2023年3月期から義務化された「人的資本の開示」に続く、日本企業が直面する「人的資本の強化」。この内、手つかずで放置されてきた「シニアの戦力化・活性化」または「シニアのキャリア活用・支援」については、この分野での先進的な企業が、新たな施策を続々とスタートさせようとしています。今回は、ソニーグループの「社外キャリア支援プログラム―Career Canvas Program」についてフォーカスし、その施策からの示唆を読み解きます。
【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第5回)】先進的なソニーグループを例に「シニア活用」の重要な視点を読み解く

人的資本開示から「人的資本強化」へ

現在のHR2大トピックの内、「ジョブ型雇用」は企業それぞれの形を模索しながら徐々に定着していき、また「人的資本開示」の方は、有価証券報告書への記載義務化という形で全上場企業に対し強制的に課せられ、恐る恐るという形で既に進行しているのではないでしょうか。

「HR3.0の時代」と銘打ったこの連載は、今回から新たなに人的資本について「開示から強化へ」として人的資本経営の実践について書いていく予定です。今回は、その皮切りとして、暫くは、「シニア」について考えていきます。

シニアの活性化、戦力化については、このHRプロでも、筆者の監修という形でHRプロ講座に「ミドル・シニア活性化編(※)」として、その実践的な方法などがまとめられていますが、今回は理論とか体系といったことを述べる前に、まずはHR3.0のシニアに関する先進的事例であるソニーグループの取組みについて紹介し、そこから得られる示唆について考えてみます。

HRプロ講座 人材育成講座 ミドル・シニア活性化編―「人生100年時代」とシニアのキャリア「HRを取り巻く環境変化とシニア層のキャリアの現実」

シニア活用につながるソニーグループの「社外キャリア支援プログラム―Career Canvas Program」

まず見ていただきたいのは、厚生労働省のHPに掲載されている「ソニーグループの人材施策~個を「求む」「伸ばす」「活かす」~」にあるこのページです。
【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第5回)】先進的なソニーグループを例に「シニア活用」の重要な視点を読み解く

引用元:厚生労働省HP「新しい時代の働き方に関する研究会 第8回資料」資料2 ソニーグループの人材施策~個を「求む」「伸ばす」「活かす」~ p,37

ソニーグループで実践している様々な人材施策の中で、50歳以上限定で実施している先進的施策の全体像が示されています。

再雇用契約については、多くの企業で見られるものですが、1つ目の「Re-Creation ファンド」については、上記資料では詳述されていないので、高齢・障害・求職者支援機構に掲載されているシニアにフォーカスした同社とソニーピープルソリューションズ株式会社の資料を見ていきましょう。
【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第5回)】先進的なソニーグループを例に「シニア活用」の重要な視点を読み解く

引用元:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構HP「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム配布資料」生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成 事例発表 ベテラン・シニア社員へのキャリア支援施策について~社員の自律を支援する“Career Canvas Program“~ ソニーピープルソリューションズ株式会社 p,17

この施策は、活躍するベテラン社員(50歳以上と定義)の「学び直し」のために、会社が在職中最大10万円(1件限り)の補助を行う仕組みです。この「学び直し」の目的は、社内で新しい分野にキャリアチェンジするためのものではなく、主には退社後も含めた学びのためのもののようです(社内の他の分野へのキャリアチェンジについては別の制度が存在)。

この資料には、さらに過去に申請された具体的な補助の対象も掲載しています。かなり幅広く、会社が主語でない、申請者の希望が色濃い内容となっています。非常にユニークなシニアのキャリア支援の仕組みについても、見ていきましょう。下記ページの最下部になる黄色いテキストボックスの「社内メンター」と「シニアインターンシップ」がそれです。
【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第5回)】先進的なソニーグループを例に「シニア活用」の重要な視点を読み解く

引用元:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構HP「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム配布資料」生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成 事例発表 ベテラン・シニア社員へのキャリア支援施策について~社員の自律を支援する“Career Canvas Program“~ ソニーピープルソリューションズ株式会社 p,18

前者の「社内メンター」は、主に社内のマネジメント経験者が、国家資格「キャリアコンサルタント」を取得した場合に、人事部を兼務し、業務時間の10~20%を使って、50代社員のキャリアに関する相談に乗るという制度になります。何と、現在約30人のメンターが活躍中のようです。

