「ジョブディスクリプション(job description)」とは、職務の内容を詳しく記述した文書を指す。規定された業務を遂行することで、組織の生産性向上がもたらされるという観点から、今、日本企業でも導入が広がっている。本記事では、「ジョブディスクリプション」の目的、メリット/デメリットを提示するとともに、導入のポイント、書き方・作り方などを紹介していく。
ジョブ型雇用で注目の「ジョブディスクリプション」とは? デメリットや作り方、書き方を徹底解説

「ジョブディスクリプション」とは? 定義や目的を紹介

まずは、「ジョブディスクリプション」の定義や目的から解説したい。

●「ジョブディスクリプション」とは?

「ジョブディスクリプション」とは、担当する職務の内容や範囲、難易度、求められる経験・スキルなどが記述された文書だ。日本語では「職務記述書」を指す。「ジョブ型雇用」を採用したり、成果主義に基づいて評価したりする欧米では一般的であり、採用や人事評価、人材活用などを行う際に良く利用されている。近年は日本の企業でもかなり注目されるようになってきている。

●「ジョブディスクリプション」の目的

「ジョブディスクリプション」の目的は、主に二点挙げられる。一つ目は、人事評価の透明性を高めていくこと。人事評価を行うにあたっては、「ジョブディスクリプション」に記載された職務内容を達成できているかを見れば良いので、客観的かつ公平な評価が可能となる。二つ目は、個人および企業全体の業績向上につなげていくこと。職務内容が明確であれば、本来やるべき仕事とそうではない仕事が区別できるので、無駄な業務が大幅に減ってくる。

●「ジョブディスクリプション」の導入が増えている背景

これまで日本企業では、新卒一括採用の名のもと、総合職として雇用した社員を自由に配置転換させながら、ゼネラリストとして育成していく「メンバーシップ型雇用」(日本型雇用)が主流であった。それゆえ、「ジョブディスクリプション」はほとんど必要とされていなかった。

しかし、近年は状況が大きく変わってきている。日本企業でも欧米のように職務を限定して採用する「ジョブ型雇用」にシフトする動きがある。これに伴い、導入が広がってきているのが、「ジョブディスクリプション」だ。その背景としては、幾つか考えられる。一つは、成果主義により、個人の専門性・生産性を高め、企業としての競争力を強化したいという意図が窺える。

また、ダイバーシティ経営が叫ばれるなか、外国人雇用が増加していること、DX(デジタルトランスフォーメーション)化が加速し、ITエンジニアやデータサイエンティストなどの専門職の確保が急務になっていることも要因といえる。加えて、働き方改革の一環として進められている「同一労働同一賃金」も、「ジョブディスクリプション」の導入を後押ししている。


「ジョブディスクリプション」は、どのようなメリットがあるか?

日本企業でも、徐々に定着してきている「ジョブディスクリプション」だが、導入するメリットはどんなところにあるのかを次に解説したい。

●労務の範囲と報酬の関係の明確さ

日本企業に良く見られる「総合職」だと、通常は職務内容が明確にされていない。そのため、業務の幅がかなり広がってしまい、残業を強いられるケースが多々ある。一方、欧米では「ジョブディスクリプション」をベースとする「職務等級制度」という評価制度が用いられており、職務内容に報酬が直結した仕組みになっている。そのため、公平に評価できるので、従業員から不平や不満が出にくい。このように、業務範囲と給与体系の関係を分かりやすくするために、「ジョブディスクリプション」を導入することは、多大なメリットがある。

●スペシャリストの採用・育成のしやすさ

「ジョブディスクリプション」には必要となる経験やスキルも明記される。しかも、入社後は基本的に人事異動もないので、特定の業務領域における専門性を持った人材を採用・育成しやすくなる。一方、採用される側にも多大なメリットがある。職位ごとに業務領域が明確に分かれており、そのなかでキャリアを積んでいくことができる。言い換えれば、その領域・ジャンルのスペシャリストになりやすくなるといえる。日本企業は、スペシャリスト育成が難しいと指摘されているが、「ジョブディスクリプション」はその課題解決に貢献していける。

