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 今月の人事規定

第7回
健康診断規定
山口 貞利
主旨と内容

 使用者は労働基準法,安全衛生法,労働契約法などにより,労働者の安全および健康を守るための安全配慮義務や健康配慮義務を負っています。また,従業員には,自己保健義務があります。

労働契約法第5 条
 使用者は,労働契約に伴い,労働者がその生命,身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう,必要な配慮をするものとする。
安全衛生法第3 条
 事業者は,単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく,快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。
 会社には従業員が安全にまた快適に仕事ができる事務所や作業場・施設・器具を用意したり,作業管理などについて,従業員の命や健康を危険から守るように配慮する義務があります。それには会社は従業員の健康状態を常に把握しておくことが必要不可欠です。これを安全配慮義務,健康配慮義務といい,その第一に挙げられる最低限の取り組みが健康診断です。ですから安全衛生法では会社に定期健康診断の実施を義務付けていて,雇い入れ時,1年以内に1回のペースで定期健康診断の実施を求めています。また,著しい高温や騒音を伴う職場,深夜業務や有害物質を取り扱う業務に従事するケースは特殊健康診断を実施することになります。これに違反すると罰則が科せられます(50万円以下の罰金)。定期健康診断は,労働者の病気の早期発見,早期治療だけではなく,生活習慣の改善や病気予防の目的があります。定期健康診断の結果,異常の所見があれば,従業員に治療を勧めたり,必要な場合には休職をさせたり,労働時間の短縮,残業の禁止,業務の転換などの措置を取る必要があります。このような配慮をせずに従業員が病気になって死亡するなどした場合には,安全配慮義務違反,健康配慮義務違反で多額の損害賠償を支払わねばならないことがあります。過労自殺で話題になった電通事件では約1億6,800万円の賠償金支払い命令が出ています。
 会社には以上のような義務が課せられているにもかかわらず,一方でいろいろと理由をつけて健康診断を受けようとしない従業員も存在します。これは自己保健義務に反する行為となります。そこでそのようなリスクをなくすため,健康診断について明確に規定化しておく必要があります。
検討内容
 使用者には健康診断実施義務が課されているので,任意ではなく必ず実施するという規定作りから始めます。従業員には,自己保健義務が課されているので,正当な理由なく検診を拒否できないことも定めます。正当な理由なく受診を拒否する従業員は自己保健義務違反として懲戒の対象になりえますので,懲戒規定と連動させて検討する必要があります。健康診断は雇い入れ時にも実施しなければならないため,併せて規定します。
 ところで,定期健康診断の結果を会社が確認するのは,プライバシーの侵害に当たるのではないかと指摘されることがありますが,健康診断の結果が分からなければ従業員の健康状態がつかめないため,法定項目の検査状況および異常所見の確認は必要です。ただし,データの性質上,取り扱いやプライバシーの保護には極めて慎重な配慮が求められますので,この部分も規定化しておきます。
 また,健康診断の実施費用や健康診断に要した時間の賃金についての定めも必要となります。会社が行う定期健康診断の実施費用は原則事業主負担となります。ただ,健康診断に要した時間の賃金支払い義務は事業主にはありません(特殊健康診断の場合は賃金の支払い義務あり)。
 なお,会社は健康診断の記録を,従業員ごとに5年間保存する義務があり,さらに常時50人以上の従業員がいる事業所では,定期健康診断結果報告書を労働基準監督署に提出しなければなりません。そのほか,管理職クラスは労働基準法上の労働時間や休日の規定が適用除外になっているため,業務の負担を考慮して人間ドックを受診できるようにすることも検討します。
 近年はメタボリックシンドローム対策も必要になってきました。厚生労働省は平成20年4 月から40歳以上の被保険者・被扶養者を対象に内臓脂肪型肥満に着目した検診と保健指導の実施を,組合健保・協会けんぽ等の保険者に義務付けています。参考までメタボリックシンドロームの診断基準を図表に示しておきます。

図1

健康診断規定
第○条(健康診断)
1 会社は従業員に対し,入社の際および毎年1回定期的に健康診断を行う。
2 深夜業を含む業務等に従事する者および労働安全衛生規則第13条第1項第2 号に定める有害業務に従事する者には,6ヵ月に1回特殊健康診断を行う。
3 従業員は会社の指定する医師による定期健康診断,特殊健康診断などを受けなければならない。定期健康診断と特殊健康診断の費用は会社が負担する。
4 定期健康診断に要する時間は無給とし,特殊健康診断に要する時間は労働時間とする。(※有給とする場合はこの条文を削除)
5 従業員は自己保健義務を遵守し,正当な理由なく会社が実施する健康診断を拒否することはできない。これに従わない場合は懲戒処分の対象とする。
6 会社は健康診断の結果を本人に速やかに通知するとともに,異常の所見があった場合には医師による再検査を受けさせなければならない。
7 会社は診断の結果,必要と認める場合は,就業場所の転換,作業の転換,労働時間の短縮や時間外労働の禁止等,その他健康保険上必要な措置を講ずる。
8 会社は診断の結果,必要がある場合は就業を一定期間禁止することがある。従業員はこれに従わねばならない。
9 会社は健康診断の結果を個人の機密情報として取り扱い,従業員の健康保険上の趣旨以外に利用することはない。
10 会社は健康診断の記録を5年間保存するものとする。
(オプション)
 管理職は人間ドックを受診することとする。人間ドックにかかる費用は会社が負担する。
(オプション)
 会社の指定する医師による定期健康診断,特殊健康診断を受けない従業員は,自己の希望する検診機関で受診することができる。ただしその費用はすべて自己負担とする。また検査項目は会社が指定するものを満たすものとする。
 会社は,健康診断を自己の希望する検診機関で受診した従業員に対し,その結果を証明する書類の提出を命ずることができる。
 従業員は提出期日を守らねばならない。

(2012.1.30掲載)

山口 貞利
やまさだ経営コンサルティング
代表/特定社会保険労務士

1961年生まれ。関西学院大学卒業後,東証一部上場企業にて商品企画,人事職担当。グループ企業全般の人事マネジャーを経て退職。2007年人事コンサルタントとして独立。課長を元気にするマネジメント等の研修や人事制度構築・改善のための活動を中心に手がける。著書に『実際にやってみてわかった中小企業M&A成功のための人事労務』がある。

※この記事は『月刊人事マネジメント』に掲載された内容を転載しています。
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