研修を成功させるためのノウハウ例

前述の通り、例えば、この研修を私に発注いただいたとしても、通常の「研修パック」のようにアドオンしたやり方では、成功は極めて小規模に収まってしまう。企業文化として「この年次以降の人材をクリエイティブ世代に変えたい」、「いずれは会社全体を変えてイノベーションを根付かせたい」と考えるならば、さらに細かな運用テクニックが必要となる。ここではその運用テクニックの一部を紹介しよう。

●人材開発・育成担当者のマインドとスキル

企業研修の成果は、費用対効果、特に本来利益貢献で測らねばいけないが、ROIで分析するなど本気でやっていたら、いくら時間があっても効果測定結果は出てはこないだろう。そこで、受講者の「スキルアップ」と「意識改革」などの成長で測るのが現実的である。ところが、それすらも実際には行わず、最悪なのはアンケートの集計しかしていない場合が多いのが実態である。

そのアンケートも、実のところ研修の商品アンケートになっている。例えば「時間は適当でしたか?」と聞く。いったい何が知りたいのか? どのような意味で「適当」なのかはよくわからないし、気分の問題であろう。重要なのは「本人が成長しているか、成長に結びつけることができるか」であり、余暇の楽しみ方やホテルの快適さのアンケートとは違うのである(ちなみに研修会社目線の商品アンケートとしては、必要な情報ではある)。

委託した研修会社は研修を実施(販売)するのが目的であり、残念ながら受講生の本質的な成長を目指す意識や着目点は、同じ会社の人材育成担当者には遠く及ばないのが現実だ。したがって、育成担当自らが受講生をきちんとトレースすべきと考える。研修が終わった瞬間にスーパーマンになるわけではないだろうから、このあと受講生の成長が期待できるようなマインドチェンジや行動変容が起きているか、ある程度の期間追いかけてチェックする。つまり、まずは、「育成や研修を企画する担当が、育成のプロフェッショナルでなければいけない」のである(個人的には、企業教育担当者検定を作りたいと考えている)。

そもそも研修会社の研修はパッケージ商品のようなもので、研修開始時点からしか設計されていない、というのが一般的である。「研修でできることは機会を与えることだけだ」と心得よう。だとすれば、受講生に成長の機会をつかませることが成果といえる。そのためには研修にどういう心持で来させるか、どれだけ準備させるかから設計しなければならない。直前まで仕事に追われた状況で参加するとか、研修中も仕事が気になってしかたないとかいう状況では、効果は半減、いや無駄な投資になる危険性が高い。このあたりはまさに顧客志向や心理学のテクニックの世界でもある。

だからこそ人事ローテーションのキャリアパスや経験値のために、2~3年経験させる程度では、人材育成の本質はわからないし、受講する社員のためにもならないであろう。

●社内コンセンサス

残念ながら新しい取組みや大幅な改善は、やってみないとわからないことが多い。そして、日本では人材育成担当者以外の一般の社員、即ち外野の社員は、自身の学校での学習経験をもとにした強い価値観(モノサシ)を持っており、それで施策を評価したがる。しかし、これがプラスに作用することはあまりない。たいていの場合、「もっとこうしろ」「ああすべきだ」といったネガティブな指摘だけで終わってしまう。

例えば、研修に参加するのが苦手な私は、「自己学習の方が成長できる」と信じているし、そもそも忙しいのに参加したくない。そこで、それを逆手にとってみた。そんな私でも参加したくなる研修を考えることで、誰もがポジティブに参加したくなる研修を目指すのである。私が考案する研修はその結果できあがったもので、私が大切にしている研修の要素は「楽しくて、手ごたえがあり、心に残ること」である。

ところが、研修に楽しさが必要かというところで議論になったりする、楽しさが必要な理由は、やらされ感をなくし自ら学ばせるためで、営業でお客様が買わされたと思うのではなく、自律的に選択したのだと思わせるプロモーション効果と同様である。そしてさらに言えば、楽しいから知らぬ間に夢中になる「フロー体験」を狙うことで研修効果を最大化するためでもあるのだが、説明せずに理解してもらうのは至難の業である。

そのため、人材開発や育成実務担当者が、イノベーティブな育成施策を行うためには、専門知識を学び、ターゲットを分析し、緻密な企画した上でなお、相当な「推進力・突破力」を発揮しなければならない。そこに、意思決定者の許容力や任せる技術、チャレンジ精神までそろわないと、担当者は主旨説明すらできない。

現在の日本企業で、そこまでコンセプトを徹底的につめ、実施できている会社は非常に少ない。むしろ、各企業の人事部が日々頭を悩ましている問題は、「従業員の研修参加数が少ない」といったレベルどまりである。

●受講生の意識

たいていの企業において、研修受講生は「被害者」である。研修に参加したために遅れた仕事は、誰も代わりにやってくれないし、責任もとってはくれない。利益を上げてもいないスタッフ部門である育成担当から、一方的に「出ろ」と言われて渋々参加するケースがほとんどだろう。そんな「やらされ感」が満載な状態では、成果など期待できるはずもない。

それにもかかわらず、参加意欲が低いことを「受講生やその上司の問題」とする担当者が多いのだが、たいていの場合、わかった顔をしている研修実施側の意識と責任感、そして「顧客志向の低さ」が原因であると思われる。

受講生が受けたくてたまらない魅力的な研修、価値のある研修であれば、だれもが研修に向けて、完全に業務の調整をしてくるだろう。実際、この点は大きい。例えば、受講生は研修中に携帯電話が鳴ると教室から出て行く。そこで、研修事務局は携帯電話の持ち込みを禁止する、というのが一般的だ。ところが、本当に研修が魅力的で、価値を見出せるよう設計すれば、そもそも研修の時間中に電話が掛かってこないように調整してくるし、そういったモチベーションで参加している受講者は、実施側に言われなくても携帯電話は持ち込まない。ビジネスマナーや参加姿勢までが違ってくるのである。

もちろん、このような受講者の意識を育て、受講環境を実現するためには、育成担当に研究に研究を重ねる学習意欲と顧客志向・マーケティングセンスが必要となる。


以上、ここまで代表的な抜けやすい課題を3つ挙げたが、ノウハウはまだまだこの数十倍はある。研修には義務的にただやればいいというものも実際には存在する。だからといってどれも同じように、忙しいから、面倒だからと、こなし仕事にしてしまうなら、効果測定をする価値もない。当然、効果を最大化するための知恵をふり絞っているのであれば、研修に立ち会い、受講生の表情をずっと見ていれば効果があったかどうかは十分わかるものだ。

研修は育児や子育てと同じで、手を抜けば手を抜いたなり、手をかけすぎればワガママに育つ。もちろん部下育成もまた同じ。育成に携わる者は、受講者を自分の子供だと思って接し、育てることが正解なのかもしれない。

研修はあくまでも育成の手段のひとつにすぎない。従業員自らが学ぶ文化が醸成できれば、本来必要ないものなのである。しかし現実にはそれは難しいのだが、逆にうまく活かすことで、さまざまな意味で最大のチャンスにもなる。直接やる気を引き出し、自主的に学び続けるきっかけが作れるのだから、無駄にはできないものなのである。企画にあたっては、面倒くさがらずに調査分析を十分にして、育成担当者が受講生の数倍、頭と体を動かし、さまざまな角度から検討していくことが重要であろう。

今回は「DX」を一般研修に取り入れるアプローチを通じて、育成施策の在り方にも触れることができた。ほかにもターゲットごとにアプローチの方法はあるので、引き続き、可能な限りご紹介していきたい。
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