2020年9月に発売された書籍『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター刊)が、大きな注目を集めている。重版が続いているばかりか、今年2月に発表された「読者が選ぶビジネス書グランプリ2021」では「マネジメント部門賞」も受賞した。大ヒットの背景には、近年の働き方の大転換がある。「心理的安全性」はこの数年、チーム作りに欠かせない要素として、人事を中心に関心が高まっていた。それに加えて、新型コロナウイルス感染症拡大によりテレワークが浸透し、対面で仕事をする機会が激減する中で、どのようにして生産性を上げるチーム作りを行うべきか、悩み模索しているマネジメント層やリーダー層は多いだろう。そうしたビジネスパーソンたちが、「心理的安全性」を高めることで状況を打開すべく、本書を手に取ったのだと想定される。そこで本稿では、「心理的安全性」の本質はどのようなもので、高めるために何を実践すればよいのか、著者である石井遼介氏に解説していただいた。

ゲスト

  • 石井 遼介 氏

    石井 遼介 氏

    株式会社ZENTech 取締役
    一般社団法人 日本認知科学研究所 理事
    慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 研究員

    東京大学工学部卒。シンガポール国立大学 経営学修士(MBA)。神戸市出身。研究者、データサイエンティスト、プロジェクトマネジャー。組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見とビジネス現場の橋渡しを行う。心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発するとともに、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。2017年より日本オリンピック委員会より委嘱され、オリンピック医・科学スタッフも務める。
なぜ今「心理的安全性」が大切なのか――思い込みに囚われた「意味のない頑張り方」をやめ、チーム全体で成果を上げるためには

専門家が提唱する「心理的安全性なチーム」の定義とは?

――「心理的安全性」は本来、経営学、中でも組織行動論の用語の1つです。2016年にGoogleが「心理的安全性は、生産性の高いチームに重要」と発表したことで、注目を集めました。石井さんが「心理的安全性」を研究するようになったのは、どのような経緯からなのでしょうか。

石井
 もともと「どうすれば個人が輝くか」ということに興味があり、個人のメンタル・マインドを改善する手法を研究していました。研究成果をまとめて、2018年に『悩みにふりまわされてしんどいあなたへ 幸せになるためのいちばんやさしいメンタルトレーニング』(精神科医の志村祥瑚氏と共著/セブン&アイ出版)という本を出版しました。そのメソッドを使って個人のメンタルをその場でいい状態へと導くことはできましたが、例えば職場でパワハラにあったりすると、結局また落ち込んでしまうのです。ですから、「一人ひとりの個人が輝くためにこそ、“所属しているチーム”がいい状態にある」ということが大切だと気づきました。

経営学の中に、効果的なチームづくりのための「心理的安全性」という考え方があることを知り、研究を始めました。私が取締役を務める株式会社ZENTechと、慶應義塾大学 システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授で、心理的安全性を向上させる手法の研究を行うと共に、心理的安全性を計測するための組織診断サーベイSAFETY ZONEを開発し、現在もブラッシュアップを続けています。

――研究者ならではのアプローチで、「心理的安全性」に行き着いたのですね。そもそも「心理的安全性」とはどのようなもので、「心理的安全性が高いチーム」、「心理的安全性が低いチーム」というのはどういった状態なのでしょうか。

石井
 1999年に、ハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授が、「チームの心理的安全性」の概念について「チームの中で対人関係におけるリスクをとっても大丈夫だ、というチームメンバーに共有される信念のこと」だと定義しました。ですが、この定義は学術的で少し難しいのではないでしょうか。日本のビジネスシーンでより使いやすいよう概念を噛み砕くと、「心理的安全なチーム」とは「役職や地位に関わらず、メンバー同士が健全に意見を戦わせ、生産的でよい仕事をすることに力を注げるチーム」のことです。これが実践できているチームが「心理的安全性が高いチーム」ですね。

一方、「心理的安全性が低いチーム」というのは、メンバー内に「罰」や「不安」が蔓延しているチームのことを言います。といっても、罰や不安というのは、一つひとつは、もしかすると職場でよくある小さなものです。例えば「上司に資料を送ったけれど3日ぐらい反応がない」、「アイデアを出したけれど“つまらない”と一蹴された」などということ。ですが、そんなことが積み重なるうちに、部下は上司とコミュニケーションを取らなくなってしまう。報告やアイデアの上申が減ってしまう。それが「心理的“非”安全な状態」だと言えます。
『心理的安全性のつくりかた』より「心理的安全性が低い職場/高い職場」の解説図

