DXを人材育成の立場から見てきた。本来は、何をするか経営企画があって、必要な人員計画を立て初めて人材育成となるべきであるが、コロナ禍にあって企業の存亡をかけた取り組みとなってはそんな余裕はない。どの企業も「走りながら考える」というのが実態だろう。接客業を中心とした「人の流動を前提としたビジネススタイル」は、アフターコロナでもリスクが高い。DXでどのような突破口を開いていくのか、検討モデルを含めて具体的な事例を参考に考察していきたい。
DX事例と具体的な運用方法――AI技術と住友生命のDX保険商品開発秘話(第6回)

DXはすでに始まっている! 知らぬ間に「勝ち組」と「負け組」に分かれているかもしれない

いよいよ、DX人材を発掘して、育成して活躍できる環境を構築するところまで説明できた。次は、DXの基礎となる技術の基本的な部分と、具体的なDX案件の取り組みに関して、いくつか事例をご紹介したい。

その前に再度、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」という言葉のニュアンスや認識が、まだまだ人によってかなり違うので、今一度、経済産業省の「『DX 推進指標』とそのガイダンス」(※1)における定義を確認しよう。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応しデータとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し競争上の優位性を確立すること」

これを見ると、ますますわかりにくくなってしまうかもしれないけれど、要約すると「ただ単純にデジタル化するのではなく、ビジネスや生活をトランスフォームする」ということだ。

「トランスフォーム」という言葉自体にピンとこない人は、アニメーションや映画、玩具などで展開されている『トランスフォーマー』というロボットキャラクターを思い出して欲しい。キャラクターが車になったり飛行機になったり、変形したりする(ご存じない人は、動画サイトなどでぜひ確認してほしい)。

私はこれを「デジタル化を通して変革を起こす取り組み」であり、「ITイノベーションの進化」として説明してきた。

※1:【参考】 経済産業省「『DX 推進指標』とそのガイダンス」(PDF)

AIがDXを主導する

すでに大きなうねりとなっているDXの例として、その中心は、なんといっても「AI(人工知能)」を活用したシステムである。わかりやすい例では、囲碁や将棋だ。人間とAI搭載ロボットとの対局を、ニュースなどで見聞きしたことがある人も多いと思う。

●AI技術の歩んだ歴史

AI技術については、今現在の状況さえ知っていれば、その歴史については不要だと考える人もいるかもしれないが、私個人としてはここまで画期的で見事なブレイクスルーの事例はあまりないと思うので、簡単に紹介したい。詳しくは、総務省「平成28年版情報通信白書の人工知能(AI)研究の歴史」(※2)をご覧いただきたい。

「AI」とは「Artificial Intelligence」の略であり、この言葉は1956年のアメリカのダートマスで開催された「ダートマス会議」で、初めて世の中に広まった概念である。すなわち、64年も前に、SF小説ではなく、有識者の間で議論された「人間のように考える機械」のことなのである。

しかし、当時の技術では実際に商用化できるレベルまでは難しくブームは去る。そして第2次AIブームが80年代に起き、この時は国をあげての大プロジェクトとなって、世の中でもAIという言葉が流行った。

当時、そのプロジェクトに参加していた私の知人女性は、将来の高齢化社会を見越して介護ロボットを研究していたそうである。ある日、研究仲間が遊び半分で受付ロボットを作り、ビルの入口に置いたそうだ。そのロボットは明らかに女性をモチーフにした造形で、彼女は男性研究者の「受付業務=女性の仕事」という先入観にいら立ちを覚えた。そして、それをきっかけに男性と女性の感覚には違いがあると考え、それは脳の違いなのではないか? と、男女脳の研究を始めたそうだ。

※2:【参考】総務省「平成28年版情報通信白書の人工知能(AI)研究の歴史」

●人間の成長阻害の一番の原因が「AI」にはない

「第3次AIブーム」当時では、Googleの「AlphaGo(アルファ碁)」がそのターニングポイントを作ったAIとして挙げられる。人間に勝つのが最も困難だと思われていた囲碁の世界で、2015年10月、初めて人間のプロ囲碁棋士をハンデなしで倒したプログラムである。これは、歴史的な出来事である。そして、AlphaGoはこれまでと大きく違い、生物の脳神経を模倣したニューラルネットワークを採用し、飛躍的に性能を上げることができた。AlphaGoによる人間との対局での勝利は、それまでの人工知能の非力なイメージを一新し、世界中にAIの可能性を知らしめることとなった。