●職務に最適な人材の採用

採用活動を進める上で、「とにかくターゲットを広げたい」、「多少でも可能性があるならば、できる限り会ってみたい」というスタンスで臨むと、どうしても効率が悪くなる。その点、「ジョブディスクリプション」を活用すれば、採用における基準を明確化できるので、応募者のスクリーニングやマッチングがスムーズになる。それだけでなく、面接官による採否のズレもなくなり、より客観的に判断ができる。結果的に、職務に最適な人材と出会う確率が高まることになる。

また、応募者の立場からすると、詳細な職務内容や期待される成果を把握しやすいので、入社後のギャップも少なくて済む。早期離職のリスク軽減にもつながると言って良い。

●人事評価のスムーズさ

「ジョブディスクリプション」には、その職務にどのような成果が求められるかも記述されている。期待される成果と実際に導かれた成果を比較・検討できるので、人事評価が効率的に行えるようになる。

●従業員が活躍しやすくなる

「ジョブディスクリプション」があると職務の責任範囲が明らかにされるので、従業員は自分が本来やるべき業務に集中することができる。また、求められる役割と現状とのギャップがどこにあるかも把握しやすいので、今後どんなスキルを伸ばしていけばよいかといったキャリアアップに向けた計画も立てやすくなる。

●組織の生産性の向上

職務に必要なスキルや能力を持った人材を配置していくのが、「ジョブディスクリプション」の基本的な考えだ。その結果、適材適所の人員を配置できるので、組織の生産性は格段に向上する。また、業務内容や達成すべき目標も明確に提示されるので、従業員は「何のためにやるのかわからない」といった無駄な業務、非効率な業務から解放されやすくなる。この点でも、モチベーションがアップするので生産性の向上につながってくるといえる。

●評価の公平感

「ジョブディスクリプション」は、人事評価において明確な基準として活用できる。何故なら、その職務に求められる成果が記述されているので、実際にもたらされた成果とのギャップがどれだけあるかが客観的かつ公平な視点で判断できるからだ。また、評価にあたって主観的な要素が排除されることで、従業員本人も評価に納得しやすくなる点も見逃せない。

「ジョブディスクリプション」を導入する上で気をつけたいデメリット

「ジョブディスクリプション」もメリットばかりではない。当然ながら、デメリットもあるので留意しておきたい。こちらは、二点ほど取り上げたい。

(1)仕事内容に柔軟性がなくなる

「ジョブディスクリプション」で仕事内容が明確に記載されると、ともすると「これは範囲外だからやらない」と判断してしまう従業員が出てくる。また、類する仕事をしている人がいる場合には、「これはそちらの仕事だ」と押し付けるケースも起きかねない。会社全体で見ても、全従業員が「ジョブディスクリプション」に決められたことしかやらないとなると、経済状況や社会情勢が変わった時に対応していけなくなる可能性もありえる。

(2)ゼネラリストの育成に不向き

「ジョブディスクリプション」は、業務内容を特定の領域に限定する仕組みであるだけに、幅広い業務領域に携わり、汎用的なキャリアを形成したいというゼネラリスト志向の方には向いていない。組織の運営上、ゼネラリストは不可欠となってくるだけに、ゼネラリストを意識した「ジョブディスクリプション」を考える必要があるだろう。

「ジョブディスクリプション」の作り方

ここからは、実際に「ジョブディスクリプション」の作り方を説明していく。三つのステップを紹介していきたい。

▼対象職務の情報収集・ヒアリングの実施

「ジョブディスクリプション」を作った際に、良く課題として挙がるのが、記述された内容と実際の職務内容に違いがあることだ。また、重要度や優先順位がまったく反映されていないケースも多々ある。その原因の多くは、対象業務に関する情報収集と実務にあたっている従業員に対するヒアリングの不十分さにある。情報収集を行う際は、職務等級や責任、職務内容はもちろん、必要な知識やスキル、権限の範囲などをしっかりと抑えておきたい。また、現場へのヒアリングを行う際には、複数の従業員を対象とするのが適切である。