『心理的安全性のつくりかた』に掲載されている「心理的安全性が低い職場/高い職場」の比較

――それは階層や役割がない、または少ない「フラットな組織」と同じだと考えていいのでしょうか。

石井
 前提として、ピラミッド型で、階層が多い組織ほど心理的安全性が低くなりやすい、と言われています。特に組織が大きくなればなるほど、いち担当者の声は上に届きづらいですよね。ですが、そうした階層構造であっても、下の立場から意見を主張でき、それに耳を傾けてもらえる状態であれば、「心理的安全性が高い組織」と言えます。逆に言えば、組織上はフラットだとしても、高圧的に他人の意見を否定し続けるような人物がひとりでもいれば、まわりは意見を言いにくくなりますよね。ですから、「組織の構造」も重要ですが、構造を整えれば自然と心理的安全性が生まれるわけではなく、「実際にチームの中の一人ひとりがどう振る舞うか」のほうが重要です。

――ピラミッド型の組織でも「心理的安全性が高い状態」は作れるということですね。

石井
 そうです。そして、組織全体の心理的安全性が高かったとしても、チーム別に見ていくと高低にばらつきがあるものです。「異動前のチームは意見が言いやすかったけれど、今のチームでは言いにくい」といった経験がある方もいらっしゃるでしょう。「心理的安全性」というのは、組織全体というよりも「チームごとの特色」や「チームのカルチャー」と表現していいと思います。組織全体の心理的安全性を向上させる上でも、一つひとつのチーム・グループに応じて向上のアプローチを取ったほうがよい、ということです。

――「心理的安全性」は最近より注目を集めている印象ですが、なぜ今なのでしょうか。

石井
 大きくふたつの流れがあると考えています。1つめは、これまで以上に世の中の変化が激しく、正解がない時代になってきたことです。昔は「経験豊富な人の意見に従っていれば間違いない」という場面も多かったかもしれませんが、今はそういう時代ではありません。例えば新型コロナ以前の営業の「成功法則」があったとしても、新型コロナ後のオンライン商談では、その成功法則をそのままオンラインに変えても上手くいかないことも多いですよね。そうしたとき、実際に現場でクライアントと接しているメンバークラスの社員が忌憚なく状況をフィードバックし、チームで方針を再検討できる環境であることが、そのチームがチームとして学ぶ力を伸ばします。だからこそ業績を左右するのです。

2つめは、コロナ禍でテレワークが普及したことです。オフィスで毎日顔を合わせていたときに「ぎりぎりで何となく回っていた」チームが、テレワークで断絶された状態でチームワークを発揮できるはずがありません。つまり「会えないことにより、チームの希薄な関係性が可視化された」わけです。そうした現状に、企業の上層部や人事の方も気づいていて、「何か手を打たないと」と思い始めている。弊社にも、「テレワークでどうやって生産性を上げればいいか」と、数多くのお問い合わせをいただいています。そのとき鍵になるのが「心理的安全なチーム」であり、その要となるのがチームのリーダーなのです。

「心理的安全性が高いチーム」を作るのは、「心理的柔軟性が高いリーダー」だ

――チームの心理的安全性を高めるために、リーダーは何をすればいいでしょうか?

石井
 ついつい私たちは「何をすればいいか」と、HOWを求めがちです。けれども、特にチームや組織のように、関わる他者が重要な問題ではHOWから入ることで、逆にノウハウを見てチームメンバーを見ない、といったことが起こりがちです。そこで、まずはリーダーに持っていただきたい「心理的柔軟性」というリーダーシップの要素についてお話します。実際、私たちのデータでは「心理的柔軟なリーダー」と「そのリーダー率いるチームが心理的安全か」ということは、相関関係にあるんですよね。

リーダーとしての心のしなやかさを意味する「心理的柔軟性」を高めるためのポイントは3つあります。

まず第1に“リーダーとはこうあらねばならぬ”といった「思い込み」を解きほぐすこと。例えば「部下に負けてはいけない」ですとか。その思い込みがチームにとって、本当に役に立つのか? ということを考えながら日々行動すると、リーダーとしての器が大きくなっていきます。

第2に、リーダーとして大義や仕事の意味、つまり「自分たちはこういう価値を生むために仕事をしている」ということを、メンバーに提示できることです。このようにして定めた大義や意味、つまり大切なことへ近づけることが、「役に立つ」ということです。

そして第3は、「現実のフィードバックを受け止める」こと。例えば前述のように、新型コロナ以前の営業の成功法則が、新型コロナ後の現場で通用しなかったとき、「そんなはずはない。ちゃんとやり切ったのか?」などと退けるのではなく、「ここを見直してみよう」と、チーム内できちんと話し合う。そうやって、いわばオーダーメイドで自分たちなりのノウハウを作っていくことが、変化の激しい今の時代には大切です。

――「心理的柔軟性」と「心理的安全性」はどう違うのでしょうか?

