この連載では、多摩大学大学院のキーコンセプトであり、私が一橋大学の野中郁次郎名誉教授と私が一緒に開発したコンセプトである「イノベーターシップ」について述べてみたい。
 まず初回は、イノベーターシップとはどのような概念なのか、そして何を狙いとしているのか、私たちの思いを語っていこうと思う。

イノベーションを起こすリーダーの資質「イノベーターシップ」

 イノベーターシップとは一言でいうと、マネジメント、リーダーシップを超える第三の力だ。元ハーバード大学のジェームズ・コッター教授が的確に表現したように、「管理のためのマネジメント」と「変化を乗り切るリーダーシップ」は、相互に補完しながら、人々を動機づけ、経営の目標を達成していくのに不可欠な力である。しかし、そこでの関心はあくまでも、自社の目標達成。相手はステークホルダーであり、目線は顧客だ。自組織のゴールをいかにうまく達成するか、マネジメントやリーダーシップはそのスキルやツールとして位置付けられている。

 しかし、混迷する現代の社会においては、イノベーションすら価値観と無縁ではいられない。ましてや企業の成果とは単に利益の最大化だ、などとナイーブに言う人はますます少なくなっている。投資においてはESG(Environment, Social, Governance)が求められ、地球規模での課題解決がNext Marketと国連レベルで位置づけられ、世界の企業がこぞって、人類や地球のためのイノベーションに向かっている。自社の利益以上の目的として、より大きな世界における価値観や社会へのインパクトをもたらすことがきちんと考慮されていなくてはならない時代になったのだ。また、相手は直接のステークホルダーや目の前のお客さまだけではない。世間や次世代、そしてますます知恵が集積しているNPO/NGO、ひいては政治・行政など、持続可能性を確保するためのインフラや安全保障との絡みもますます重要になっている。

 そこで求められているのが、われわれが主張する「イノベーターシップ」だ。マネジメントやリーダーシップだけで語り切れた時代は終わった。イノベーターシップはマネジメントやリーダーシップより一歩先を行く概念として、自社の利益の極大化ではなく、新しい社会を構想し、そこへ向けて自分がなすべきことを、主体的に実践し、より幅広い人たちを巻き込んで世界を変えていく力量であるのだ。新しい時代を創るイノベーションを起こすリーダーの資質とも言えよう。

人事制度「MBB」により、信念を持ったリーダーの育成へ

 イノベーターシップとは、10年ほど前から私が野中名誉教授や同じく一橋大学の一條和生教授らと提唱しているMBB(Management By Belief)を経営レベルに昇華した概念でもある。仕事の楽しさとは何だろうか。ビジネスパーソンとして働く一人ひとりはいったい何をやりたいのか。人間の本質とは何か。そのような問いへの答えを求めるのが、MBB(Management By Belief:「思い」のマネジメント)である。MBO(Management By Objective:目標管理)が成果主義の代名詞であるため、その対抗軸として、MBBと命名したわけだ。
 目標によって踊らされるのではなく、自分の思い、信念、Beliefをしっかり持って、仕事を主体的にデザインしよう。会社から与えられる目標であっても、上司と相談し、主体的にやり抜こうという思いを込めた人事制度がMBBである。

 MBBは、多くの企業においてすでに浸透し始めている。信念を持ったリーダーたちが育ち始めている。この流れは着実に起きていると実感しているが、同時に、この流れを職場の活性化で終わらせず、企業や社会のレベルでイノベーションに直に結びつけ、思いを価値に変えるリーダーの養成が、次のステップとして必要となっている。
 地球レベル、日本という国のレベル、そして産業において、さまざまな問題が山積しているいま、自社や自部門を超えた広い視野に立って、イノベーションを考えなくてはならないのは自明であり、一人ひとりの思い(Belief)を明確にするだけではなく、高い志に支えられた目的や信念を持たねばならない。そのため、イノベーションに求められるインパクトも質もより高くなっている。より深い教養と洞察、地球と社会の次代を見通した高い志を持ったリーダー人材の養成が急務となっている。

 ビジネスの世界のリーダーも、目線を「社会のデザイン」に据えて、社会を変えるテーマに挑戦しなければならない。MBBをベースとして、世界をよりよい方向へと前身させる真のイノベーションを起こす信念を持ったリーダーの出現が待たれているのだ。

 今回の連載では、イノベーターシップに必要な5つの力=未来構想力、実践知、突破力、パイ(Π)型ベース、場づくり力について、順に語っていきたい。これにより、この5つの力をどのように身につけ、イノベーターシップをどのように発揮して、自分の思いを実現していったらいいのか、リアルにイメージすることができるようになるだろう。イノベーターシップを提唱し、そのコンセプトをベースに授業を展開している多摩大学大学院でのカリキュラムもまた、イメージしていただけることと思う。

 これら5つの力を身につけ、イノベーターシップを発揮することで、読者の皆さんも未来を創造するリーダー、世界を変えるイノベーターになれるはずだ。
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