2022年4月1日から、「労働施策総合推進法」に基づく「パワーハラスメント防止措置」が、中小企業の事業主を含めすべての企業に対して義務化されることになりましたが、皆さんの会社ではうまく運用できているでしょうか。今回はパワーハラスメント(以下、パワハラ)の基本的な事項を確認し、企業が取るべき防止策についてお話いたします。
パワハラによる「企業の経済損失」や「相談員の負担」などを、基本知識や防止対策とともに解説

「パワハラ」は会社の損失

パワハラとは、「職場において行われる(1)優越的な関係を背景とした、(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えた、(3)労働者の就業環境が害されるもの」と定義されます。

ここでの【職場】とは、業務に関連した「出張先」や「懇親会等」も含みますし、【優越的な関係】は「自分しか扱えない機械がある」、「上層部と特別に仲がいい」なども含まれます。また、【就業環境が害される】というのは周囲の人の環境も含みます。例えば、上司が大声で部下を叱っているとき、その部下は平気でも、それを聞いている周囲の人が嫌な気分になればこれもパワハラです。

2020年度の厚生労働省による職場の実態調査によると、3年間に「パワハラを受けた」と感じている人の割合は31.4%にのぼり、2016年度の調査結果(32.5%)と比較して、ほとんど変わりはありませんでした。また、「パワハラを受けた」と感じた人のおよそ3割は誰にも相談しておらず、しかもその結果、「会社を退職した」と答えた人は13.4%でした。これはセクハラの6.9%、顧客等からの著しい迷惑行為(いわゆるカスハラ)の2.9%に比べてはるかに大きな数字です。

さらに、退職には至らなくても、パワハラはモチベーションの低下などの悪影響を与え、「パワハラが存在する職場では、1年後にメンタルヘルス不調に陥る人が増加する」という研究もあります。パワハラによる「疾病休暇」、「離職・新規採用」、「生産性低下」は、「従業員一人当たり2万円強/年」の損失になるという試算もあります(産業医学ジャーナル令和3年7月号特集より)。つまり500人の企業であれば、年間1,000万円の損失になっている可能性があるのです。

企業が行うべき具体的な「パワハラ対策」とは

パワハラを減らすとともに、相談体制を含めた対策をきちんと行うことが、会社にとっては非常に重要です。パワハラ防止に一番大事なのは、経営陣の強い意志の表明です。経営陣はパワハラ行為者に対する厳正な対処方針を明文化して、会社としてのパワハラ対策方針を全従業員に周知しなければなりません。

それと同時に相談窓口を設置する必要があります。窓口は複数設置するほうがよく、また「パワハラ専用窓口」などとはせずに、「ハラスメント相談窓口」などとするのがお勧めです。というのも、ハラスメントを受けている当人は、これが何のハラスメントなのかを区別できないことも多いからです。

さらに、相談窓口について周知する掲示物などは、それを見ていること自体を周囲から気づかれにくい場所(トイレの個室など)に貼るのをお勧めします。

さて、ハラスメントの相談内容によっては調査担当者が事実関係の調査をすることになります。調査内容に関して私がお勧めしているのは次のようなことです。

(1)調査は必ず複数人で行う。可能なら男女1人ずつのペアで行う
(2)「被害者→周囲→加害者」の順に調査を行う
(3)相談したことによって業務上で不利益を被ったり、プライバシーをさらされたりしないことを被害者に保証する
(4)調査の結果は必ず被害者と加害者の両方に対し、別々に十分な時間をとって説明し、さらに文章にして渡す

意外に見落とされやすいのが(4)における加害者へのケアです。ハラスメントは、「受けた」と感じている人(被害者)だけでなく、「ハラスメントをした」と思われた人(加害者)にも大きな精神的ダメージを与えます。ハラスメントの加害を疑われたために休職や退職に追い込まれる例を、私自身も複数回経験しました。

さらに言えば、パワハラ相談を受けること自体も非常にストレスがかかります。相談窓口の担当者は辛い話を聞かないといけないですし、しかも相談者や加害者のプライバシーに細心の注意を払わなければなりません。

このような時に活用してほしいのが、私たちのような「産業医」や「産業保健師」です。産業医や産業保健師は、深刻な相談を受けることも、相談者やハラスメント加害者のプライバシーを守ることも、職業倫理として身についてます。パワハラ相談を受けることで辛い思いをされている方は、是非一度会社の産業医に相談することをお勧めします。

「厳しい指導」と「パワハラ」は全く別

ところで最近では、「パワハラと受け取られることを恐れて、部下に十分な指導をしない」というケースも起きています。人事院の2017年度年次報告では、「部下に指導することを躊躇したことがある」と答えた人が約4割にのぼり、その理由として「パワハラと思われるか不安」が約2割を占めていました。

すべての厳しい指導が「パワハラ」と受け止められるわけではありません。様々な調査から示される理想的な上司像とは、「一貫性を持ち、部下の責任は自分の責任とし、高圧的でない」というものです。このような条件を満たす上司であれば、ある程度の厳しい指導も部下の成長につながるでしょう。

最後に、参考になる資料、および日本のパワハラ研究の第一人者である津野香奈美氏による書籍をご紹介します。職場のパワハラに関しての科学的知見をまとめた本で、国内ではほぼ唯一の本ですので、必読です。



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