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 今月の人事規定

第3回
パワーハラスメント防止規定
山口 貞利
主旨と内容

最近、パワーハラスメント(以下パワハラ)による自殺の労災認定を巡る報道を頻繁に見聞きします。労働基準監督署が業務上の災害と認めなかったケースを裁判所が業務上の災害と認定したとか、厚生労働省の労働保険審査会が労働基準監督署の不認定の決定を取り消したりしたといったことが話題になっています。

厚生労働省の『心理的負荷による精神的障害等に係る業務上外の判断指針』では、「上司とのトラブルがあった」ことは、心理的負荷の強度が「セクシュアルハラスメントを受けた」と同等とされています。
心理的負荷が高く、「特に過重な場合」には、業務による心理的負荷が精神障害を発病させる恐れのある心理的負荷と評価されます。業務による心理的負荷によってうつ病などを発病し、自殺に至った場合には、精神障害によって正常の認識が著しく阻害された結果と推定されます。よって、上司とのトラブルがあり、それが原因でうつ病になり自殺に至ったような場合、労災補償が行われるというのが裁判所や労働保険審査会の判断になっています。

厚生労働省は09年4月、うつ病などの精神疾患や自殺が労災にあたるかを判定する際の基準を見直すことを決めました。職場での強いストレスにつながる出来事としてパワハラや違法行為の強要など新たに12項目を追加しました。この見直しは近年の職場環境の急変により従来の基準では判定が困難な事例がみられることに対応したものです。追加項目の一例には以下のようなものがあります。

○職場におけるひどい嫌がらせ等による心理的負荷の反映「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」
○違法行為を強要されたことによる心理的負荷の反映「違法行為を強要された」、など。

今後はこの労災判定基準を基にパワハラの判断が行われることになります。しかし、パワハラは労災問題だけにとどまらないので注意が必要です。昨今の裁判例では、“使用者は、労働者が、労働契約に基づき、労務を提供する過程において、職場の上司等からのいじめ行為を防止するとともに、生命や身体などを危険から保護し、安全を確保する安全配慮義務を負っている”と明らかにしています(川崎市水道局事件 など)。
つまり、職場でパワハラが起こっているにもかかわらず、いじめを防止する措置を取らなかった場合、使用者には債務不履行として損害賠償の支払い義務が発生します。パワハラは不法行為にも該当するため、上司自身に損害賠償の支払い義務が生じるとともに、使用者責任(民法715条)により、会社にも損害賠償の支払い義務が生じることになります。さらにパワハラで刑事上の過失があったとみなされた場合、業務上過失致死傷罪や傷害罪、傷害致死罪の適用もありえます。
パワハラには、以上のような様々なリスクがあります。何より、職場の活性化を阻み、モチベーションを下げてしまいます。

また、パワハラの恐ろしいところは、誰もがリスクを負っていることです。時代の変化と成果主義により、多くの人が心の余裕をなくし、真面目に仕事に取り組む人が、ふと起こしてしまう危険性があります。また、過去には上司・部下間のやりとりがオープンになる機会が少なかったために、問題とは認識されていなかった言動も、様々なメディアが発達した今ではパワハラ事件として突然明るみに出ることがありえます。単にパワハラへの知識や予防規定がないことによって引き起こされる事件もあります。
パワハラで部下がうつ病等になるとか、問題が顕在化して、その上司が職場を追われたりすると、結果として有能な人材を失い、会社全体のモラールや活力をそぐことになります。会社は早急にパワハラ対策を打たないと手遅れになってしまいます。
ただし、セクシュアルハラスメント(以下セクハラ)行為および予防対策が男女雇用機会均等法で明確に定義されているのに対し、パワハラについては法制化されていないため、対応が難しい部分もあります。

また、現実的にはパワハラ規定を定め、管理職等にしっかりと理解させるとともに、部下等にもパワハラに対する正しい教育が必要になります。誤ったパワハラに関する情報は上司の部下指導の活動を阻害する危険性があるからです。