▼集めた情報の精査

情報が集まったら、人事や部門のマネージャーなどで精査し、それぞれの職務を遂行するために何をどう行っていくべきかを落とし込んでいく。業務内容をリストアップしたところで、各項目の重要度や優先度を踏まえ、並び替えることもポイントだ。

▼精査した職務情報をもとに「ジョブディスクリプション」を作成

情報の精査を終えたら、いよいよ「ジョブディスクリプション」を作成する。文章のボリュームは、通常A4サイズ1枚程度が目安。作成後は、より完成度を高めるために、該当部門のマネージャーにチェックを受けることも薦めたい。

「ジョブディスクリプション」の書き方

実際、「ジョブディスクリプション」には何を記述したら良いのか。必須項目を解説したい。

●企業が求める人材

まずは、募集する職位名と求める人材の要件だ。職位名には、ポジションや肩書き、職位に期待される役割なども添えたい。また、人材の要件としては、一つは業務を遂行するために不可欠となってくる経験やスキル、資格を記載する。もう一つは、求める人物像だ。「自ら考え行動できる」、「状況に応じて柔軟な対応ができる」、「最後まで責任を持ってやり抜く」など、候補者にどのような資質を求めるのかを記載する。

●具体的な業務内容

業務内容や職務の責任範囲については、漏れがないよう詳細な記述が求められる。その際のポイントは、重要度・優先度が高い業務、頻度の高い業務から書くこと。また、業務が多岐に渡る場合には、それぞれが勤務時間のなかでどのくらいの割合を占めるのかも記載しておきたい。

●企業・チームの構造

業務体制や待遇を含む募集要項も欠かせない。業務体制としては「レポートライン」だ。誰が指揮命令を出すのか、誰に進捗を報告すれば良いかを記載する。また、募集要項には給与の目安、主な福利厚生、職位に対する評価や査定基準、勤務地、勤務時間、転勤の可能性などを明記しておく必要がある。

「ジョブディスクリプション」の作成ポイント

「ジョブディスクリプション」を作成するにあたって、留意しておきたいポイントを整理してみたので紹介したい。

●あらゆる意見を取り入れる

まずは、できるだけ多くの従業員にヒアリングし、意見を取り入れることだ。該当する職務の従事者は当然、人事担当者や部門・部署の管理職やマネージャー、場合によっては経営者や役員なども対象として含めることも考えたい。

●業務内容を網羅する

「ジョブディスクリプション」を記述することで、各職務の担当者は本来の業務に専念しやすくなる一方、担当業務以外には一切目を向けなくことも想定される。その結果、担当者間で業務の隙間が生じてしまったり、関係がぎくしゃくして仕事が上手く回らなくなったり、組織の生産性が低下することもありえる。そうした事態にならないようにするためにも、組織全体を見渡し、業務内容に漏れがないかを再確認した上で「ジョブディスクリプション」を作成することが重要になってくる。

●定期的に見直す

「ジョブディスクリプション」は一度作成したら、終わりではない。経営環境や社会・経済の動向によって、職務の範囲や内容、必要となる経験やスキルは当然ながら変わってくる。生産性を低下させないためにも、定期的に見直しをかけ、アップデートしていく必要がある。
職務遂行に最適な人材の採用、公平な人事評価、組織の生産性の向上などを実現できるという点に着目し、日本でも導入する企業が多くなってきている「ジョブディスクリプション」。ただ、実際に書き上げてみようとすると容易ではない。各職務の実態に合致していないことが生じやすいからだ。導入のメリットと作成のポイントを改めてチェックし、組織の生産性向上につながる「ジョブディスクリプション」を作り上げてもらいたい。
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