囲碁や将棋のAIの戦い方には、独特の戦法が見受けられる。人間ならほとんど採らない手を打つのだ。簡単にいうと、定石(囲碁で最善手とされる決まった打ち方)にとらわれず、プロ棋士が、かっこ悪い、恥ずかしいと思うような手も気にせず選択する。そう、これこそ、「人材育成」における成長阻害の一番の原因である「小さなプライド」に惑わされない、ということなのである。

「人材育成」に関わる者にとって、これはAIがケアレスミスはしないという事実よりも、恐ろしく重要なポイントなのである。まさに、シンギュラリティという言葉を彷彿とさせるが、プラットフォームのレベルで、人はAIに及ばないといえるかもしれない。これは、人間らしさよりも、ミスをせず、感情的にならないAIこそ、さまざまな分野で人間から置き換わっていくことを想像させる。一般的なイメージとは異なるかもしれないが、実は経営やマネジメントこそ、正確で迅速なAI向きかもしれない。そして、肉体や人柄を必要とする営業的な仕事の方が、人間の仕事として比較的長く残るであろう。

ただし、勘違いしてはいけない。今営業職に携わっている人が今後も安泰だ、という意味ではない。なぜならマネジメントサイドやスタッフ部門がAI化されれば、そこから優秀層が営業職へ移動してくることは明らかだ。もたもたしていると職を失うし、その後は、やがて、肉体を必要とする仕事もロボットが行なっていくことだろう。

そういった意味では、現在ある仕事で人間でなければいけないものはなさそうだが、代わりに今後は、「今はまだ存在していない仕事」が誕生することに期待したい。

●「顔認証」システムの高精度化

さて、話を戻して、この「AIエンジン」を活用して世の中を変えた好例を紹介しよう。まずは、「顔認識システム」だ。すでに顔認識の精度は99%台に上り、完成の域にある。これをさまざまなシステムのフロント部分に組み込めば、さらに多様なシステムとなるだろう。

例えば、飲食店に入ると、個人を認識して、希望するメニューを用意してくれる。これまでWebや会員証でIDを利用して個人を認識した「1to1システムのルール」によってパーソナライズされていた仕組みが、何倍もの精度でリアルでも実現されてきているのである。

顔認識にはカメラを使うため、我々の日頃の生活で見える部分、かつ強力な個人情報を扱うので、その倫理性やリスクについて気を付けなければならない、例えば監視や盗撮目的で使用されることも考えられるのである。カメラを利用したAIシステムは、使用していることが情報開示されない限りわからない怖さがある。中国では、アメリカの人気テレビドラマ『パーソンオブインタレスト(PERSON of INTEREST)』の世界が、すでにリアルに実現している。いや、むしろそれを超えているだろう。

NHKの番組でAIの事例がいくつか特集されていたが、すでにアメリカではもっとダイナミックに活用されている。シカゴ警察では、過去の犯罪データから「犯罪予測」を行い、限られた警察の人的資源を、必要な場所に配置して犯罪率の低下に成功している。これは当然ながら個人情報の解析により、犯罪を起こす可能性、さらに、犯罪者の犯行予測が可能ということを意味している。

●臓器移植優先順位の決定

もうひとつのショッキングな事例は、アメリカでは、「臓器移植の優先順位をAIで決めている」というものだ。申し込み順ではなく「臓器移植を受けた場合の生存可能期間」をシミュレーションし、長い人を優先する、つまり、AIが人命に優先順位をつけるというものだ。優先順位を下げられた人は、今後も優先される可能性は低い。

番組内では、AIが提示した「根拠説明のない結論」に、すべての人が納得していたわけではなかった。これはつまり、DXによる変革が、すべての人類を幸福にするとは限らない、ということである。AI利用はすでに始まっているが、「倫理的な問題」について、もっと考える必要があるかもしれない。

住友生命の保険DXプロジェクト

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