活発な人材研修の風景
最近テレビCMでも「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉が普通に登場するようになった。これは、ついに「DX」という言葉が一般用語にまでグレードアップしたということであろう。まだまだ「IT」ほど一般常識となったとはいえないまでも、世間に根付きそうな感はある。日本で「IT基本法」が設立されたのが2001年だから、ITという言葉はかれこれ20年の歴史である。これと比較すればその差は歴然だが、今でも「IT」という呼称については、総務省は「ICT」、経産省が「IT」といった、若干の表記の混乱が残っており、「DX」についてもさまざまな「ずらし表現」や派生語が出始めているため、混乱のないようにしていきたい。

「DX」は新規サービスのみを指しているわけではない

前回(第6回)は、日本と海外のAI化の流れと、保険業界におけるDX事例として住友生命の保険商品開発秘話をご紹介した。ここまでで誤解があるといけないので、触れておきたいのだが、「DXとは新規イノベーションでなければいけない」という論調が強かったために、「世界初!」と謳えるようなサービス開発だけを指していると受け取った方もいたかもしれない。もちろん、「これまでにないサービス」をデジタル化で実現するというのは、大枠で基本ではある。しかし、個人的には、「自らが考えたものでなくても」――いわゆる「パクリ」や「模倣」であってもかまわない、と考えている。どのサービスも発展途上であり、そもそも学びの基本は「真似る」、「盗む」ことから始まるわけで、良いサービスやビジネスモデルに惚れ込んだならば、積極的に真似し、その上でさらに飛躍させるのが現実的である。

●新規サービス開発への道――本気で体験「ネクストリーダー研修」

私は人事部として、IT系企業の人材育成に10年ほど携わったが、「柔軟で創造的な発想」は日常の業務では育たないと感じ、あらゆる研修に「新規サービス開発」を少なからず交えていった。

入社4年目となる節目の研修を「ネクストリーダー研修」と命名し、リーダーを支えながら理想のリーダーを目指すという研修に再構成した。その際の極めつけは、3ヵ月のグループワークのテーマを「新規サービス開発」にした点である。それだけなら珍しくもないのだが、特に下記3点を、IT企業における根強い大きな課題と設定した。

・創造性の不足
・お客様志向のズレ
・クラフトマンシップへのこだわり


これらを最終的にぶっとばし、「お客様の求めるものを、これまでのやり方にとらわれず、柔軟な発想で創造し、あらゆる経営資源を有効に配分することで、チームの力を最大化する支援型リーダーシップ」を、若いうちに知る(学ぶや実践ではなく)ことを徹底したのである。

コンセプトのポイントは、全員、誰もがリーダーになれるが、その形はさまざまであること、旧態依然とした昭和型リーダー(リーダーシップ1.5〜2.0)ではなく、「リーダーシップ3.0」――近い言葉で表せば「サーバントリーダー」や「支援型リーダー」とは何かを学ぶことにある。なお、「リーダーシップ3.0」については、私の知人でもある小杉俊哉先生の著書に詳しくあるので、ぜひ一読して欲しい。

【参考】
・小杉俊哉『リーダーシップ3.0――カリスマから支援者へ』(2013、祥伝社新書)
・Business Plus Support:小杉俊哉氏インタビュー「自律はリーダーシップ3.0の第一歩」

しかし、新しいリーダーシップは、机上の空論や研修内のロールプレイング程度で身につけることはできない。そこで、実践期間である3ヵ月間のグループワークについては、時間設定から進め方まで、すべてを受講生に委ね、「実務同様に活動する環境を整えた」のである。

実はこの研修は、私が初めてプロデュースした研修企画であり、他社の調査やターゲット層へのヒアリングなどを最も徹底し、時間もかけ、気合も入っていた、その後10年以上、毎年進化させながら続いた研修で、私にとっては「最大の作品」ともいえる。

なお、研修実施にあたってはコンセプトから徹底的な議論を尽くした川西 茂氏(株式会社ザ・アカデミージャパン 代表取締役社長)と金森 務氏(金森マーケティング事務所 取締役)の全面協力を得た。この取組みは、現在の「DX人材育成」においても、研修の実例として十分に適用できるものと考えている。

本連載で私が書いてきた「DX人材」とは、「イノベーション人材」を中心としていたが、実際はたった一人でできるものではなく、それぞれの役割をしっかり守る「チームビルディングが“肝”だと体で覚えること」が重要なメソッドだからである。

実際、この研修の最終的なアウトプット(新サービスのプレゼン)は、社長以下、各事業部の事業部長といった経営レベルの責任者を中心に300人余りのオーディエンスが集まる舞台を用意した。これは、実際にサービスとして採用される可能性があることを意味する。そして実際にサービス開発の担当から声がかかるのである。