キャリアコンサルタントによるカウンセリング(コーチング)については、通常、社外戦力を使うわけですが、自社の中で、そういう仕組みを作りきちんと運営出来ているところがユニークではないでしょうか。シニアのキャリアに関する制度は、制度そのものを作るといういわば「ハード」ばかりが注目されがちです。そうしたハードを円滑に回していく「ソフト」として、メンターを自社で確保している同社の取り組みは、制度の実効性を高めるという意味で、素晴らしいと感じます。

また、メンターされる側だけでなく、メンターする側として、シニア社員活用の受け皿にもなっていくであろうことも「エコシステム」的な持続可能な良く出来た制度と言えるでしょう。


後者の「シニアインターンシップ」は、日経新聞の7月20日の記事(※)にも紹介されていますが、以下の資料では、50代以上での位置づけ、具体的な内容が示されています。

日本経済新聞2023年7月20日「ソニー、第2のキャリアに伴走 50代社員向けインターン」
【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第5回)】先進的なソニーグループを例に「シニア活用」の重要な視点を読み解く

引用元:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構HP「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム配布資料」生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成 事例発表 ベテラン・シニア社員へのキャリア支援施策について~社員の自律を支援する“Career Canvas Program“~ ソニーピープルソリューションズ株式会社 p,21

社内だけではなく、社外で、それもシニアがインターンとして「学び直し」をするというのは本当にユニークです。上記資料に示されている通り、この制度では、社外に拘らず同社内での新たなチャレンジの可能性もあるようです。

ソニーグループが示唆する「シニアのキャリア支援」

さて、ソニーグループの先進的で多様な、「シニア」に対するキャリア支援を紹介してきたわけですが、同社について、いくつかの点を箇条書きにて所感を示しておきたいと思います。

(1)シニアに限らず、全世代において、キャリア開発について、「やるべき」というニーズは大きいものの、実際の制度、施策についてはまだまだ未整備という企業が多い。その中で、実効性のある、制度・施策を用意し、実際に持続性のある形で運営しているのは先進的である。

(2)そもそもHRに対して、創業者の強い思いを受け継いできている同社ならでは力の入れようであって他社ではなかなかここまではやれないかもしれない、という指摘もあるであろうし、また一時の停滞を乗り越えて、業績を急回復している同社だからこそ出来るという面もある。

(3)一部の制度・施策は同社でのキャリアチェンジなど、社業に直接資するものではあるが、多くの制度はそうではない。しかしながら、50代の社員に対して、退社後のキャリアを視野に入れたサポートを行うことは、50代シニア社員の会社へのエンゲージメントを著しく向上させ、自分自身の業務への取組み方にも好影響がある。また、そうしたシニア社員の活性化が、職場全体の活気を刺激し、間接的に社業に貢献することが期待される。

(4)(3)の視点に関連して、同社ではそもそも、シニアを含めた社員のキャリアに関する「開発」(キャリアデベロップメント)について、どう考えているのだろうか。この点については、「開発」をサポートする、下記の「研修」メニューのページが参考になるだろう。
【「HR3.0」というジョブ型雇用と人的資本開示が拓く新たな時代(第5回)】先進的なソニーグループを例に「シニア活用」の重要な視点を読み解く

引用元:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構HP「生涯現役社会の実現に向けたシンポジウム配布資料」生涯現役社会の実現に向けた自律的キャリア形成 事例発表 ベテラン・シニア社員へのキャリア支援施策について~社員の自律を支援する“Career Canvas Program“~ ソニーピープルソリューションズ株式会社 p,19

個人差はあるでしょうが、45歳まではビシビシ働く、そして50歳頃に「リーダーズ」(幹部)と、そうでない人に分化していくというプロセスです。キャリア開発については、45歳の「ライフシフト研修」によって、50歳での分化の準備が始まるという流れになります。

キャリアに関する歴史的名著「LIFE SHIFT(ライフシフト) 100年時代の人生戦略」(2016/10/21リンダ・グラットン, アンドリュー・スコット著、池村千秋訳、東洋経済新報社)で語られる「エクスプローラー」(キャリアの模索期)が、同書にあった転職による探究ではなく、ソニーグループ社内での研修他の機会による探究に置き換えられているのです。

これは、終身雇用を前提としてきた日本の雇用制度をベースにした、新たな「ライフシフト」(人生100年時代のキャリア形成についての新たな姿)の形が示されているのではないでしょうか。

次回は、このソニーの取組みを参考にして、他の企業が学べる点、採り入れることが出来そうな点、などを意識しながら、さらに深堀りしてみたいと考えています。
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