変化の激しい現代社会において、人材の価値を引き出して強い組織となるために、個人に何が求められるのだろうか。本講演では、長らく慶応義塾大学の教授を務め、個人主導のキャリア開発や組織の人材育成のコンサルティングなどにも従事してきた高橋俊介氏が、「人的資本経営」に欠かせない自律的キャリア形成のあり方や、日本における学びの問題点、主体的学びの重要性について、お話をいただきました。
社員の「学びの主体性」をどう引き出すか――自律的キャリア形成なくして人的資本経営なし
高橋 俊介 氏
登壇者:

高橋 俊介 氏

東京大学工学部航空工学科卒業、日本国有鉄道勤務後、プリンストン大学院工学部修士課程修了、マッキンゼーアンドカンパニー、ワイアット社(現在 Willis Towers Watson)を経て、ピープルファクターコンサルティング設立、2000年5月から慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科教授を務め、2024年3月まで慶應義塾大学 SFC研究所 上席所員として在籍。

HRプロ編集部
著者:

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変化の激しい時代の「人的資本経営」は「キャリア自律」が基本

「人的資本経営」と「自律的キャリア形成」は両輪です。「自律的キャリア形成なくして人的資本経営なし」という考えのもと、今日はお話をさせていただきます。

まず、「ジョブ型」か「メンバーシップ型」か、あるいはハイブリッド型かという議論がよくされますが、そもそもの問題設定自体が大きな誤りです。1970年代頃にアメリカで発達してきた伝統的なジョブ型も、日本のいわゆるメンバーシップ型も時代の変化に対応できず変容してきています。その一つが「キャリア自律」です。

アメリカでは1990年頃から、日本では1990年代後半から、想定外の変化が起きやすい環境になっています。今では「AIによって仕事の半分はなくなる」とさえ言われています。21世紀の想定外変化の時代では、キャリア自律をベースにしなければ、人的資本経営は上手くいかないという認識が世界で広がってきています。想定外変化の時代では、中長期の具体的キャリア目標からの逆算、いわゆるバックキャスティングではなく、良い習慣の継続が必要です。

キャリアは、頂上に向かってコツコツと上がっていく富士登山のようなものではありません。想定外変化の現代では、目指すべき頂上が途中で変わってしまったり、頂上が見えなくなったりします。

そこで重要なのが、「主体的学び」と「主体的ジョブデザイン行動」のスパイラルです。仕事のレベル向上のために必要なものを主体的に学んでいく、そしてレベルが上がると違う景色が見え、また次に目指すべき目標へ向けて学んでいく。そのスパイラルアップを繰り返すことが基本です。

また同時に、「チャンスを呼び込む投資行動」も大事になってきます。変化の大きな時代では、ネガティブ、ポジティブ問わず思いがけない偶然に出合います。キャリアに大きな変化をもたらす偶然にうまく恵まれることが、キャリアの満足度に多大な影響を与えます。

この(1)主体的学び、(2)主体的ジョブデザイン、(3)チャンスを呼び込む布石投資行動という3つが、キャリアを切り開いてきたという自負と相関が最も高いと言われており、仕事の満足度にもつながります。そして、社外通用感にも関係してきます。「自社以外では通用しない」と考えている社員よりも、「他の会社でも通用するが、あえてこの会社で頑張る」という社員の方が、遥かにイノベーションへの貢献度は高いのです。

こうしたキャリア自律は、実は社員と経営の利益相反性が非常に低いです。社内でキャリア自律の取り組みを進めようとすると、「社員が辞めてしまうのではないか」という心配が生まれたり、社員から「自分の仕事はこれなので、他の仕事はやりたくありません」という意見が出たりするのではないかと思われる方もいるでしょう。しかし、キャリアは職種適性だけで決まるものではありません。21世紀に通用するキャリアは、やりたい仕事に向けて一直線に進む方法ではありません。変化の激しい時代こそ、社員と経営の利益相反性が低いキャリア自律をどう定義するかが、まず大事になります。

逆に言えば「何時までも働きます」、「どんな仕事でもします」、「どこでも転勤します」という3つの無限定性ベースの管理人事では、結果として社員のモチベーションを失わせ、社員と経営の両方が不幸になります。会社が次から次に変化に合わせるたびに、社員は「どうするんですか、決めてください」と振り回されてしまうからです。だからこそ、変化の激しい時代の人的資本経営はキャリア自律が基本だと改めて強調しておきます。
社員の「学びの主体性」をどう引き出すか――自律的キャリア形成なくして人的資本経営なし

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