一方通行ではなく双方向、即ち従業員からの意見や質問も吸い上げることが重要です。

ここで、影響を及ぼす関係者との合意形成の事例をご紹介します。この企業では、従業員の生産性向上やエンゲージメント(帰属意識や愛社精神)向上を目指して、多様な働き方の実現や社内ブランディングを強化する働き方改革を行いました。改革は全従業員に及ぶため、経営層の強いリーダーシップが求められます。そのため、経営層16名の一人ひとりに対してインタビューを行い、下記のような事柄について質問しました。

・会社にとっての改革の重要性や定性・定量の利益をどう考えているか
・従業員にどうコミュニケーションしていくことが効果的か
・改革を進めるうえでの懸念点は何か
・改革への自身の賛同度合いを数値で表すならば8点中何点か


改革プロジェクトを立ち上げた当初は、経営層は改革に賛同していたものの、現場の部門長や課長から反対意見が強くあがり、賛同度合いが3点という役員もいました。このインタビューの結果から、各役員の改革への影響力と賛同度合いを下記表にまとめ、可視化しました。「先導者」は16名中13名、「反対派」は3名という結果になりました。改革への影響力が強い経営層が一人でも賛同していないと、改革は失敗に終わってしまうため、役員を対象としたワークショップを行い、「従業員にとっての改革の利益は何か」、「自分は改革をどう先導していくのか」、「この改革の成果を測るにはどういった指標が適切か」について検討いただきました。また、反対派である役員が感じている課題や懸念事項を、一つずつ解決していくことで、徐々に賛同を得ていくことができました。

この事例から学べることは、改革においては総じて「総論賛成、各論反対」になりがちであるため、改革に強い影響力を持つ関係者については、賛同しているだろうと予測をせずに、一人ひとり丁寧に話を聞くことです。これらを改革の立ち上げ時期に行うことで、今後の改革におけるリスクを拾うことができ、改革の成功率が高まります。

また、関係者から話を聞く際に留意すべき点は、インタビュー結果は機密扱いとし、個人名が特定されない形で総評としてまとめることです。「建て前」ではなく「本音」を話してもらうために、そして、改革プロジェクトメンバーの信頼を得るためにも、非常に重要なことなのです。
リーダーの改革への賛同度合いの分析

(2)改革による影響分析と受け入れ準備

「(2)改革による影響分析と受け入れ準備」では、改革によって何が変わるのか、その変化によってどのようなベネフィットがもたらされるかを、業務、システム、ヒト・組織などの観点から、詳細に分析します。改革を行う際には、「新業務・システム・組織の設計」のみに着目しがちですが、従業員が知りたいのは、「自分にとって何がどう変わるのか」ということです。そのため、誰にとって、何が、どの程度変わるのか、変わることによるベネフィットは何か、そしてその変化に対してコミュニケーションや教育は必要なのか、といったことを詳細に分析します。そして、その変化にあわせて現場の体制を整え、稼働に向けた準備を行います。

(3)教育

「(3)教育」では、改革で新たに導入される業務・システム・組織などについての教育を行います。上記の「(2)改革による影響分析と受け入れ準備」で分析した詳細な変更内容や変更度合いに基づき、誰に対して、どの程度の教育が必要か、誰が教育するのか、教育の手法は何か、いつ行うのかといったことを計画し、実行します。

ここで、「誰が教育するのか」については、主に2つのやり方があります。

・プロジェクトメンバーが従業員を直接教育する
・プロジェクトメンバーから現場の主要担当者に教育し、主要担当者から従業に教育する


この2段階で行う方法です。前者は教育の対象人数が少ない場合に有効であり、改革の内容を熟知しているプロジェクトメンバーが教育することで、難易度が高い内容であっても教育可能だという利点があります。後者は、教育の対象人数が多い場合に採られることが多く、現場の主要担当者が新業務・システム・組織をより深く理解することになるので、稼働後に新業務・システム・組織を先導していけるという利点があります。

上記の教育の内容に加えて、新業務・システム・組織が変わるということは、それを実行するヒトの考え方や意識も変える必要があります。業務・システム・組織といった目に見えることだけでなく、それらを推進する上での考え方や意識といった目に見えないことも変えていくことで、改革の受容度が上がり、改革が定着していくのです。

(4)組織設計と新しい組織への移行

「(4)組織設計と新しい組織への移行」では、必要に応じて、組織の体制(構造)や役割分担、権限範囲を変更し、新しい組織への移行を行います。改革で業務・システムが変更しても組織体制は変更なし、という場合もありますが、その場合でも各従業員の役割分担は少なからず変わることが多いため、上記「②改革による影響分析と受け入れ準備」で変更有無を確認することが重要になります。