のちに、この実務直結型の取り組みは、従業員たちからの要望によって、入社10年前後の若きリーダー層を中心とした選抜式として新たな対象を追加することとなり、さらに他社との合同研修にまで発展させることができた。チームの力が最大化されることで、実務担当者に勝るとも劣らない新規サービス創造につながることを、証明する場になったのである。

DX時代の「リーダーシップ」と「チームワーク」

この「ネクストリーダー研修」で最も注力したのは、「学校教育で刷り込まれたリーダー像を粉砕することから始める」という点だった。勉強ができて、運動ができて、かっこいい人が学級委員や生徒会長になる。このような、古くてコンサバなリーダー像が頭にこびりついているようでは、ビジネスの現場では勝ち残れない。まさにイノベーションをベースにしているということでもある。

わかりやすく言えば、パナソニック、ソニー、ホンダといった80年代の超優良な成功企業は、アイデア創出者がそのままリーダーになることで、ビジョンがぶれないことが強みであった。従業員すべてが強いリーダーについていくことが最重要であり、個々のメンバーの個性やタレントは重要ではなかったのである。近年、アメリカが「強きリーダー像」を求めるあまり、実業家・トランプ氏を大統領に選んだことは、高度成長前後の栄光の再現を求める声が増えてきた結果とも言われているし、「強さ」だけを求めて旧来のリーダー像に沿う人物をトップに据えた結果、任期終了間近に暴力的な事件を生んでしまったことは反動の表れかもしれない。

私がベテラン世代に、これだけはわかってほしいと思う重要なポイントは、古き良き時代と現代では「情報量とその密度」が決定的に違う、ということである。すでにあらゆる職位やポジションで、一人の人間だけで判断ができる情報量は軽く越えてしまっている。もはや、ビッグデータまで取り扱う時代なのだ。経営層だけではなく、マネジメント層や若手層、すべての層において、昔でいうところの「高度情報化」が進んでおり、かつて「24時間戦えます!」と謳っていたビジネスマンでも、たった一人だけは処理しきれないのが実情だ。

個人的には、過剰残業や過労死、ハラスメントといった社会問題の本質もここにあると考えている。ベテランマネジメント層は、昔の調子で「それぐらいやれ」と考えているようだが、当時とは事情が大きく変わっていることに気づかないと、パワハラを筆頭とするコンプライアンス違反になってしまう。したがって、研修では「パワハラをやめろ」、「処分や罰則があるぞ」と説くのでなく、時代背景の具体的な違い・質と量の変化という「本質的な課題」を認識し、本気で考え、分析した上で、自身を変えていかなければ、結局自分の成功体験に基づいて行動してしまうので、形状記憶合金のごとく元に戻ってしまい、なかなか根本的な問題解決には至らないのである。

話を戻すと、会社の中では職位が上がるにつれて所掌範囲が広がっていく。いわゆる「ウォーターフォール」的な業務同様に、ピラミッド構造がまだまだ主流である限り、昇格前から視点を上げるのは難しい、このネクストリーダー研修のように、「重要な節目」で普段の立ち位置では見えない景色を見せることが効果的なのである。

具体的には「もし自分が新規事業の開発リーダーだったら、絶対こんなサービス作るのに……」という創造的習慣を、頭の中だけではなく、実際に取組む機会を作ることが大切と考える。この経験を通して、日ごろから経営視点で考える習慣を多くの従業員に身につけさせることができれば、会社や組織が変わっていくであろう。しかし残念ながらそこまで大掛かりできっちりとした育成は、なかなかできないのが実情である。

DXをテーマにした新規事業研修の導入実例

先般紹介した「ネクストリーダー研修」の事例は、「入社4年目」という重要な節目に、まもなくリーダー職につくことを前提にしたリーダーシップ研修である。「4年目前後」としたのは、このころから、目に見える仕事ぶりだけでなく、本格的に評価や任用などに、徐々に差が出る時期だからだ。一般的にはここで選別が始まる。無駄な投資はしないためだ。

しかし私は、最後に同期全員に若手卒業と中堅スタートに向けた気づきや学びの機会を与えるべきと考える。少しでも多くの若手がロイヤリティを高め、「貢献」を意識することで企業力は最大化するはずだからである。そのために、厳選に厳選を重ねたテーマの3本柱が以下の通りである。

(1)リーダーシップ
(2)顧客志向
(3)視野拡大


大企業では、入社4年目ぐらいでは、リーダーにはほど遠い業務がアサインされている。さらに、近年はポスト不足のため、そのまま退職までリーダー職につけない人が過半数におよぶ会社もあると聞く。企業としては優秀な従業員に投資するために、このあたりを自ら学ぶ期間として、差がつくことを前提とした育成投資に切り替える。いわゆるリーダー職まで育成機会のない「空白の7年問題」であり、自立型育成という名の実質「指示待ち育成」ともいえる。

