ピープルアドバイザリーサービス(組織・人事コンサルティング部門)において、国内で140名、世界で12,000名超の専門家を擁するEY。我々が日々従事しているプロジェクトでの成果やクライアントとの対話などから得た知見をヒントに、これからの人事部門に求められる新たな取り組みや考慮すべき事項を、当社コンサルタントが隔週でリレー形式にて連載いたします。読者の皆さまへわかりやすくお伝えしていく所存ですので、どうぞお付き合いください。
デジタル全盛時代だからこその“人間中心”思考

デジタル/テクノロジーで、未来志向の企業や個人はどう変わるべきか

VUCA――Volatility(激動)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(不透明性)の時代といわれています。英国のEU離脱問題に端を発した欧州圏の長期的な政治・経済・社会の混乱や、サイバー・ハイテクビジネスを中心とした米国と中国の本格的冷戦構造の深刻化、予測を超える大規模自然災害やテロの頻発など、我々が生きている現代はかつてないほど一歩先の未来を見通すことが難しい時代になっており、未来を見据えた新しい企業や個人の変革への取り組みが必要なことは間違ありません。

そんな背景もあり、企業変革のテーマはおしなべて未来を語ることに重点が置かれ、「FUTURE of XXX」という言葉が全世界的に流行しています。「Future of Work」、「Future of Technology」、「Future of Finance」、「Future of Customer」など、挙げればきりがありません。いずれも、未来志向でなにかを大胆に変革しなければ企業として生き残れない、というメッセージが含まれていることは理解できます。しかし、残念ながらコンセプトレベルで未来予想図を示すか、新しいデジタル/テクノロジーを「てこ」にした破壊的なイノベーションのあり方を取り上げたものが多いように思います。

私自身が日頃クライアントと接するなかで、「コンセプトはわかるが具体性がないからイメージができない」、「結局、全部リセットして新しく作るようなイメージだが、そんなことができる実感がわかない」、「結局、テクノロジー主導でしょ」と言われてしまうことが少なくありません。このようなコメントをいただき、カタカナ英語や流行りのフレーズを使いたがるコンサルティング業界に身を置く者として、反省することしきりです。

そこで本連載では、コンセプトレベル(フレームワークや方法論)やデジタル/テクノロジー関連の解説にとどめず、もう少し地に足をつけて、実務家の皆さまが職場で実際に活用できる指針となるよう、かみ砕いて説明します。先進的な取り組みの事例や、今後の日本企業の人事部に求められる大事なことをわかりやすくお伝えして、実践に役立てていただきたいというのが狙いです。

人のチカラで未来を変える。人間中心社会の考え方とは

もうひとつ、本稿で強調しておきたいのは、デジタル/テクノロジー全盛の時代だからこそ、あえて人のチカラで未来を変えることがこれからの社会に求められているという点です。これは、皆さまの多くが属する人事部門(あるいはそれに類似する組織と人事に関わる部門すべて)の存在意義の再考であり、人事がいままで以上に重要な役割を企業内で担うことを意味します。

この10数年間、多くの人事部門が、コスト効率性を起点にした組織再編・人員削減や、経営や従業員への提供価値の見直しを行ってきたはずです。

企業の人事部門は、高度成長期の間は従業員の勤怠管理・給与計算・福利厚生といったオペレーション面の集中管理、または採用・人事異動・人事評価決定といった場面の主役として存在していました。しかし、バブル崩壊後の低経済成長下の近年では、ビジネス主導の人事オペレーションモデルにシフトし、採用・異動・評価などの推進主体や意思決定はビジネス側にすでに移管されました。人事オペレーションもセルフサービスモデルやデジタルテクノロジーの積極的活用によって、人事部員ができるだけ関与しない流れとなっています。

このような状況で人事不要論も企業内部で叫ばれるなか、本稿によって人事部の方々には自分達の役割や重要性を再認識し、勇気をもって踏み出すきっかけにしていただければと考えています。

デジタルやエマージングテクノロジー(近い未来に実現可能な先進技術)による企業変革が進めば進むほど、設備やお金と言った目に見える資産から一番遠いところにあるインタンジブル・アセット(目に見えない経営資産)として、人間の価値に注目が集まっています。デジタル変革と人間の存在は、車でいうと両輪にあたる欠かせない構造なのです。

これはデジタル先進国である米国などの最近の動きをみれば明らかです。彼らは数多くのデジタル/テクノロジー・イベントやマーケティングの場面で「Getting back to Human」「People Centric……」といったタイトルの講演をおこない、「結局、人が大事だよね(こればかりはデジタルやテクノロジーだけで解決できないね)」というメッセージを市場に打ち出し始めています。

日本においてもこの動きは拍車がかかると予想しています。米国のような根強い経済成長性と外国人移住者受け入れ策によって常に生産人口が増える社会構造ではなく、日本は空前の少子高齢化社会が進展し、労働供給量と生産性向上に関する問題の深刻度が高いためです。

AIやエマージングテクノロジーの進歩で真っ先に心配されたのは、機械が人間に成り代わって支配していく、いわゆる映画「ターミネーター」のような近未来でした。実際に、いくつかの研究機関から「近い将来にAIに置き換わる職種、消滅危機の職種」という調査などが社会に出てきて、危機感を煽られることもしばしばです。しかし、私自身は、AIやエマージングテクノロジーの登場は人間にとって脅威でなく、好機であると捉えています。

確かにテクノロジーの進化によって、従来は人間が行っていた作業やその一部が代替されるでしょう。その一方で、人間は新しい利便性を享受でき、創出された余剰時間を活用して新しい仕事や経験を積むことができます。歴史を振り返っても、産業革命時に交通手段が馬車からバイクや車に代わり、高度成長期に計算ツールがそろばんから電卓へ、そしてパソコン上の計算ソフトウェアにシフトしたからといって、人間は不要にならないのは明らかです。

AIの活用やデータドリブンの意思決定が組織・人事の世界に深く入り込み、大きな変革をもたらすことは間違いありません。しかし、それは人間の役割や価値の低下ではなく、人間中心社会の重要性を改めて強く意識すべきタイミングでもあります。

日本でも内閣府主導で2018年から「人間中心のAI社会原則検討会議」が発足し、検討が進んでいます。経済協力開発機構(OECD)は人とAIの共生に向けた原則を明記した基本指針を採択し、2019年の貿易・デジタル経済相会議や大阪G20サミットでも人権や雇用に配慮するなど「人間中心」の開発を目指す原則を声明に盛り込んだことは記憶に新しいところです。

人間と新しいAIやデータ、先進技術との関係は、競争ではなく共存共栄になるべきであり、常に変革の中心には人間がいます。そのことを忘れずに、この大変革時代に組織・人事の観点からどのような価値を提供すべきか、なにが変わるのかを皆さまに順次お伝えしていきたいと思います。
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