石井
 「心理的柔軟性」は、個人に紐づくリーダーシップのスキル、能力です。心理的柔軟性が低いリーダーが慌てたり、部下を怒鳴ったりするしかないようなトラブルに直面したとしても、心理的柔軟性が高いリーダーであれば、既に起きてしまった変えられない現実であるトラブルを受け止め、その上で建設的に「では、ここからどうしようか」と考えられます。一方の「心理的安全性」は、“組織やチームのカルチャー”に対して感じるものです。ですから、ある人が2つのチームに所属していたとしたら、それぞれのチームに対して「こっちは心理的安全性が高いけれど、こっちは低いな」といったように感じます。そして、その人の心理的柔軟性が高ければ「こちらの心理的安全性が低いチームでも、なんとか上げられないか?」と柔軟にアプローチできるのです。

リーダーをはじめ、心理的柔軟な一人ひとりがチームの心理的安全性を育み、心理的安全なチームが個人の心理的柔軟性を引き出すのです。

――そうやって相互に成長していくのですね。チームの心理的安全性を高めるには、まずはリーダーの行動が必要だと思いますが、具体的にはどうしていけばいいのでしょうか?

石井
 私たちの研究とビジネス現場での計測から、日本の職場で心理的安全性が高く感じられるのは、(1)ネガティブな内容も含めて隠し事なく報告が上がる「話しやすさ」因子、(2)トラブルなどが発生した際チームに共有・相談ができる「助け合い」因子、(3)時代の変化に合わせてチームで新しいことを模索する「挑戦」因子、(4)異質な人材を受け入れ個々の才能を掛け算する「新奇歓迎」因子、という4つの因子があるときだと判明しています。

まずはこの4つの因子それぞれについて、リーダーご自身が新人の頃を思い出しながら「自分の言動がメンバーの心理的安全性を下げてしまっていないか」を見つめていただくのがお勧めです。そうすると、例えば「話しやすさ」因子について、「メンバーから見ると、忙しくて相談しづらいように見えているかもしれない」と気づけますよね。
『心理的安全性のつくりかた』より「4つの因子」の解説図

『心理的安全性のつくりかた』に掲載されている「4つの因子」の図。「日本の職場で心理的安全性が感じられる要素」について解説したものだ

――客観的な目で自分を顧みるということですね。

石井
 その通りです。加えて、「この指示には意味があるか」ということも考えてみましょう。こちらもご自身が命じられる立場でイメージしていただくといいと思いますが、厳しく「アイデアを出せ!」と迫られて、「はい、今3つ思いつきました!」となるでしょうか? 詰め寄られたからといって、アイデアが浮かぶわけではないですよね。厳しく接すると、リーダー側は「頑張って仕事している感じ」がするのですが、そのことでメンバーからアイデアを引き出せるわけでもなく、それどころか「怖いからこの人には近寄らないでおこう」と距離を置かれてしまうなど、冷静に考えると「意味のある頑張り方」になっていないケースが結構見られるんです。それよりも、楽しいムードで、チームみんなで忌憚なく意見を出し合ってアイデアを出していったほうが、アイデアも成果も出ますよね。

――まずはメンバーが意見を出しやすい環境を整えなければいけないということですね。そのために、今すぐ実践できることはありますか?