検討内容

まず、セクハラ防止規定とパワハラ防止規定を同じものにするか、別規定にするかを検討します。同じ規定で運用する場合は『ハラスメント防止規定』となるでしょう。
ただし、現在のところ盛り込むべき内容や事例のレベルが異なるため、別規定で設定しておくと運用しやすいと考えます。
また、パワハラは、社内の権力や地位を利用した嫌がらせやいじめで、主に上司から部下、先輩から後輩に対して行われるものですが、指導や仕事の命令なのか、いじめなのか区別がつきにくいところが問題です。同じ言動でも、日頃の人間関係や信頼の程度の違いで、相手がパワハラと感じる場合とそうでない場合があります。さらに、パワハラの中には、「昇進を妨害する」「能力を不当に低く評価する」「異動や転勤を強要する」というような事例もありますが、このような項目は人事上の課題(正当な処遇か否か)と密接に関係します。
規定に盛り込む「行為」については慎重に検討する必要があるでしょう。

[パワーハラスメント防止に関する規定]

第1条(目的)
本規定は、職場におけるパワーハラスメントを防止するために従業員が遵守すべき事項ならびに雇用管理上の措置等を定める。

第2条(定義)
パワーハラスメントとは、職場において、職権などの力関係を利用して相手の人格や尊厳を侵害する行動を繰り返し行い、精神的な苦痛を与えることによって、従業員の働く環境を悪化させたり、職場における能力の発揮を妨げたり、雇用不安を与えることをいう。
2 必ずしも性的差別や職権を背景にしないいじめ行為であっても、相手の人格や尊厳を侵害する行動を繰り返し行い、精神的な苦痛を与えることは、人権を侵害するものであり、パワーハラスメントとみなすものとする。

第3条(会社の対応)
パワーハラスメント防止対策に係る会社の対応は次の通りとする。

(1) 会社はパワーハラスメントが発生しないよう雇用管理上の措置を講ずるものとする
(2) 会社は、従業員のパワーハラスメントに関する相談・苦情に対応するための窓口を設置するものとする
(3) 会社は、相談・苦情に訪れた従業員のプライバシーを守るものとする

第4条(相談および苦情への対応)
従業員のパワーハラスメントに関する相談・苦情に対応する窓口は人事部内に設置するものとし、人事部長が統括管理する。
2 苦情処理窓口の担当者はプライバシー、名誉その他の人権を尊重しなければならない。
3 従業員は、苦情処理窓口に相談・苦情をしたことにより不利益な取り扱いを受けることはない。
4 苦情処理窓口の業務に携わった者は、業務によって知りえた内容を他に漏らしてはいけない。

第5条(該当行為)
パワーハラスメントに該当する行為の内容を以下に定める。

(1) 皆の前で怒鳴る、机や壁を叩いて脅す
(2) 部下を無視する
(3) 仕事を与えなかったり、仕事を妨害したりする
(4) 部下を長時間立たせたままで、叱責し続ける
(5) 部下に暴言をはいて、罵倒する
(6) 能力を不当に評価する、辞めさせると脅す
(7) サービス残業を強要する
(8) 有給休暇を取得させない
(9) 任意参加の宴会や旅行への参加を強要する
(10) 人格を傷つける
(11) その他の事項

第6条(懲戒)
本規定第5条に掲げる行為に該当する事実が認められ、パワーハラスメントに該当すると認定された場合は、就業規則第○章第○条に基づき懲戒処分を行う場合がある。

(2011.08.01掲載)

山口 貞利
やまさだ経営コンサルティング
代表/特定社会保険労務士

1961年生まれ。関西学院大学卒業後,東証一部上場企業にて商品企画,人事職担当。グループ企業全般の人事マネジャーを経て退職。2007年人事コンサルタントとして独立。課長を元気にするマネジメント等の研修や人事制度構築・改善のための活動を中心に手がける。著書に『実際にやってみてわかった中小企業M&A成功のための人事労務』がある。

※この記事は『月刊人事マネジメント』に掲載された内容を転載しています。
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