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心の病からの職場復帰ドキュメント −ケースに学ぶリワーク(復職)の実際−

Case No.6(最終回)
管理職の仕事に適さず「うつ」発症、外部支援会社を活用
*本稿ではプライバシー保護のため状況設定を一部架空としています
卜部 憲

過去5 回にわたって、家族・職場・人事担当者など周囲が連携して行う復職に向けたサポートについて事例をご紹介しました。ご存知の方も多いと思いますが、心の病は再発率が非常に高く、一説では初回治療後の再発率は50%に達するといわれています。再発防止のためには、心の病の原因を特定し、それを除去するなどの抜本的な対策が必要ですが、状況によっては外部の力を借りて対応することも必要になります。
本稿最終回では、心の病となった従業員の社外転進についての事例です。

=ケース紹介=
プロフィール

「最近、疲れが取れないし、体調も思わしくないなぁ」—中堅のIT企業で働くGさん(35歳、男性)は、ため息まじりにそうつぶやいた。Gさんは、入社以来クライアント企業に常駐し、ソフトウエア開発を行う仕事に従事していたが、実務経験が評価され、2年前に管理職に昇格した。以後、客先での仕事を終えてから、本社に戻って書類作成や会議などに参加するようになり、目に見えて業務量は増えていった。

症状と診断:管理職の仕事が合わない……

しかし、もともとGさんは管理職よりも専門職への指向が強かったこともあり、クライアントとの折衝交渉や部下への指導・育成、上司への報告などの業務に対して、次第に疲労感を覚えるようになった。また、徐々に胃痛やめまいなど、身体面でも変調を感じるようになった。そのような自分の体の症状に対して市販薬を服用してみたものの、状態は一向に回復しなかった。そこで、知人の医師に相談し、勧められて心療内科を受診したところ「抑うつ状態」と診断されたため、即座に休職し療養に専念することになった。

回復過程:外部支援会社の活用

休職期間が半年を経過した頃には、Gさんの体調は散歩や趣味の釣りが楽しめるまでに回復しており、医師からも服薬を前提に職場復帰が可能との診断が下された。しかしGさんは、人事担当者との面談の際には、以前と同じ管理職としての仕事を行うことへの抵抗感、恐怖心について語るのみで、復職のタイミングを決めかねている様子だった。
また、会社は不況による業績の大幅な悪化を受けて、Gさんの休職期間中に全社的な雇用調整をスタートさせていた。人事担当者も、本人に管理職指向がないのであれば、大幅な賃金ダウンを前提に担当者として会社に留まるか、社外転進の道を選択してもらうかを本人に打診したいと思っていた。しかし本人の状態を見る限り、直接話すには時期が早いと判断せざるをえなかった。
そこで、会社はGさんの家族とも話し合い、Gさんの就業能力が回復し、状況を冷静に判断できる状態になってから、復職か外部転進かを選択できるよう、外部のメンタルヘルス支援会社(H社)の復職支援サービスを利用することにした。具体的にはH社のオフィスに試し出勤を行い、午前中はSEとしての自己啓発のためにパソコンを持ち込んで課題に取り組み、午後はグループワークやカウンセリングで、自分の話をしたりディスカッションをする機会を多く取り入れ、加えて認知行動療法に取り組むなど、視野を広げ、気づきを増やす工夫を行った(図表1)。

図1

復職:外部への転進を決意

試し出勤をスタートさせてから2〜3ヵ月が経過した頃、Gさんから人事担当者に「仕事ができる状態に回復した実感が持てた」との発言があった。そこで、人事担当者は医師とも相談の上、本人に対して会社の現状説明と今後の進路について話し合うことにした。
最初は戸惑いを見せていたGさんであったが、カウンセリングにより今後自らが進みたい方向性を改めて確認するなどした結果、「専門能力を高めたい」「ステップアップしてより上流の仕事をしたい」との希望を持つに至った。そして、会社の早期退職優遇制度の利用を前提に転職を決意した。
その後、H社のキャリアカウンセラーの支援を受けながら転職活動を行い、約3ヵ月後には希望職種に派遣社員として再就職することに成功した。

=このケースから学ぶ=

従業員本人が精神的に弱くなっている状態では、言うまでもなく人生の進路選択など新たなストレスを与える重大な意思決定を迫るべきではありません。また、従業員本人や家族のマインドも、職場復帰を前提に心身の回復を図ることに専ら向けられるのが普通です。しかし、今回の事例のように、復職後に対象者の満足できる仕事の提供が難しい場合や、周囲との人間関係がうつ症状の原因となっているような場合は、その原因が除去されない限り心の病の再発の可能性を恐れながら日々を過ごしていくことになります。
このように再発原因の除去が難しい場合には、会社と従業員の双方がよりハッピーになるために、健康回復後の社外転進についてタブー視することなく選択肢として検討することも、これから必要になるのではないでしょうか。ただし、このような対応は本人の状態を見極めながら慎重にすべきであり、健康状態の悪化などのリスク回避のためには、今回の事例のように専門カウンセラー等の力を借りながら対応することが必要であることは言うまでもありません(図表2)。

図2


(2011.04.18)

卜部 憲
株式会社ベクトル 代表取締役社長

1956年、大阪生まれ。大阪市立大学卒業後、(株)ダイエーに入社。日経連一般職賃金制度部会委員他を歴任し、2001年人事本部副本部長に就任。2003年、(株)ベクトルを設立し、現在に至る。著書に『稼ぎすぎて困る熱血リーダー量産化計画』(幻冬舎)がある。

株式会社ベクトル
「人事のトータルソリューション」をミッションに掲げる組織人事コンサルティングファーム。再就職支援、人事アウトソーシング、教育研修、人材紹介・派遣など幅広く事業展開を行う一方で、独自のハイパフォーマーモデルに基づく「パッション診断」などのWEBソリューションも手掛ける。近年はセミナー開催やHP上でのストレス診断実施などメンタルヘルスケアの領域にも力を入れている。

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※この記事は『月刊人事マネジメント』に掲載された内容を転載しています。
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