石井
 リーダーにお勧めしているのは、「きっかけ」と「みかえり」はセットにしましょう、ということです。多くのリーダーは、「○○してみなよ」ですとか「○○してみてね」など、「きっかけを与える」ことはよくやるんです。メンバーは、それに伴い何かしらの行動をします。ですが、メンバーが行動したことに対する「みかえり」、つまりフォローアップをするリーダーはほとんどいません。具体的には、上司として「なんでも言ってね」と「きっかけ」を提示してはみるが、いざ部下が何かを言ってみた時「それはないよ」などと、ネガティブな「みかえり」を与えてしまう、というケースです。メンバーからすれば「この上司の『なんでも言ってね』は、『なんでも』ではないんだな」と学習してしまいますよね。

人事の施策でも同じように、「きっかけ」として「次回からこうしてください」という話があったとき、言われた人は大体1回目はやってくれます。だけど、お礼がなかったり、やったことで何も変わらなかったりすると、2回目以降はやる確率が一気に下がるんですよね。

ですから、会議の際に「意見を言ってみて」と促して、メンバーがそれに応えて何か発言したとします。それがとんでもなく的外れな意見だったとしても、頭から否定すると二度と話してくれなくなるので、まずは「発言してよかった」と思えるように「勇気を出して話してくれてありがとう」と感謝しましょう。そうやってフォローアップまで繰り返すことで、メンバーの「意見を言う」という行動が持続していきます。
『心理的安全性のつくりかた』より「話しやすいとき、話しにくいとき」の解説図

『心理的安全性のつくりかた』に掲載されている「話しやすいとき、話しにくいとき」の比較を表した図

――「否定しないこと」と「感謝すること」が大きなポイントになるのですね。

石井
 おっしゃる通りです。また、最初に「心理的安全性宣言」をするのも大切ですね。会議の際、「この場を心理的安全に保とうと思う。意見が出たら、まずはその行動自体をみんなで承認する。そうして一度みんなの意見をテーブルの上に乗せて、ディスカッションしながらクオリティを上げいこう」と、はじめに言ってしまうのです。この導入がなく、上司がいきなり行動を変えると、メンバーは「今日のリーダーは優しいけど逆に怖い、何が目的なんだろう」と勘繰ってしまいます。

そして、宣言の際は「すぐにはうまくいかないかもしれないし、つい言いすぎてしまったときは謝るので指摘して」と付け加えると、柔軟に対応しようとする感じがメンバーに伝わり、なおいいですね。そうしたことを毎回積み重ねていくと、メンバーはリーダーに対して「最近話しやすくなったな」、「意見を言ってもにらまれたりしないな」と思い、徐々にチーム全体が変わっていきます。

――だんだんメンバーの表情が明るくなっていく様子が想像できますね。

石井
 ちなみに「心理的安全性」は“チームのカルチャー”なので、逆の立場でも同じです。会議のやり方を変えたときは、リーダーもドキドキしているはずですよね。そこでメンバーからの反応が悪ければ、「意味がないからやめよう」となってしまいます。リーダーが提示した新しいやり方が「働きやすい」と感じれば、メンバーから都度感謝を伝えることで、リーダーもその行動を続けていくことができるのです。

組織に「心理的安全性」を取り入れるため、人事担当者ができること

――「心理的安全性を組織に取り入れたい」と考えていえる人事担当者は、どうやって社内に浸透させていけばいいでしょうか?

石井
 「研修」、「サーベイ」、「人事評価」の3つがポイントです。まずは経営陣に対して「心理的安全性の研修」を行い、「生産性を向上させ、利益を上げるためには必要なことだ」と納得していただくことが第1です。よく日本の大企業を「昭和レガシー企業」のように揶揄するような言葉もありますが、私たちも日本の、伝統的な上場企業の経営トップに直接、心理的安全性をお伝えさせていただいています。大企業の中で働いていらっしゃる人が思っているよりも、経営トップは柔軟で、心理的安全性を推進する味方となってくれるケースが多いです。

続いて「数字で可視化する」ことも重要ですね。人事の方が「あのチームは雰囲気が悪いので、心理的安全性を取り入れましょう」と経営陣に言っても、「それは主観じゃないのか」と返されてしまったり、そのチームを率いているリーダーも「目標は達成しているはずです」と言ってきたりするなど、人事が感覚的に組織やチームの問題を把握していても、感覚では戦えないことも多いのではないでしょうか。ですから、何らかのサーベイを行ってその雰囲気を数値化し、「7点満点中3.8点しかないので対応が必要です」、「同じ業務をやっているはずの、隣のチームよりも1点以上低い」のように伝えることで、ぐっと説得力が増します。

最後に「人事評価」ですね。この時代は、人事評価も時間軸と空間軸を広げることが重要です。特に営業チームであれば個人の売上のみを評価対象としている企業も多いと思いますが、その評価軸だけだと「他人を出し抜いて自分の成績を上げた人」や「ベテランなのに、比較的楽に攻略できるお客様を扱った人」が評価されてしまいます。ですが、チームとしての評価にも目を向けていただくと、社員の心持ちも変わってくるでしょう。併せて、現実的でない高い目標は、社員のモチベーションを上げるどころか、「割引しますので、次の半年分も今期で購入してもらえませんか」のように、自社の未来を食いつぶし、今期の成績にしてしまうことすらあり得ます。もちろん評価制度を変えるのは簡単にできることはありませんが、その立場にいらっしゃる方は、目を向けてみるといいでしょう。

――人事部が施策を行ったことで、心理的安全性を高めることに成功した事例はありますか?