例えば、「GAFA」のようなグローバルな先進企業では、「昭和の育成術」である「指示する人とされる人」という考え方ではなく、多様性に富んだ組織の中で、心理的安全性を確保することで自由に発想・創造し、可変的なチームが有機的に結合して成果を生み出すスタイルをとっている。さらに、トップダウンやボトムアップというだけでなく「エンパワーメント(権限委譲)」によって、現場でのスピーディで正確な判断を進めるという面では、ご存じの通り、軍隊でも変革が進んでいる。

日本の大企業で、いきなりそんなことをやろうとしても、今の経営層の成功体験とは合致しないので、まず任せてもらえないだろう。「エンパワーメント」の必要性が叫ばれるようになって長いが、実質的には根付いてはいないのである。エンパワーメントには、かなり理解を持ったマネジメント層か、社員自身が相当の突破力を持っていることが必要であり、現在もまだ現実的ではない。だからこそ「4年目」という同期間の意識の違いや、自分自身の方向性など、いろいろ気になり始めるタイミングを確実に押さえ、周辺のネガティブ情報の影響を受ける前に、手を打つ早期育成が不可欠なのである。

実際、評価の違いなどで、その単純競争的な面によってモチベーションを下げてしまったり、可能性を見失ってしまったりすることは少なくない。これはキャリアデザインの本格的な検討、さらには離職対策効果も含めて考えねばならない時期だということなのである。

そこで、この「ネクストリーダー研修」では、早い時期に、個人個人がもつ良さや能力を活かして、「多様性をベースにしたチームビルディング」と「顧客志向(マーケティング)」の種を植え、視野拡大という「生き方」を伝授するのである。形式は、1〜3日間の合宿が望ましく、そこで学んだことをベースに、実際にチームや組織運営で成果を出すことで「貢献」を体得させるのである。この時のテーマに、今ならば「DXの推進と新規事業」的な提案書を作成させるのが良いだろう。

ちなみに、この建て付けをそのまま実行することは容易いが、本質的な成長という意味での成功を得るためには、大量のコツやノウハウの実践が必要であり、特にターゲット分析に始まるマーケティングの基礎は必須である。

そして、実行する育成担当者は参加する受講生の数十倍は大変であることを付け加えておきたい。なぜなら、「4年目ぐらいの従業員」とは、一番勘違いしやすい時期だからである。入社直後の若手のような「お作法がわからない」といった不安は消え、自分ひとりで仕事を進めることができる、「一人前」になりたての人材だ。会社の中では若手に対しての小姑的なポジションでありながら、身の程がわかっていないために、仕事や忙しさを盾にマネジメントサイドや人事部などに対して最も反発を感じやすい。ちなみに、私はこの時期を「ビジネス思春期」と呼んでいる。

本人は気づいていないかもしれないが、このあとリーダーになれる芽がない場合、大半は異動や任用から外れて成長機会を失い、愚痴や悪口の多い「ネガティブ中堅」になってしまうのだ。

残念ながら「いい仕事をできる条件は、他責でないこと」であり、それを見極めるには「愚痴や悪口などネガティブ思考」が表はもちろん裏でも出ていないかで測ることができてしまう。「自分が正しい」という前提の他責主義では、同僚や他人などの自分以外に問題があると考えがちだからである。他責主義の人材に、組織人として重要な仕事を任せることはできない。そこで、早期育成を図り、いつでもだれでも活躍する機会はあること、柔軟な思考を身につける必要があることを学ばせ、同時にDXにおいて、これまでの価値観や評価システムでは成功できないことを理解させるのである。

ということで、4年目の階層別研修を例に、DX推進の取り組みを育成面から推進する方法をご紹介したが、これは係長・課長・部長どの職位(階層別)の研修でも実施すべきであり、できれば新規サービス開発を職位別に競う形で実現するのが望ましい。先に挙げた「ネクストリーダー研修」で、最後のプレゼンを見た当時の社長や、オブザーバーで参加していた他社の人事部の方々からいただいた共通の評価は、「課長層の研修の数倍すばらしい発表だった」というものだった。これはすなわち、「経験を踏まえた知識やスキルよりも、チーム力とモチベーションが勝る」ということの証明であり、上位の職位ほど大事と考える人材育成の古い発想に一石を投じたといえる。すなわち、職位が上がるほど、事務処理に埋没して戦略思考が鍛えられていない現実と表裏なのである。だからこそ、すべての職位で実践してほしいカリキュラムなのである。

研修を成功させるためのノウハウ例

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