(5)チェンジマネジメント推進体制構築と従業員の変化の進捗把握

「(5)チェンジマネジメント推進体制構築と従業員の変化の進捗把握」では、チェンジマネジメントを専門に行う部隊を設置し、従業員が変更できているかの進捗に応じて対応していきます。

チェンジマネジメントの推進体制は、大きく2つに分類されます。

・改革プロジェクトメンバーとしてチェンジマネジメントの活動を主導していく部隊
・改革プロジェクトのメンバーではないものの、改革の支援者として現場従業員の変化を先導していく部隊


後者は、「チェンジ・エージェント」や「チェンジ・チャンピオン」と呼ばれます。チェンジ・エージェントを設ける理由は、次のとおりです。改革プロジェクトのチェンジマネジメント担当者が、関係する全ての従業員と直接コミュニケーションをとることは、対象人数の兼ね合いから不可能です。そのため、現場との双方向のコミュニケーションを担う担当者が別途必要になります。加えて、従業員に改革の内容を詳細に理解してもらうためには、同じ部門に所属し業務内容に精通している人から説明した方が、理解度が高いからです。

次に、従業員の変化の進捗は、改革に対しての認識度、理解度、受容度について測定します。目に見えない「人の意識の変化」を測ることは容易ではありませんが、いくつかの指標で測ることはできます。例えば、プロジェクトに関連する会議への出席者数、社内ポータルなどの改革情報サイトへのアクセス数、意識調査サーベイの回答率や回答結果などから測定することが可能です。

チェンジマネジメントを進めるうえでの留意点は何か

チェンジマネジメントの活動のイメージはつかんでいただけたと思います。それでは、どのような点に留意し、進めていけばよいのでしょうか。繰り返しになりますが、人の意識を変えることは容易ではありません。これらの活動をただ実施すればよいのではなく、適切に実施することが重要です。
チェンジマネジメントを行ううえで留意すべき観点
・留意点1:「目的志向」であること
改革は参画する人数が多ければ多いほど、改革プロジェクトの期間が長ければ長いほど、新しい業務・システム・組織を設計・構築する過程で、目的が忘れ去れてしまうことが多々見られます。改革の目的を何度も共有し、それこそ「耳にタコ」ができるほど繰り返すことで、いつしか従業員が改革の目的を自然と受け入れていく土壌ができます。

・留意点2「相互に連携」すること
プロジェクトから一方通行で情報を発信するのではなく、現場の声を聞き、相互に連携していくことが重要になります。改革に対する反対意見であっても、まずは声を傾け、受け止め、改革の全社における価値や各部門におけるベネフィットを丁寧に説明したり、新業務・システム・組織がより実効しやすいように調整したりしていきます。

・留意点3:「改革が影響を及ぼす個々人にフォーカスする」こと
改革によってもたらされる変更は、職種、業務内容や職位によって異なります。全社一辺倒ではなく、従業員を職種、業務内容や職位などに基づきタイプ分けし、タイプごとに変更の影響を分析して対策を投じます。特に、多様性が増している今日の組織では、今後ますます重要となる観点です。

・留意点4:「成果(従業員の変化)を可視化」すること
改革が長期にわたると、「改革を達成した際の成果」が享受できるのは、開始してから数年後ということも珍しくありません。それでは改革に関わる従業員は、改革が果たして正しい方向に進んでいるのか、間違った方向に進んでいるのかわからず、改革に対するモチベーションが低下してしまいます。それを防ぐために、改革の成果のマイルストーンを設定し、マイルストーンごとの達成状況(チェンジマネジメントの場合では、従業員の変化の状況)を可視化します。

そして最も重要なことは、「可視化された進捗状況に応じて、チェンジマネジメント活動を追加・修正していくこと」です。チェンジマネジメントと他の改革での活動の大きな違いは、「従業員の変化の状況がどう変わっていくかは完全に予測できないため、ある仮説に基づき計画を立案し、トライ・アンド・エラーを繰り返して、施策を修正して進めていく」ことです。そのためにも、まずは進捗を可視化することが必要となります。

これまで「チェンジマネジメントとは何か」、「どのような活動を行うのか」について見てきましたが、大枠は捉えていただけたかと思います。このようにチェンジマネジメントの活動は、多岐にわたり、かつ、詳細に行っていく必要があります。本稿(第33回)では、原稿分量の関係から、ご紹介できた具体的な事例は一部のみでしたが、次回では他の活動についても、特に重要であるものや、難易度が高いものをご説明いたします。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!