石井
 我々のクライアントである某大企業で、人事、中でも人材開発に携わる部長さんが、ご自身の部署を心理的安全に変え、全社で表彰されるような質の高いアウトプットを出して、全社を心理的安全に変えていく目処をつけたお話を紹介したいと思います。

その部長さんは、自分たちの人材開発の部署内で、メンバーに「管理職に対してどういうときに話しにくいか」というアンケートを取ったんです。かなり厳しい結果が出て、向き合うのは結構しんどかったとおっしゃっていました。

――メンバーが素直に答えてくれたことに驚きました。

石井
 率直な意見を聞くために、まずは無記名でアンケートを行ったとのことでした。フィードバックの例としては、その方の場合、メンバーが意見を言っているときに、先回りして正解を言ってしまっていたと。メンバーも自分なりに調べてそこまでたどり着いていたのに、先に言われるとがっかりしますよね。そこをアンケートで指摘されたので、「とにかく一度、最後まで話を聞こう」と、ご自身の行動を変えていったということです。アンケートの結果をメンバーに話しながら、「私は心理的安全なチームをつくるために、自分の行動を変えていこうと思う。すぐには直らないかもしれないから、もしまた何かやってしまったら指摘して」と宣言したそうです。

徐々にその部署が心理的安全に変わっていった結果、目標としていた数の3倍ぐらいのアイデアが出てきた。そのアイデアに対する意見もたくさん出て、クオリティがどんどん上がっていきました。そして、そのアイデアの一つは現実になって、全社で表彰されたのです。それを見た他の社員の方々が「心理的安全性が高いチームを作るとこんなに効果があるんだ」と言い始め、全社に広がっていきました。私たちにもその後、役員、管理職、社員を合わせて1,000人以上、数時間の研修を複数回ご依頼いただき、実施させていただききました。

――実際に成功例を目の当たりにすると、大変説得力がありますね。

石井
 この部長さんの場合は、もともと「全社に心理的安全性を広めたい」という考えがあったのですが、孤軍奮闘だとなかなか難しいのが現状です。そこで、まずは直下の課長さんを巻き込むところからスタートしました。課長さんに「こういうチームを目指そう」と話し、同意を得たり、メンバーへの話し方を相談したりした上でチームに呼びかける。そのチームが成果を上げ、それを見た社内にも広がり……といった流れですね。

――だんだん巻き込む人を増やしていったことが、功を奏したのですね。それでは最後に、ご著書の活用も含めて、この記事を読んでいる人事担当者の方にメッセージをお願いいたします。

石井
 『心理的安全性のつくりかた』は、「これだけやれば大丈夫」という内容ではなく、スキルを磨くための理論やフレームワークが書いてある本です。ノウハウだけが書かれた本ではありませんので、読みこなすのは結構大変だと思います。ですが、これを毎日繰り返しトレーニングしていくと、「自分自身とメンバーの行動を変える力」が確実に身に付くはずです。

そして、いきなり「心理的安全性を高めて組織全体を変えよう」と思っても、うまくいきません。最初はスモールスタートでいいのです。まずは自らの行動を振り返りながら、「ご自身の部門」にアプローチしていただく。人事部全体ではなく、「労務チーム」や「採用チーム」など、小さな単位で構いません。そこで心理的安全な環境を作ってみて、「変わった」、「成果が出始めた」と感じたら、「困難でも全社に広げていこう」という実感が持てるのではないでしょうか。

ご自身も組織も、変えるのには日々の積み重ねが大切です。一歩ずつ進みながら、取り組んでいただきたいと思います。
なぜ今「心理的安全性」が大切なのか――思い込みに囚われた「意味のない頑張り方」をやめ、チーム全体で成果を上げるためには

『心理的安全のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター刊)。2021年3月現在、発売からわずか半年で11版となっている


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