2022年10月の臨時国会の所信表明演説で、岸田首相が「リスキリング支援に5年で1兆円を投じる」と表明しました。筆者は正直、これを聞いて「具体的にどう取り組むのか?」、「何を実現しようとしているのか?」と疑問を抱きました。しかし、「リスキリング」について学びを進めていくと、目標管理制度を取り入れた「人事考課制度」とマッチングさせることで、人事考課制度を活性化させ、「リスキリング」も実現することが可能であるとの考えに至りました。そこで今回は、企業におけるリスキリングへの取り組み方や、人事考課制度に取り込む場合の進め方についてご説明します。
「人事考課制度」を活性化して“リスキリング”を実現する。企業における有意義なリスキリング実現の方法とは

「リスキリング」とは何か?

経済産業省は「リスキリング」について、「新しい職業に就くために、あるいは今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得すること」と定義づけています。政府が「リスキリング」の必要性を国民に訴える理由として、次の2点が考えられます。

(1)職種間の労働力移動の推進

“2030年まで”という極めて近い将来に、「デジタル技術(AI、IoT、ロボット化等)で失われる生産・輸送・建設・事務職」から、「技術革新をビジネスに適用するための専門技術職、販売・サービス職」へ、労働力の大量移動が必至であるとされています。これに適応するためには、各企業の社員が労働力移動のために必要なスキルを学び直し、身につけなければならず、政府はそれを後押しする意向です。

(2)人的資源への投資の必要性

戦後復興から高度成長時代の日本人は、労働に長時間を費やしてきました。しかし昨今は、厚生労働省(以下、厚労省)が「働き方改革」を掲げ、労働生産性を高めて労働時間を大幅に削減するよう働きかけを強めています。

一方で企業は、リーマショック時の極端な貸しはがしの恐怖体験から、内部留保の積上げに力を注ぎ、賃上げや新技術・新分野開拓を二の次にしてきました。そのため社員自身も、会社と自分の将来に向けて学ぶための時間を確保できない、あるいは確保しなくなりました。その結果、新技術・新分野開拓や人材育成が進まず、日本の労働生産性が世界的にも著しく低下してしまったのです。今まさに、企業と社員が共に人材資源への投資に取り組まなければ世界から取り残されてしまう、“危機的状況”にあるといえます。

「リスキリング」にどう取り組むか?

では、具体的に「リスキリング」の第一歩をどう踏み出すのか。まず企業においては、急激な環境変化に適応して事業を維持拡大していくために、「どの分野に、どの程度のヒト・モノ・カネを投資するか」といった経営戦略・目標を具体的に決め、社員に明示することが必要です。

これに対して社員自身が考えるべきことは、明示された経営戦略・目標を実現するために「自分は何をなすべきか」、そして産業構造の変化への対応に向けてキャリアを棚卸しし、「今後どうキャリア開発を進めるか」です。

キャリアの棚卸し・開発のための具体的な手法として役立つのが、厚労省管轄の特別民間法人「中央職業能力開発協会」が開発した「CADS」(キャッズ)です。これは、過去の職業や職務経歴、学習歴、取得資格などをシートに記入することで、自身のこれまでのキャリアの振返りや、身に付けている職業能力の自己評価を行い、自己理解を深めるためのツールです。そして、その振返りや自己評価に基づき、将来にわたるキャリアプラン・ライフプランを考え、高いモチベーションを持って主体的にキャリア開発することが可能です。シートは6枚で、A4の縦書きに統一され、書きやすく工夫されています。


「CADS」を活用したキャリア開発は、具体的には以下の通り進めます。

(1)5種のシートで自分を知る
5~6人でグループを作り、各自で「CADS1」~「CADS5」のシートに記入します。これにより、自分の強みや社内での活躍、ワークライフバランス等を確認します。

(2)将来のキャリアビジョンを立てる
先の5種のシートに記入した内容を踏まえて、「CADS6」の『キャリアプランシート』で、目標に向けた行動計画を立てます。

(3)ディスカッションする
各自が記入したシートを用いて、グループでディスカッションをすることにより、キャリアへの理解をさらに深めます。

目標設定後、社員が目標達成に向けて邁進するとともに、会社としても経営目標実現のための「組織再編」、人材育成のための「階層・職種別研修」や「人事異動」等を行い、社員の「リスキリング」が実現するよう積極的に支援しましょう。

「リスキリング」と「人事考課制度」のマッチング

ここまでご説明してきたように、「リスキリング」への取組みを順序だてて整理すると、目標管理制度を取り入れた「人事考課制度」との間に共通点が浮かび上がってきます。ここからは、「リスキリング」と「人事考課制度」の共通性を説明し、「人事考課制度」の中に「リスキリング」を取り込むことで、「リスキリング」自体を実現していくための手順を解説します。

共通性をご説明する前に、実は「人事考課制度」が多くの人から誤解されているため、前提としてその意味を確認しておきましょう。「人事考課制度」は一般的に、昇進や昇給、賞与等において“社員間の差をつけるための制度”として捉えられていることが多いです。「人事考課表」といえば、学生時代の「通知表」のようにマイナスのイメージを持っている人もいるのではないでしょうか。しかし本来、目標管理制度を取り入れた「人事考課制度」の最大の目的は、「人材育成」そのものなのです。

従って「人事考課」は、会社の経営戦略・目標を明確にし、その目標を達成するために細分化して各部署に分担された目標を、さらに個人レベルまで落とし込んで個々の目標を立てることから始まります。これは、先述の「リスキリングの第一歩」と同じです。そのため、目標を達成するために発揮された行動や能力、及び目標の達成度を評価する「人事考課制度」によって、「リスキリング」の実現性が担保されると言えるのです。

「リスキリング」を取り込んだ「人事考課制度」は、具体的に以下のような仕組みで進められます。

(1):会社の「強み」、「弱み」、「機会」、「脅威」を分析し、成長分野や得意分野へ展開させる経営戦略・目標を立てる。
(2):(1)で立てた経営戦略・目標を実現するために、社員が目標を分担する。
(3):(2)で分担した個々の目標達成に向け、社員個人のキャリア開発目標を立てる。
(4):会社は人事考課制度を活用し、(2)・(3)の目標達成を支援する。また、組織再編や各種研修、人事異動等による支援も行う。
(5)個々の目標達成に向けたプロセス及び結果を考課し、社員に今後取り組むべき点などをフィードバックする。

「リスキリング」と「人事考課制度」のマッチング
このように考えると、「リスキリング」の高まりは、「japan as number one」の考えに今もなお胡坐をかき、新分野や新技術の開拓、人材育成に遅れを取り続けている日本の、現状に対する危機感の表れでもあると言えます。まさに今、日本の将来を左右する「リスキリング」を、「人事考課制度」を活用して実現することの必要性は大いに高まっているのではないでしょうか。

参考:「リスキリング」支援のための助成金

計画的に人材育成に取り組む会社に向けた助成金として代表的なのは、「人材開発助成金」です。同助成金には、これまで「(1)一般訓練コース」、「(2)特別育成訓練コース」がありましたが、これに加えて昨年12月より、「(3)事業展開等リスキリング支援コース」が新設されました。

これは、企業の持続的発展のために、新製品の製造および新サービスの提供による新たな分野への展開に伴う人材育成や、DX化・グリーンカーボンニュートラル化等に対応した人材育成に取り組む事業主を支援する助成金です。そのため、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を、高い助成率で助成してくれます。


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