前回は、労働環境をトータルリワードとして捉えることの重要性と、多様な働き方を前提とした労務管理の実現アプローチについて触れました。新しい働き方に関する従業員の意識や知識(ソフト面)とデジタルツール(ハード面)の両方の更新が求められますが、今回はまず、知識と意識の更新についてその進め方と要所に触れていきます。
デジタル時代の労務と人事【2】(第13回)

日本における労働時間管理の重要性

現在の「労働法」が想定している働き方と、デジタルツールの発展で可能となった働き方には少なからず乖離があると前回(「デジタル時代の労務と人事」【1】)述べました。しかし、2019年に「高度プロフェッショナル制度」が創設され、企画業務型裁量労働制の対象業務が一部追加されるといった、多様な働き方を後押しする法整備は少しずつですが進んでいます。

ただし、これらの制度は、労働時間管理そのものを不要としているわけではありません。日本において多様な働き方の前提は、会社による従業員の健康確保措置の充実です。高度プロフェッショナル制度における健康管理時間の把握や、裁量労働制における労使での適切な「みなし労働時間」の検証など、会社による適切な労働時間の管理が求められます(※1)。

一方で、会社として適切な労働時間管理の仕組みを整えたとしても、肝心の従業員に労働時間を正しく登録する意識がなければ、せっかくの仕組みは意味がなく、さまざまなコンプライアンスリスクを抱え込むことになります。そのような事態を避けるためにも、使用者(管理職)は部下に対して日々のタイムリーな労働時間の登録(勤務時間登録)を繰り返し指導する必要があります。

しかしながら、すでに多くの会社では勤務時間登録の徹底に関する指導は繰り返し実施されていると思います。そして、指導を繰り返しても日次で勤務時間登録が徹底されず、従業員が月末にまとめて勤務時間登録をした結果、やっと上限規制に抵触するような労働時間であることが発覚する、ということもあるのではないでしょうか。

我々は労務管理の支援を通じて、企業で「適切な勤務時間登録」が進まない要因は主に2つあると考えています。

(1)労働に関する用語が社内で定義されていないか、されていても周知されていない(知識の問題)
(2)勤務時間登録・承認・モニタリングツールに制約がある(行動の問題)


まずは、知識に関する問題点と対策について整理しましょう。

※1: 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」

従業員にとって近くて遠い、労働時間に関する知識

労働時間制度に関する用語については、「労働法」に明確な定義がなく、後に「行政解釈」や「ガイドライン」が出されるケースがあります。例えば「1日」の定義は「労働基準法」にはなく、後の行政解釈で「午前0時~午後12時」と発されています(※2)。しかし、従業員は、通常、いちいち厚生労働省のホームページで解釈を調べるといったことはしません。

また、「就業規則」は従業員が閲覧可能な場所にあるはずですが、旅費規程・休業規程などのいくつかの規程に分かれており、自身が探したい条項にたどりつくまでに時間がかかることもしばしばあります。そうすると結局、従業員は調べることが億劫になり、労働時間の意味をよく理解しないまま働くということが起こりえます。

労働時間は「従業員が使用者の指揮命令下に置かれている時間」です。「指揮命令下にある」というのがどういうことかを理解していないと、何が起こるでしょうか。下記はすべて、指揮命令下にあると解釈され、労働時間に当たる可能性があるものです。

・研修(受講の必須/任意を問わず、業務に必要と判断できるもの)
・昼休みの電話番(上長の指示がなくても、電話番をしていることが明白)
・次期アサイン予定のプロジェクトに関連する情報収集
・通勤時間中に回答を求められたメールや電話への対応


上記に関する正しい知識を現場の従業員が持っていなければ、人事部がいくら頑張っても労働時間の過少申告や休憩時間の未取得につながり、労働基準法違反となる可能性が高くなります。反対に、必要な情報にすぐにアクセスできれば(知識があれば)このような状況は避けられます。こういったケースには、社内の規則や暗黙知をひとつに集めて明文化した「働き方の取扱説明書(ワークルール集)」の導入が効果的です。

※2:厚生労働省「改正労働基準法の施行について(1988年1月1日/基発1号)」

「ワークルール集」という社内で唯一の「働き方に関する取扱説明書」

ここでいう「ワークルール集」とは、単に社内でバラバラになっている規程の重要なポイントをまとめたものではなく、自社で発生しうる「勤務イベント」を時系列に整理し、それぞれで必要となる法令や社内知識、勤務管理システムへの登録方法などもあわせて記載したものを指します。下図は、勤務イベントの整理フレームです。

図:1日の勤務イベント整理フレーム(9時始業、17時終業の場合)
デジタル時代の労務と人事【2】(第13回)
アプローチとしては、最初に1日を就業管理上の時間帯で区分し、それぞれで発生しうる勤務イベントを洗い出します。勤務イベントは自社の「就業規則」や「労使協定」で明文化されているものから現場の慣行まで、できるだけ網羅的に書き出します。

よくある明文化されていないケースは、例えば「直行・直帰」や「出張」における移動時間と、日中の移動時間(自社で始業し終業)のそれぞれを労働時間として取扱うかどうかについての取り決めです。行政解釈(※3)は発されていますが、それだけでは従業員は各々の解釈で勤務時間登録する可能性もありますので、会社としての解釈と周知は必要です。この例に限らず、明文化されていない慣行は、ワークルール集の作成を機に改めて制度として整理することが重要です。

勤務イベントを整理した後、自社で適用している労働時間制度ごとに各勤務イベントで必要な知識や、取るべきアクション、サポートツールを洗い出します。例えば、裁量労働制の従業員に対して、始業時刻の指定や遅刻の概念を当てはめるのは不適切といえます。各労働時間制の従業員に対し、どの勤務イベントが適用されるかをしっかりと整理し、その作業工程の中で必要に応じて就業規則や労使協定などの内容を整備しましょう。

上記のようにパターンを洗い出し、勤務時間登録者と承認者それぞれの観点でまとめたものがワークルール集となります。大事なのは従業員がワークルール集に簡単にアクセスできることです。社内イントラネットへの掲載はもちろん、冊子を作成して従業員一人ひとりに配布することも効果があります。ワークルール集の情報をベースにしたChatbotの導入を検討している企業もあります。

このようなワークルール集の作成は、導入にそれなりの工数が必要となりますが、一方で勤務時間登録に関する人事部への問い合わせや誤登録の低減にもつながります。

※3:厚生労働省「労働時間の考え方:『研修・教育訓練』等の取扱い」など

行動阻害要因(煩わしさ)を取り除く

労働時間に関する知識を身につけた後は、多様な働き方と共存する「勤務時間登録・管理ツール」を準備します。法令では厳格な労働時間管理を求めていますが、労働時間制度を柔軟に使いながら、デジタルツールも活用することで管理は可能です。労働時間管理で重要なツールは「勤務時間登録」、「モニタリング」、「承認」の3つですが、多様な働き方の実現では特に2つ目の「モニタリング」が重要になります。

次回はモニタリングを中心に、労務管理ツールに求められる機能を整理します。
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